どす黒い私 2 鋼鉄のパン屋さん、いざ出陣!編  第4回


 
和田靜香
(第13号で「ホドがある! 新聞一面トップ どうして私が?!」を執筆)

 
 
 
 相変わらずお客さんはぜんぜん来ない日が続いた。
朝、「おはようございまぁす」と店へ入ると、ドヨ〜ンと空気は重苦しいばかり。もちろん高音炸裂メタルは流れているが、その音さえくぐもりそうな勢いだ。店長に「今週はどないな風だったんですか?」と尋ねると、「ぜんぜんダメだったんだよ」と小さな声で言う。そ、そうですか。

 着替えを済ませ、店に出ると、こだわりの強い女性パートさんがせっせとパンを並べてる。下手に手ぇ出すと怒られるし、やることがないから、パンを包むビニール袋をクシュクシュ細長く丸め、取り出しやすいようにしたのを何百も作ってしまう。途方にくれ、「バイト、土日中心、朝8時〜13時」という最初の約束を変更して、「朝10時ぐらいから、なんとなく天候とかお客さん流れ見て臨機応変」に変える、と申し出た。だって、ボオと立ってるのはあまりにも辛いからだ。私は週末だけのバイトだけど、ウィークデーなんて朝から2人、夕方も2人いる。朝から働く主婦パート女性にパンを買いに行ったときに「何してるの?」と聞くと、「そうなんです。やることなくてボオとしてる時間も多くて、なんだか悪い気持ちがします」と、戸惑っていた。うんうん、そうなんだ。私たちは「暇でラッキー。ダラダラしててお金もらえるなんて、楽勝じゃん」なんて考えられない。時給をもらったら、ちゃんとその分は働かなきゃ、と考える。
 

 

 すると、その翌週にはすぐに店奥の狭い脱衣所&休憩所に「いよいよ暑さも本格化して売れ行きがより厳しくなります。場合によってはみなさんに早く帰っていただくときもあります 店長」という張り紙がされた。店長、私の申し出には「うん」と頷いて下向いただけだったが、心の中では「そうか、バイトの時間を短くすればいいんだ!」とリストラ策を思いついていた模様。オープンして1ヶ月とちょっと。6名も雇ってしまったアルバイトをさっそく時短化って一体どうなるんだろう? 店が潰れたら潰れたでしょうがないけど、子どももいる店長はどうするんだろう? と、他人の家ながら心配になる。
 
 仕方ない。やれることはやっぱり1つ。表に出ての売り出ししかない。私は店の中にいるより、外に立つ時間の方が長いぐらい、外で声張り上げていた。すると、1人の暗い目をした男性がペコリと頭を下げて店に入り、しばらくなにやら店長とパート女性とおしゃべりをかわし、そして出てきて、私にいきなり話しかけてきた。
「オーナーさんとはこの間も話したんだけどさぁ。これだけの店作って、すごいね。あの釜だけで数千万円の規模かかってるよ」
「えっ? 数千万? そんなにするんですか?」
 いきなり話しかけてきて驚きのことを言うから、思わず大きな声で聞いてしまった。すると、その人は「フ〜」と息を吐くと、
「僕もこのすぐ側でパン屋やってたんだよ。だけど潰れちゃってさ」なんて聞いてもいないのに、言う。
「今は何をしてるんですか?」
「今? 今は何もしてないよ。そう言ったらオーナーさん、ここで働かないかって言うんだよ。ヤダよ。時給900円なんかで働きたくないよ。パンは好きだけどさ、もうやらない方がいいよね?」と、急に私ごときに聞いてくる。
「でも、パン、好きならまたやったらいいんじゃないですか?」
そういうと、
「うん、そうだね。でもさ、でもさ、」
男性は考えるように黙り、自転車をガタガタさせて乗り、そして言った。
「そうだね。やったらいいのかもね。もう一度ね。あ。パートで働いてるあの子、前、うちの店にいたんだよ」
 と、顎をしゃくって店内にいる、パートの女性を指して言うと、自転車をキコキコ漕いで行ってしまった。

