旧宅探訪  第5回

荻窪 田辺ビル

 
下関マグロ(第14号で「僕の八〇年代エロ本仕事」を執筆)
 
 
 
 
 
東中野駅が最寄りだった茂美荘は二階建ての木造モルタルの家で、僕は2階の道に面した部屋に住んでいた。玄関を入ると下駄箱があり、廊下の中ほどに二階へあがる階段があった。階段の下が共同トイレになっている。1階と2階それぞれに3、4部屋あっただろうか。覚えている住人は、2階の奥の部屋には20歳くらいの郵便局員が住んでいた。1階には、鼻の下と顎に髭を生やし、黒い帽子をかぶってカメラを抱えて出かけていく30代の男性がいた。

会社を辞めたんだけれど、仕事はまったくない。とにかくなんとかしようとあちらこちらに話をし、なんとかもぐりこんだのが、学生が社長をやっている編集プロダクション。僕はそこの出向という形で別の編集プロダクションで働くことになる。わけがわからなかった。よかったことといえば、北尾トロなどいろいろな人とこの編集プロダクションで知り合ったことだ。

「オフィスたけちゃん」という名刺を作ったのもこの茂美荘に住んでいたときだ。フリーライターという肩書きではなく、なぜ「オフィスたけちゃん」なのかといえば、まだ自分自身がどういう方向へ進もうとしているのか、自分でもわからなかったからだ。次の名刺を見ていただこう。
 

 
 

 
たぶん、この住所や電話は今は使われていないと思うのだけれど、僕はこのDHCオリーブオイルの仕事をしていた。どんな仕事かといえば、雑誌の編集部へ行き、オリーブオイルという化粧品があるんだけれど、読者プレゼントのコーナーに掲載してくれないかと頼み、紙焼きの白黒写真とプレスリリースを渡しておく。「バージンオイル5本プレゼント、応募者全員に試供品プレゼントする」。これが掲載されると5万円もらえた。あちらこちらの編集部へ行き、資料を渡しておき、あとは書店へ行き、掲載されているものがあれば、オリーブオイルの会社に報告するという仕組みだった。

そして、フリーライターとしての仕事も少しずつだけど、やらせてもらうようになるのだけれど、茂美荘に引っ越してきたばかりの頃は、本当にお金がなくて大変だった。

仕事を追え、東中野駅から家に帰る途中、もう少し家だというところに自動販売機があった。夜、電気がつき、そこだけ明るくなっている。夏の日の夜、ああ、ジュースが飲みたいなと思うのだけれど、金がない。だから、家の水道から水でも飲んでおこうと帰宅した。それが少しずつライターやオリーブオイルの仕事で金を得るようになり、ジュースくらいは買えるようになっていた。自販機にはルーレットのようなものがついていて、ジュースを買うとそれが回り、当たりが出る仕組みになっていた。めったに当たらないのだが、ごくたまに当たりが出る。当たるとうれしかった。あるとき、当たるまで買ってみようかと千円以上のジュースを買ったことがある。結局当たらなかったが、そのジュースを持ちながらお金に困らなくなったことを実感した。しかし、2年目の更新の時期、まだ引越しをするほどの資金はたまっておらず、1ヶ月の更新料を支払って、ここに住みつづけることにした。

そんな頃、北尾トロから学研のスキー雑誌を紹介された。北尾トロは、スキー雑誌の編集者から中古車を譲り受けていた。ドライブに行こうと北尾トロから電話がかかってくる。「じゃ、早稲田通りまで出ているから」と言て電話を切り、早稲田通りまで行った。白いスカイラインのバンに乗った北尾トロが見えたので、手を振る。が、ハンドルにしがみついた、北尾トロはそのまま通り過ぎてsいく。そのうち、運転にも慣れた彼は、茂美荘の前の狭い路地まで車で迎えに来てくれた。

学研のスキー雑誌をやるようになって、やっと引越しの金もたまり、引越し先をさがすこととなった。見つけたのは荻窪のビル。2DK風呂付。家賃は65000円の田辺ビルだ。


 
 
 

こちらは、北尾トロの動画です。

 

 
 
 
 
動画撮影/北尾トロ  似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2014年2月2日号-

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