杉江松恋の、回り道から飛んでいく 第3回


僕は東方Projectのにわかファンでした

杉江松恋
(第14号で「伊勢街道でしょう!」を執筆)

 
 
 

 僕が東方Projectを好き、という話だった。
「東方って何? 東方神起のこと?」と訝しんでいる人もいるかと思うので説明すると、東方ProjectというのはZUNという方が個人サークル「上海アリス幻樂団」で制作し続けている同人作品で、縦スクロールのシューティングゲーム、そのサウンドトラック、小説、漫画(本人は原作担当)という成果物の総称のことなんですね。それらの共通点は、日本のどこかに幻想郷という隠れ里が存在するという世界観で、作品が出るたびに新しい要素(設定や歴史、キャラクター)が追加されていくので、総体としてはとんでもなく太い幹が出来上がっているわけです。
 年に2、3点のオリジナル作品が出ているのでこれまでの蓄積もすごいのだが、それに加えてZUN氏が産めよ、増やせよ、地に満ちよとばかりに二次創作に対して寛容な態度をとったために、膨大な数の同人作品が創作され続けている。
 僕にとって最大の喜びはその創作群の中に身を浸し、耽溺すること。そういう暮らしが、もうかれこれ5年くらいは続いている。そうなると「なぜ東方がいいのか」と聞かれても答えるのは難しくなるわけです。もう「吸っている空気をなぜ吸うのか聞かれても困る」「ご飯がなぜおいしいのか日本人に聞くな」というレベルですよ。
 もちろん日々それについて考えているのだからきちんと答えることはできる。でもそのためには最低でも4千語程度の文字量は必要になるので覚悟して質問してくれ、と思います。聞いてくれるならいつまでも話せるのだが、これはそういう原稿ではないですね。
 

 

 とにかく、東方Projectが好き、という話である。
 東方の歴史はかなり古く、ZUN氏がまだ大学生だった1996年に始まっている。広く知れ渡るようになったのは2002年に出たwindows版ソフトの『東方紅魔郷』からなのだが、それでも10年以上経っている。たかだか5年程度のファン歴しかない私などは新参者であるわけです。ただ、出会ったときに受けた衝撃がはんぱではなく強いものだった。そのために「これについて知らなければ明日の自分はない」というような焦燥感に駆られ、短期間に非常に多くの情報を吸収することになった。それまでほとんどやったことのないシューティングゲームも実際にやってみて練習したし(数ヶ月でコントローラーが使い物にならなくなって買い換えた)、同人作品を片っ端から読み、視聴して最先端の情報を取り入れようとしたのである。
 そうした研究成果を発表するために書いた商業原稿が、2011年1月に発表した「東方、知ってますか? 起源は1996年、超有名同人ゲームを徹底解説!」というエキサイトレビューのものだ。

 こればかりは我慢ができず、エキサイトレビューの編集担当をしているアライユキコさんに直訴して書かせてもらった。というより、私がエキサイトレビューのライターに志願したのも、この原稿を書きたかったからである。紙の媒体に東方の研究成果を発表させてもらえるところはまずないからだろうと思ったので、可能性がありそうなところをいろいろ探した結果、ネットレビューに行き当たったのだ。

(裏話をすると、『レポ』に連載の企画持ち込みをしたときも、第一案として呈示したのは東方についてのものだった。結局それはボツになり、PTA会長体験記のほうが通った。北尾トロさん曰く「そのネタはうちの読者にはちんぷんかんぷんだからね」。ごもっとも)

 もちろんエキサイトにしろレポにしろ、それが「商業媒体」であることには変わりない。前回書いた「自分が専門家ではないことを飯の種にしない」という原則とは矛盾するように見えるのだが、そこについては自分の中できちんと割り切ってから書いた。
 これは自画自賛になってしまうが、エキサイトレビューに書いた原稿は「たいして詳しくもないのに流行に口を挟み、我田引水の意味づけをしてしま」ったものではなく、「流行現象の権威にな」ることを目的にしてなかったし、「その流行現象を踏み台にして、何か偉いポストを手に入れる」ことは論外で最初から考えていなかった。
 ネットという媒体の性質上、読者の中にはかなりの比率で東方について詳しい人がいることが考えられる。そういう方からは事実誤認や基本的な知識の誤りがあるだろうことは予測していた。細心の注意を払って原稿は書いたのだが、それでも指摘はあったのですぐに修正した。もっともだと思ったのは原稿を二次創作よりのものにした点について、「原作への尊敬の念が足りないのではないか」という批判があったことで、すぐあとに続篇原稿を書いた。東方のシューティングゲームはいかに楽しいものか、ということについて触れた「東方は、人生に大事なことを教えてくれる(キリッ」である(タイトルはどうかと思うのだが、これはアライさんではない編集者がつけたものである。為念)。
 この2つの原稿では自分に「勝手な意味づけ」をすることを厳禁した。もちろん自分なりの作品観は出したが、どこか他の場所から関係ないものを持ってきて、それで東方を解釈するようなことは厳に戒めたのである。書き方を誤ればすぐに「東方のこと知ってるオレ、スゲー」に思われてしまう。そういう態度をとらないでいられる自信もなかった。ただ、一つだけ言いたいことがあって、原稿を書かずにはいられなかったのだ。
 最初の原稿を書いたとき、あまりにも緊張しすぎていて大事なことを言いそびれた。その反省もあり、2番目の原稿の末尾には素直な気持ちを付け加えることにした。僕が東方について思っていること、感謝をしていることをこんな風に書いてみたのである。