 男性はひたすらに暗く、そして、どう見ても、本当はパン屋をもう一度やりたくてたまらないように見えた。でも、店は潰れて、プライドもこっぱ微塵。パン屋って始めるも地獄。辞めるも地獄。なのにまたやりたいって。って。って。えっ? パートの子、潰れた店にいたの? うそっ?
 さっそく中に戻って聞くと、「ああ、そうなんです。でも、ちょっとの間です。だって、すぐに潰れてしまったから」って。うううむ。なんたる不吉な。なにやらもう、店全体に暗雲が立ち込めているようだった。店長は「8月もこんなで、9月もダメそうだなぁ」とブツブツとつぶやいていた。

 でも、つぶやきながらも手は止めない。止められない。店長以外に他にパンを作る人は誰もいないし、いくら売れないとはいえ、朝と昼と、1日に2回パンを焼いて、お店に出す。あんまり時間が経ち過ぎて硬くなったのより、柔らかいの出さなきゃ、余計に売れない。それに翌日以降の仕込みもあって、店長はどんなに店が暇でもパンを作り続けるしかない。朝4時に起きて、家に帰るのは9時。お昼もろくに食べず、ずっと立ちっぱなしで働く。なぜかお弁当も作ってもらえず、近所のコンビニで買ってきたお弁当をモソモソ食べていたりする。

 パンを作るのって思ってたより大変だ。粉を測り、バターを測り、パンの種類ごとにそれらは違う。粉の種類も違うし、こねる時間も違う。こね、は機械がやってくれるけど、その重い機械を持ち上げたり、洗ったり、そんな手間もある。1個150円のカレーパン作るのに、うちの店では牛すじ肉をフードミキサーを使って切り刻み、玉ねぎは包丁で切り刻み、それらを混ぜて腕が痛くなるほど延々フライパンで炒め、そこへカレールーを入れ……と、1時間以上もかかる。そのカレーを冷やしてからこねたパンで包む。それを膨らませて、揚げる。カレーパンなんて買って、食べるのはほんの一瞬。パクパクパク、ごくごく(牛乳)、パクパク。終了。1分もかからない。作るのはその何十倍もかかってる。

 もちろん、そうした作業を1つ1つ、1種類ごとにやる。あんぱんにはあんぱんの手間が。フランスパンにはフランスパンの手間がある。材料もあれこれで、店には大きな冷蔵庫と冷凍庫が3台。そこに材料が様々詰め込まれている。店長は片付け好きらしく、それら1つ1つを近所の100均で買ってきた大きなタッパーに入れ、きちんと整頓して並べている。

 片付け好きは冷蔵庫だけじゃなく、1つ何か作るとすぐに片付け、ちょっと時間ができると、雑巾で冷蔵庫も床も、いちいち磨いていた。「片付け好きですね?」と聞くと「だってオレの店だもん」と言ってた。

 しかし。小さな店で朝から晩まで。立ちっぱなしでろくにご飯も食べられず。話し相手は年代も趣味も人生も生き方も何一つ合わないバイトの人たちだけで。ただただパンをこね。そしてせっかくこねて作ったパンは売れない。考えただけでウウウウとくる。想像に苦しくなって思わず「パン屋ってたいへんですね」と言ってしまうと、「そうだよ。よほど好きじゃないとやってられないよ」とやさぐれた風に言う。言いながらもちろん手は止まることはない。

 もくもく。もくもく。もくもく働く店長。するとそこへお客さん。
 いらっしゃいませ〜〜。60代ぐらいのオバさんだ。ニコニコしながら食パンを買ってくれ、「ここらへんじゃ、ここの食パンが一番おいしいわよ」なんて言ってくれた。おおっ! これは直接言ってもらったがいい。すぐに「店長っ!」と大声で呼び寄せ、同じことを言ってもらった。そう、たまにはご褒美がなきゃ。店長はすごくうれしそうだった。

 でも、ご褒美はほんの一瞬で、まだまだ、そう簡単に神様はこの店にかかった暗雲を振り払ってはくれないのである。
 
 
 
 

-ヒビレポ 2014年1月25日号-

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