どす黒い私 2 鋼鉄のパン屋さん、いざ出陣!編  第5回


 
和田靜香
(第13号で「ホドがある! 新聞一面トップ どうして私が?!」を執筆)

 
 
 
 暗雲は本当に暗雲だった。

 週末、いつものように朝8時に店に行くと、店長が何やら途方に暮れた顔をして壁の上の方を見つめている。
「何してんですか?」
聞くと、
「雨漏り」
一言だ。だいたい言葉は少ない人なのだが、それしか言わないからそんな大したことないのだろうと、そのまま着替え室で制服に着替え、ガチャガチャッとタイムカードを押して店へ出て行くと、店長は大慌てな様子でガサガサガサガサと顔を真っ赤にして小麦粉の袋を移動している。どう見ても1つ30キロぐらいはありそうな巨大な袋。それを2個、3個と、次々、ものすごい早さで移動させている。えっ? と見ると、なんと床が半分以上水浸しだ。
 

 

「大変なことになってるじゃないですか!」
「うん。そうなんだ。どうも、あの排気ダクトんところと、あの窓んところから漏れてるみたいで」
 店長はそう言うと、ダクトんところに雑巾を置く。たちまち雑巾はびしょ濡れで、水がぽとぽと滴れ落ちてくる。天井近くの小窓んところもびしょ濡れ。外の雨は吹き付けるようにひどく、一向に止む気配はなく、雨漏りも止まらない。

「この間の夕方のゲリラ豪雨んときもすごかったんだよ。その後で直してくれたはずなんだけどさ」
そう言うと、店長は携帯を取り出し、電話している。どうやら店の工事をした工務店さんに連絡しているらしい。
「雨漏り、ひどいですよぉ。これじゃどうにもならなくて」
 ぽそぽそと説明をする。
 私だったら、こんな事態になったら怒り爆発で、
「てめええええ、プロだろおおおおおおおおおおおお? 何してやがんだ! こんな手抜き工事あるかぁ? バカ野郎っ!! 今すぐ来いっ! 5分以内で来ないとブッ殺すからなっ!!」と、怒鳴りつけ、叫び、血圧バカ上がり間違いなしなのだが、店長は淡々と事態を説明している。
「ええ。どうもダクトんところが一番ひどくて。ええ。そうです。ええ」

 そうこうするうちに、近所に住む、この店舗を仲介した不動産屋のオヤジが来た。
「どこですかぁ?」
 不動産屋のオヤジはなんとも眠そうに、店長に尋ねる。
「ここが、こんなに」
「ああ」
 不動産屋は特にああだこうだ言わず「○○さんには連絡したんですよね?」とだけ言う。工務店のことらしい。「もう、しました。後で来ると言ってます」
「いやぁ。そうかぁ。ねえ」と、不動産屋は申し訳ないとは一言も、絶対に言わない。どう見たって、これ、元々たてつけが悪いというか、ダメな物件なんじゃないか? ダクトんところがダメってのはまだ工事のせいもあるかもしれないけど、小窓んところから雨漏りって、前からあったんじゃないの? あんた、ダメ物件を、このあんまり怒らない、おひとよしの店長にだまして押し付けたんじゃないの?

 そういいたくてむずむずしたが、黙っていた。不動産屋のオヤジは見るからに不動産屋のオヤジだ。こう、なんというか。一見笑顔だが、その目には「ええ、これね。駅から3分」とか、駅から10分の物件を大嘘で貸し付けてきた実績がありありと浮かんでいる。あたしなら、この不動産屋のオヤジからは家借りないわ……そう思う。

 オヤジと交代で工務店のオジさんが来た。
「どうもすみませえええええええええええええん」
 オジさんはすごい大声で謝り、「いやぁ、この間やったはずなんですけどね。ちょっとまた見てみます」というと、大雨ん中外へ廻り、外から壁をゴンゴンやってる。でも5分もしないうちにびしょ濡れで戻ってくると「う〜ん。ちょっと今見てもわからないんですよねぇ」と言うと、店長を見つめる。
「でも、漏ってて……」
 店長はそう言うと、また壁を見つめる。工務店のオジさんも壁を見つめ、そして押し黙る。じょぼじょぼ漏れてくる雨。外は暴風雨。

 結局、工事は雨が上がったらまたやるということで、オジさんは帰って行った。パンは売れない。雨漏りで店はビチョビチョ。雨漏りは粉ものが多いパン屋にとって致命的だ。店長は天井を見上げ、ハアアとため息をつくと、アイポッドのスイッチを入れた。ジャンジャンジャ〜〜ンジャジャジャジャ〜〜〜ン♪

 流れ来たのはおなじみのコレ。
 

 
 いや、こ、これは名曲ですよ。名曲。でも、コレにノッてるときなんでしょうか? コレで帳消し? コレでいいの? 店長はコレを聴きながら、黙々と雑巾で床の雨水を拭いてはバケツに絞っていた。ひたすらに。文句1つ言わず。

 その背中を見つめ、私はだまって立っていた。なぜか店には雑巾が1枚しかなく、所在無げに見てるしかない。すると、「はぁ〜〜。びしょ濡れぇ」とつぶやきながらお客さんが入って来た。この大雨ん中、パンを買いに来たんだ。ビックリ。小学生らしい男の子だ。あまりにビショ濡れだから、テーブルナプキンを数枚渡して「これで拭いて」というと、素直にあちこちを拭いてる。そしてポッケから千円札1枚を出して握り、「これで130円、これで280円」とブツブツ小声で計算しながらパンをトレイに乗せていた。でも、レジで打ったら10円オーバーの1010円。「あ、10円。どうしよう?」と困った顔をしたから、「いいよ、10円、サービスしたげる。雨ん中、来てくれたから」というと、「えっ? ほんと?」と、目をキラキラさせて喜んでくれた。いいよいいよ。ほんと。ぜんぜんいいよっ。てか。この暗雲たちこめる店に、この大雨ん中に来てくれたんだもん。この空気を打ち破ってくれたんだもん。10円なんて安いものよっ!

 その子の帰って行く背中に「ありがとうねええ。気をつけてね〜〜」と大声で言うと、ちょっとだけ気持ちが変わった。すると。その子のキラキラ・パワーのおかげだろうか? 相変わらずの暴風雨にも関わらず、お客さんがその後から何人も来た。何人も来たのに、ああ、なんたること! 雨漏り騒動で、パンがあんまり焼けてなかった。お客さんは「あら、これだけ?」という残念な顔をありありと見せ、少しだけパンを買うと、帰って行く。大事なときにはずすこの店! 実は前日、私が「明日は台風みたいだけど、逆に台風んときって遠くに行けないから、近所の店で買い物する人いるんじゃない。前のコンビニんときはそうだった」と言うと、店長は「コンビニとは違う」と反論していた。でもコンビニと同じだった……。パンはほとんど売り切れてしまい、店長は「えっ? うそ?」なんて言ってる。いや、だから。そうなんだってば。店長はどうやら雨漏りもあったが、元々「そう客は来ない」と踏んで、あんまり仕込みもしてなかったらしい。人の話をてんで信用してないな、この人。

 パンが売り切れた、売れないパン屋。BGMはいつの間にかモトリー・クルーに変わっていた。
 

 
 好きやね、店長。それ……。
 パン、いつになったら売れるんだろう?
 
 
 
 

-ヒビレポ 2014年2月1日号-

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