どす黒い私 2 鋼鉄のパン屋さん、いざ出陣!編  第3回


 
和田靜香
(第13号で「ホドがある! 新聞一面トップ どうして私が?!」を執筆)

 
 
 
 嵐のようなオープン・セールから1週間後の週末、またバイトに行った。朝から棚にパンを並べる。
 
 昔のパン屋って、こう、作りつけの棚が2段ぐらいあって、そこにトレイに並べたパンを置くってのが当たり前の主流だったのに、最近はどうやら違うらしい。うちの店も長方形の売り場に、半円系に近い形で80センチぐらいの高さの台をズラズラッと作り、その上にスノコが乗せられている。スノコ言うても、島忠とかホームセンターに売ってる「押し入れ用」とかではない、当然ながら。ちゃんと大工さんがその半円形の台に合わせて手間かけて作ってくれたスノコらしく、「これ、高いんだから、気をつけて扱ってね」と開店前の研修のとき、開口一番に店長に言われた。(でも、使ってりゃ、汚れたり、折れたり、ささくれだってきたり。色々あるだろうに。そんときはどうすんだろ?)とだけおぼろげに思った。よくあるリフォーム番組で、家ん中に「これは可動式の棚で」とか「ここには調味料を置いて」とか、やたら作りこんでしまってて、(それ、使ってるうちに壊れたら邪魔なだけだよなぁ)というものがたくさんあるが、そんな感じ。どうもこの店、制服といい、棚といい、こだわりだけは妙にある。妙にあるんだが、ズレてる。本当にこだわるべき肝心なとこが抜けていて、なんでそこにこだわらない? とさっそくまた気づいてしまった。
 

 

 1週間ぶりに行った店、パンを棚に並べ、パンを入れる袋などもレジ下に設置。9時開店。やれやれ、とお客さんを待った。待った。待った。待った。あれっ? 待てど暮せど、誰も来ない。お店にはひたすら、店長が聴いているヘヴィ・メタルだけが響いている。店長が一番好きなのは、コレ。アースシェイカー。日本のメタル・バンドだ。
 

 
 お客さんが誰も来ない沈黙のパン屋さん。そこにこの高音ボーカルだけが朝からきらびやかな響きを轟かせる。ギターはメタル・バンドらしいうねりをグルングルンに巻き、チョココロネ状態。シュールちゅうか。なんというか。この声に背中をバンバン押され、ただ、黙って立っているのも落ち着かない。これがコンビニだったら品出しするとか、冷蔵庫片付けるとか、棚を磨くとか、やること色々あって、だまって立っていようものならマダム店長にたちまち用事を言いつけられたりしたものだよなぁ、などと思い出に浸ったが、ここの店長は何も一切言わない。自分の仕事はパンを作ることだけです!というスタンスで、黙々とパンをこねるのみ。私ともう1人のバイト女性、暇ですることがないから、仕方なく、開店すぐに小汚くなってしまっている床を雑巾で磨くことにした。誰かが100均で買ってきたらしい床ピカスプレーをシュッシュッと雑巾にかけ、床に這いつくばって磨く。パン屋の床なんだから、濃い、色の目立たない木とかにすればいいのに、最近の安アパートのフロアなどによくある、木に見せかけたビニール素材なんだ、床が(注:うちのアパートもそれです)。だから、少しでも汚れた靴で歩けば一瞬で汚れる。(なんでこんな床にしちゃったんだろう、ここ? 棚だのスノコの前に、この床を考えればいいのに?)と、思った。

 床も拭き終わり、やれやれ、と思っても、まだお客さんは来なかった。オープン・セールではあんなに大騒ぎだったのに、セールが終わってもこの店のパンは他の店に比べてずっと安いままで、しかもオープンから1週間たって、店のパンの味もだいぶこなれてきた頃なのに、誰も来ない。ああ、店長いわく「オープンしたての店はダメ。まだパンがちゃんとふくらまないんだ。パンはイースト菌で発酵させるから、部屋がキレイだと、うまく発酵しない。何度も何度も発酵させ、その菌があちこちに浮遊して、くっついて、その部屋自体がイースト菌の巣にならないと同じ材料でやってもうまくふくらまなかったりする」らしい。だから、オープン・セールのときのパンはまだまだ中途半端な味。1週間たっても微妙なぐらいの時期だったが、とにかく誰も朝から来ない。

