イメージの詩 第37回

俺に言わせろ!

 
 
えのきどいちろう
(第12号で「山田うどんの青春性、そして僕の非・青春性」を執筆)
 
 
 
 90年代に入って生活はずいぶん落ち着いたんだなぁ。NHK『土曜倶楽部』の後、TVのオファーを全断りしたのもよかった。ニュース番組やワイドショーのコメンテーターみたいなクチが沢山舞い込んだけど、ちょっとTVは向いてないと思う。何かすんごい疲れるんだよなぁ。普段ふらふら街歩きするとき、顔バレもしたくない。街歩きは僕のライター生活の基本だからね。

 でも、まぁ結婚したことがいちばん大きかった。住まいも恵比寿から門前仲町に移って、雰囲気も一変する。深川不動の脇の二階家を借りた。連載だと実業之日本社『週刊小説』の連載「忌憚のないところ」、ラジオは『吉田照美のやる気MANMAN!!』をのんびりやってる頃。仕事量が減って、すごく充実していた。20代、80年代は忙しすぎたんだよ。

「やるMAN」は3時台に新コーナーをつくるというんで呼ばれた。「俺に言わせろ!」という、ラジオコラムっぽいコーナー。まぁ、5曜日5人がブッキングされるなかのひとりだけど、照美さんの念頭にはTBS『ハッピーTOKYO!』の「土曜ホットアングル」があったと思う。
 

 

 四谷の文化放送は井上ひさしの小説『モッキンポット師の後始末』にも登場する、古い教会だった建物で、TBSとは感じが違う。スタッフの気質も何だかのんびりしてる感じだ。TBSの仕事が「NHKのスタジオ入る前にちょちょっと」という、まるで売れっ子タレントみたいなノリだったのに対し、文化放送はこっちの生活も落ち着いてたからじっくり取り組める。

 昼過ぎ、門前仲町の家を出て、地下鉄で四谷へ行く。感覚としては「町内のおじさんがぶらっと縁側に来て、お茶出してもらって話をして、ひとしきりしたら帰る」だ。こないだこんなことがあったとか、昨夜こんな話を聞いたとか、そういう、大したことはないんだけどホヤホヤ感だけはあるってネタがいちばんハマった。

 やっぱり構成ができてるって意味では、昨夜こんな原稿書いたって話がいちばんまとまってるんだな。くすぐりやオチを既に考えてあるから。だけど、それはたまに「あのときの話、ちょっと経ってから雑誌で読みました」みたいなリスナーからの反応を呼んだ。ま、自分で書いた原稿だから盗作ではないんだけど、暗にラジオはラジオでオリジナルなことやってくれってプレッシャーかけてるのかな。

 でもなぁ、これ難しいとこなんだよ。どこにも出してない、したがって今、初めて頭から出てくるまとまんない話がいいのか、いっぺん書いて構成まとまってるほうがいいのか。バリューとしては初出のほうが高いと思うんだけど、言いながら考えて、言いながら思いついてるんだよ。つまり、ちょっと書いては消して、また書いて整えていくっていう執筆作業そのものをオンマイクでやる状態。それはバリューなのかな。難しいとこでしょ。

 スタジオは吉田照美さんと小俣雅子さんの名コンビ。クロストークも脱線も辞さぬやり口なんで、こう、2人のトークのすき間っていうかタイミングを見つけて、間隙をぬって自分のネタをやるんだな。「ちょっと僕に話させてくださいよ」みたいな入り方。このスタジオ内の空気に飛び込む感じが僕は大好きだった。

 イメージとしては剣道とか柔道の道場あるでしょ、ああいうもんだと思ってほしい。それかフットサルコートだな。とにかくスタジオは勝負なんだ。勝負だけど、楽しみごとでもある。相手の意図を読み、感じて、乗っかったり裏切ったり、やり合ったりする。

 だから僕は「自分の言うことにいっぱいで、相手の話を聞いてない」人がいちばん苦手だ。オーケストラで音聴いてない奏者みたいな状態。

 意外なことにそれなりにキャリアのある人でも、自分が何か言うことが仕事だと思ってるタイプがいるね。言ったことしかリスナーは聞いてくれないと思ってる。そんなことはないんだよね。聞く力もリスナーはちゃんと感じとる。共感とか、共振みたいなスタジオの空気は伝わるね。

 吉田照美さんのキャラのイメージがTBSとぜんぜん違うのも面白かった。ま、ホームなんだよね。最高にのびのびやってる。僕が照美さんから学んだことは、「世間一般」ってものとどう向き合うかだと思います。あのさ、僕は『宝島』出身じゃん。サブカル誌で若者誌だよね。こう、何となくだけど「大人」とか「世間」ってものとどう距離感を持てばいいかつかみかねてたんだ。週刊誌で書くときは、ついカミシモを着た感じななってた。

 ラジオで言えばFMは自分のフィールドだけど、AMはアウェーっぽかったんだ。「わかる人にだけわかればいいや」的な立ち位置だからね。AMのリスナー層(主婦とか自営業、営業サラリーマン等)は話が通じない気がして、苦手だった。

 で、照美さんが「やるMAN」を通じて教えてくれたのは、僕が漠然と想定していた「大人っぽい世間」なんて(もう?)存在しないってことなんだ。だって団塊の世代だってラジオの深夜放送で育ってるんでしょ。一見、ちゃんと社会人をやってるような人でも、もはや充分話が通じる。話を「一般向け」に設定する必要なんかないんだ。狭いツボでも出力さえ上げれば伝わる。

 「やるMAN」はAMの昼ワイドでありながら、僕のそれまでの発想なら「若者番組」とくくられる級の実験的な笑いに挑んでいた。超前衛でもありながら大衆性も獲得している。あぁ、なるほどなぁと思ったのだ。そういうことなんだ。そんなら存分に行くだけだ。

 
 
 
似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2014年2月3日号-

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