ちょっとプアンなタイ散歩 〜新婚旅行編〜 第3回


ラオカオを欲するとき

吉野 歩
(第13号で「選挙事務所に混じる」執筆)
 
 
 
 この原稿が皆さんのもとに届く頃には笑い話になっている予定なんですが、実は昨日、深夜まで警察署にいました。パトカーは自分で呼んだんですけどね。

 ウチのマンションに越してきた新婚さんと親睦を深めるために、我が家での「家飲み」を開催したのがことの発端だった。先方のダンナさんが制御不能となり、うちの相方を殴り始めてしまったのである。もちろんグーチョキパーでいうところの、グーです。馬乗りです。梨汁ならぬ、血しぶきブシャーなのであります。もうどうにも止まらない。
 とりあえず誰にも死んでほしくなかったので、私は流しにあった包丁をよそに隠して110番。警察を連れて戻ると、どういうわけか相方の姿だけが消えていた。これはさすがにうろたえた。「夫を探してください」なんて、涙ながらに頭下げちゃったりして。
 憔悴しきった1時間後に警察署で再会したときには、アンパンマンみたいに腫れた顔で靴代わりに青いビニル袋を履いた姿だったわけである。看護の警官を従えて、笑いながら王様のように登場した。隙をみて抜け出し、裸足で駅の交番まで走ったらしい。えらかった、よく手をださなかった。何より無事でよかった。安心して膝から崩れ落ち、タガが外れた。しかし号泣しながら「こりゃまさに『新宿警察24時』だわぁ。しかも吉本新喜劇のテーマが流れてくるような箸休めコーナーの方」とか「いま部屋に隠しカメラが付いていたら、私そうとう“妻”っぽく見えるだろうなー」なんてぼんやり考えたりしてるんだから、こっちの精神も尋常じゃない。
 

 

 で、今日はというと、血まみれ且つ破れた衣服を処理したり、隠した包丁を相手の奥さんに返却したりと(詳細は省くけどウチのじゃなかった)、へとへとなんである。夜に参加するはずだった新年会も、とてもじゃないんでキャンセルした。
 私もお酒に関しては人のこと言えませんが、皆さん、酔っ払っても人を殴っちゃぁいけません。百歩譲っても、眼を狙うのだけは勘弁してください。

 そんな訳で、バンコクや銀座を散歩するより、鍵をかけて家に引きこもっていたい心境なのだが、いい機会(?)なので今回はタイの美味しいお酒を紹介したいと思う。

 タイのお酒といえば、何を思い浮かべるだろうか? ビールなら「シンハ」「チャン」、アルコール度数の高いものでは「メコンウイスキー」が筆頭に挙がるはずだが、私が一番おすすめしたいのが「ラオカオ」といって、沖縄では「泡盛」の先祖とも言える焼酎だ。原料は米のもあれば糖蜜のもあれば、もっと違うものもあるらしい。泡盛のルーツとなったのは、その中でも米を使ったもの。15世紀にタイから琉球王国に渡ったようである。
 

 
 今回の旅で、私と相方が毎日飲んでいたのがこのボトル(上写真)。だいたいロックでやっていた。南国の酒だからしつこいのかと思いきや、かなり飲みやすい。ちょっとツーンと鼻に刺さるクセはあるけど、少しだけとろっとしていてほのかに甘い。だがフルーティーとか軟弱かというとそうではなく「俺は酒です!」ときちんと主張しているような強さがある。サトウキビにも似ていたので、もしかしたら亜流の原料なのかもしれないけど、とにかく旨い。オマケに、たくさん飲んでも翌日に響かない。強めの酒が好きな方、タイに行かれた際には是非ご賞味を。

 唯一不思議だったのは、これを買うときの店員さんのリアクションである。我々が愛飲していたラオカオはなぜかファミリーマート、それもレジの奥にしか置いてなかった。だから毎度のことアルバイトらしき子たちに「それをくれ」と指差すことになるのだが、その瞬間、決まって彼らは「マジかよ」とばかりに顔を見合わせるのだ。そして瞬く間にニヤニヤへと移行する。「Are you OK?」 黒髪の女の子が心配そうに覗き込んできた。「Yes, We like it!」。大瓶を買い込み自動ドアを抜けると、背中に好奇心と賞賛と哀れみがごった煮になった視線が刺さってくる。目が合った男子店員が、親指を突き出した。グッドラック、そういう意味だろう。

 六本木のコンビニで「黒霧島」ワンカップを買うロシア人がいたとして、ジャパニーズ大学生のバイト君は同じ反応をするだろうか。いや、しないだろうなぁ。ウォッカじゃないの?ぐらいは思うかもしれないけど。気になったので調べてみると、ラオカオは本来「手っ取り早く酔うための酒」のようだ。タイに住む人のブログなどでは「田舎の低所得者の酒」という風にも書いてあり、「ラオカオ中毒」なんて言葉もちらほら。何も割らずにストレートでぐいぐいやるらしい。わー、明らかにダメ人間が現実逃避するための手段じゃん。

 確かに安かった。アルコール度数は30度以上あるのに、確か720mlで100バーツ前後(300円)ぐらいだったような気がする。
 旅に来てさらに毎晩トリップするなんて、どんだけ現実から逃げたいんだよ。とバイト君たちはバックヤードで、あるいは外国人である我々の目の前でささやきあったに違いない。いや、彼らも青春真っ只中。もしかしたら、そんな状況には賛同してたりしてな。だよなぁ、俺もココではないどこかへ飛んでいきたいよ、って。

 違うんだ、違—う! むしろ現実逃避したいのは、あのときじゃなくて今日です。血しぶき浴びた小紋の着物と道行きコートが、「染み抜き3万円」と言われた今ですよ。これは相手に請求すべきか否か。
 おーい、バイト君。EMSでラオカオ1本、大至急。送料はツケってことで。

 
 

【ラオカオちょこっとメモ】
 西荻窪のタイ料理店「ぷあん」の店員さんに聞いたところによると、ラオカオは日本に輸入されてこないそう。確かに八重洲の地下にも、世界のお酒が集まる「YaMaYa」にもラオカオはなかった。しかしご安心あれ。タイに行かなくても、ラオカオの高級ライン「モンシャム」という商品なら日本でも味わえる。私は半蔵門のタイ料理店でいただいたのだが、ジャスミンのような香りが印象的できりっとした米焼酎だった。そういう飲み方をするタイ人はまずいないそうだが、お湯で割ってもかなりいける。

 
 
 
-ヒビレポ 2014年1月16日号-

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