 そのうち午後になり、やることのなさといったら天文学級。仕方ない。鳴かぬなら、鳴かせてみせようホトトギスだ!と、やおらパンをわし掴みし、店長に「すいません、試食に切って、表でやっていいですか?」と聞いてみた。店長は「うん」とだけ答える。ザクッザクッザクッ。店のウリだというらしい(相変わらず食べてなかったので知らない味)パンを2つ3つ、適当な一口大に切り、店にあまってたザルの上に紙を敷いて並べた。

 じゃ、行ってくるからっ!

 大きな声で言って自分に景気をつけ、店の前へ。7月上旬。すでに蒸し暑さはかなりのもの。しかし、そんなことに負けてはられない。いらっしゃいませ〜〜〜〜〜〜〜〜〜! いらっしゃいませ〜〜〜〜〜! 先週オープンしたパン屋です〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜! よろしかったらご試食されていかれませんかああああああああ? いらっしゃいませ〜〜〜〜、いらっしゃいませ〜〜〜〜〜!

 声を限りに叫ぶ。私の声はデカい。声のデカさだけには自信がある。しかもすごく響く。通りの向こうの方の人までビクッとした感じでこっちを見る。すると、ワラワラワラ……ワラワラワラ。人が寄ってきた。「あら、おいしそう」「食べていいの?」「あらら」「お父さん、もらいなさいよ」「あら、これ、食べてみない?」親子連れにオタク風兄さん、老夫婦に若い女の子たち。ワラワラ寄って来て、次々試食してくれる。そしてモグモグモグモグ…。「うん、おいしいわ」と言ってくれるのだが、大半は「じゃ、また帰りに来ます」って、食い逃げかよっ! でも中には「買っていきます」と言って店へ入ってくれる人たちも何組かいた。

 やったあああああああああああああああ!

 そのうちオーストラリア観光客のオッさん2名が来た。「ディス・イズ・ブレッド、スイート・ブレッド」とか目茶苦茶な英語で、まくしたて、とにかく試しに食わせてみる。食わせてみると、南半球のオッさん2名「デリ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜シャッス」とたちまち大興奮っ。「イズ・ディス・ブレッド? レアリー? ソーーーーーーーーーー・スゥイーーーーーーーーーーート」と雄叫びると、ドドドッと店になだれ込み、「ディス・ワン?ディス・ワン?」とメロンパンを指して興奮して聞いてくるので「イエ〜〜〜スイエ〜〜〜ス」と笑顔で頷く私。オッさん2名は怒涛のようにパンを購入し、オージー・スマイルで帰って行った。

 ナイス・ジョブ、自分。悦に入って、さらに試食を店頭で続けていると、続々と試食してくれる。前の晩に参院選のための反原発チラシ配りを駅前でしていて、そんときは誰もチラシなんて受け取ってくれなかったのに、チッ、食べ物だと群がりやがって愚民どもめ、などとも心の片隅に悪魔の炎を燃やしてもおったのだが、とりあえずパン売れないことにはバイト代も出ない。もぐもぐする人たちに、ひたすら笑顔で「どうですかぁ?」を連発していると、とある女性のお客さんが「あら、ここ、パン屋さんなの? ふ〜ん。見ても分からないわよね」という。まさに! まさに! まさにその通り。この店、看板がないんだ。店の入り口にはフランス語で店の名前は書いてある。書いてあるが、そんなの誰も読めない。しかもパン屋って書いてない。な、なん、なん、なんだ、これ? なんだ、この店? 看板のないパン屋! なんだ、これええええええええええええ?

 妙なこだわりはあるが、肝心なところが抜けている。
 愕然として、蒸し暑い通りに立ち尽くす私だった。
 
 
 
 

-ヒビレポ 2014年1月18日号-

Share on Facebook