——以上のようなことは(注:シューティングゲームを遊ぶ上での注意点)、東方ファンの方には当たり前の事実だろう(しかもNormalだし)。しかし、私のようにシューティングゲームのプレイ経験があまりなく、ましてや歳のせいで運動神経にも自信がなくなっているような読者には、少しでも勇気を与えることができるのではないかと自負している。東方をやることで、私は間違いなく変わった。もっとも大きかったのは、再三書いたように、自分の弱さと向き合うことができた点である。1968年の生まれの40歳(当時)、青春なんて過去のもので、成長なんてもう望むべくもない。そう思っていたときもありました。だけどやったよ! 東方が私を成長させてくれたよ!
 少しでも多くの読者が同じ経験をできるよう願い、この稿を終わります。

 少しでも多くの読者が、と書いたときに、ああ、このことが言いたかったのだな、と理解した。書評を手がけているときと同じで、自分の好きなものを一人でも多くの人に広めたかったのである。東方に自分が迎え入れられたと感じたときの気持ちを人に知ってもらいたかった。根っからのレビュワー気質なのだと気付いて嬉しくなったし、自分がライターをしていることの意味をこれで再確認できたという喜びもあった。
 言い換えれば、東方を通じて自分の知らなかった部分を発見したのである。それができる対象こそが、自分にとっての大事なものだ。あの原稿を書いたことで、僕にとって東方の持つ意味は変わったように思う。単なる趣味から、自分を構成する大事な部分へと変化した。書くべきかどうか迷った原稿ではあったが、書いてよかったのだ。書かなければいけなかったのだ。
 僕はそれほど頭がよくないから、いつもこんな感じである。
 自分がしていること、自分の好きなことの意味がわからないから、とりあえずその中に入ってみる。入ってみて、なんとなくそれを言葉にしてみる。言葉にしたときに感じる違和を客観的に眺めなおしてみて、さらに表明できる文章に仕立て直してみる。それを公表して反応を知る。そうなったときに自分の中に動くものがある。その動くものが何かがわかるまで、同じことを繰り返してみる。一度でわからなければ二度、二度でわからなければ何度でも。そしていつか気付くことになる。
 回り道をしないと、自分が誰かなのかもわからない。
 もどかしいけど、そういうものなのだと思います。

 僕の仕事を手伝ってくれている年下の友人にはいつも叱られる。twitterやfacebookのアイコンを東方にするのは止めなさいと。あなたの名前で検索してくる人もアイコンを見て回れ右をする。あなたについて関心を持つ人は東方マニアのあなたを探してくるのではなくて、ミステリー書評家の杉江松恋を求めているのだと。ネットで自分を売りたいのであれば、せめて自分の写真かイラストを使うようにしなさい、新刊が出たらアイコンはその本の表紙に替えなさい、それが本当のプロというものではないですか、と。
 よくわかる。そのとおりである。プロに徹するという態度は僕も大好きで、そういう専門に徹した僕でありたいと思う。
 しかし、ダメなのだ。僕の中にはもう一人の自分がいる。それは、常に自分の好きなものについて考え続けている僕だ。好きなことについて考えることが大好きで、それをしたいために仕事をしているといってもいい。そのもう一人の自分が僕に言うのである。
 おい、それでいいのかよ、と。
 いや、そんなことないっす、と僕は答える。僕は東方が好きです。
 じゃ、今のままでいいじゃないの。
 いいですね。
 おう。
 そんなわけで僕のアイコンはこれから先もあのままだろうと思います。C君、せっかく助言してくれたのに悪いね。ごめん。
 ちなみにtwitterのID、from41tohomaniaは、文字通り「41歳して東方に本格的にはまってしまいました」という意味である。41歳デビューですよ、厄ぎりぎりでしたよ。
 やっと会えたね(辻仁成)。

 今、僕は東方Projectの同人誌を出す計画を立てている。というか、もう申し込んだ。イベントは2014年5月11日に開催されるオンリーイベント「博麗神社例大祭11」である。そこで僕は「自分が東方を好きであること」についての同人誌を出すつもりだ。それをすることで、また何かが見つかると思う。
 まだまったく先は見えていないのだが、ちゃんと同人誌が出来上がったら報告します。そのときはよかったら手にとってみてください。
(続く)

 
 
 
似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2014年1月24日号-

Share on Facebook