どす黒い私 2 鋼鉄のパン屋さん、いざ出陣!編  第6回


 
和田靜香
(第13号で「ホドがある! 新聞一面トップ どうして私が?!」を執筆)

 
 
 
 売れないで残ったパン、どうしてんだろ?
 それがずっと不思議で、午後〜閉店までバイトしてる女子大生の女の子とたまたまシフトがいっしょになった昼どき、小声で「ね、パンもらってる?」と聞いてみた。私は常に朝番だから、パン、相変わらずぜんぜんもらえないでいたからだ。すると彼女はクールな物言いで、
「パンですか? 少しもらったこともありますけど、基本、ないですね。捨ててますよ」
 とあっさり言った。

 ガ〜ン。やっぱり捨ててんだ。そうじゃないか?と実はずっと思っていたが、そうだった。パン。菓子パンは、朝1で私が週末に働きに行ってもまったく残っておらず、食パン類は売り場の棚にいつもいっぱい残っていたが、たったの1度も「欲しかったら持って帰っていいよ」と言われたことないし、朝だけ当日焼いたパンをカットするまでは割引販売もしてたけど、それ以降はひたすらレジ横の棚の奥に詰め込んでおくばっかりだったから、もしや、これら、後から捨てちゃうのかな? と思っていたら、まったくその通りだった。
 

 

 パンをたくさん作って、売れなくて、捨てる。なんたる悪循環! だから天罰でパン、売れないんだよっ! なんだよ、捨てるって! 捨てるぐらいなら、バイトやパートに来てる貧しき私たちにくれたっていいじゃん(勝手言ってます)! なんだよ、なんだよ! と、カ〜ッと怒りまくった。天罰。天罰。このままじゃ、絶対に売れない。売れないに決まってるだろ! と店へのダメ出し、ここに極めり! だ。

 なのに、パン、いきなり売れ始めてしまった。えっ? ほんとうに?
 ええ。あっさりと。私の天罰論なんてどこ吹く風。神は実に気まぐれに采配する。
 何も特別な理由は見当たらない。まだまだ暑さは残っていて、太陽はジリジリなのに、暦上の季節が秋へと移った途端、人はパンを買い始めたのだ。ああ、思い出す。コンビニもそうだった。まだ暑いのに、「おでん始めます」と8月末に予告を出し、9月が来ると同時にセールを始めると、汗をダラダラ流しながら、みんな、おでんを買いに来たっけ。あれと同じだ。日本人は実際の季節感より、暦の季節感に惑わされる。9月=秋=夏終わりなのだ。

 もしかしたら、最初に店長が言っていた「パンは菌が部屋中につかなきゃ」論もあるかもしれない。オープン当初、「これ、うちのパ〜〜ン」とパンを友達にあげても、感想は「??」だって。家に遊びに来た友達と食パンをいっしょに食べたら、友達はだまりこんだ。しかし、この売れ始めた頃に店に来たり、あげたりした友達らは「ふつうにおいしいよっ」と言い始めていた。ま、ふつうにおいしいレベルではあるんだが。しかし、ふつうにおいしくて値段が手ごろなパン。それは売れる。菌が店中に根付き、味が落ち着き、こなれ、変わってきた、それが売れ始めた最大の理由かもしれない。

 ああ、あと、店の看板が出来てきたんだ! 外に立てかける看板。何やら店長妻お得意の書き文字で、色々パン屋の説明が書き込まれた看板。店長妻のセンスがまた炸裂で、センスがいいとは私には言えないが、素人臭さもあんまりない。店長妻、滅多に店に来ないが、裏で仕切ってるというか。裏で店長というか。デザイン関係の仕事してんの? 素人じゃないよね? そんな謎の人だ。

 思えばしかし、それ以外は特に何もしてない。何もしないで、ただ、パンを作り続けただけ。目には見えない菌さんがプワ〜〜ンプワ〜〜〜〜ンと飛んで根付くのを待つだけ。待つ。待つ。待つ。ああ、これ、私が一番苦手なことだ。自分。いつも「仕事がない」と焦って焦ってじたばたして、泣いて、叫んで、この世の終わりだと悲観し、結果的に何一ついいことはできないでいる。自分が本当にやるべきこと、やりたいことは後回しにして、目先の小銭稼ぎに焦って手を出して、もちろんそんなのは不本意な結果に終わり、それでも、お金ないからそればっかりに精を出してしまう。でも、そうじゃない。待つんだ。コツコツとやるべきことをやって。自分の居場所を守って。そうしたら、回りがやれやれ騒いでも、来るべきものは来るのかもしれない。

 あまりにも客が来ない、来ないとあちこちで言っていた2ヶ月ちょっと。やれネットで宣伝しろだの。知り合いの経営コンサル紹介するか?とか。バイトをクビにしなきゃだめじゃん?とか色々と人に助言されたが、すべてシャラップ。あれこれ派手なことなど何もせず、ただ淡々とパンを作り、待つ。ああ、そうそう。店長はひたすら掃除もしていたな。自分の居場所を整えるって、大切なのかもな、うん。あとは本分を守り、ひたすらにパンを作る。売る。黙々と。ジリジリとしても待つ。焦っても、嘆いても。「ああ、もうっ」とか「俺の給料ないっ」とか、時々バイト相手に情けなく叫んでみても、待つ。

 私は自分が前にバイトしていた人気コンビニ店と盛んに比べて、立派だったマダム店長、ダメダメなパン屋店長と罵り、この店へのダメ出しをしまくっていたけど、大手チェーンのフランチャイズであるコンビニと、街の小さな個人経営のパン屋じゃ、やるべきこと、ぜんぜん違うんだ。コンビニの経営は攻めて攻めて攻めぬいて!だけど、パン屋はそうじゃない。捏ねて、捏ねて、捏ねぬいて! あとはジッと寝かせる。発酵するのを待つのがパン屋。

 とにかく待つ。待つ。待つ。それがどんなに大事か。そんなこと、今さらまたバイトに教わってしまった。なんだか不本意ではあるが。

 朝9時台、店を開けてすぐにパンを買いに来るようになったのは、父親と小さな子どもが多かった。3〜4歳の子を連れた父親が、お散歩代わりにパン屋にやって来る。イクメンてやつか?「これ、ママの」とか、親子でキャッキャッしてる。幾つもトレイにパンを取って、楽しそうだ。子どもはあっちに飛び、こっちに飛び、店に描かれた謎の絵に「あ、カエルさん!」とか大声出したり、レジの下の棚に置かれてるプリキュアの人形にワアワア騒いだりする。店長はそんな親子に顔見知りなのか、「今日はお兄ちゃんは?」とか楽しげに話しかけ、あまつさえ、「これ、どうぞ」なんて、焼いてみたら極端に小さくなってしまったのとか、ためしで作ったパンなぞあげてる。店長、はしゃぎ気味だ。私らにはち〜ともくれないくせに。

 さらに、うちの店は内装が子ども向け仕様にできておるから、レジの下の壁、子ども目線の場所に棚があって100均で買った宝箱みたいのが置いてあり、中に常に飴が仕込まれている。その飴を子どもは好きにとってヨシとされていて、他のパートさんらはどんな子どもにも公平に「飴とっていいよぉ」と言ってるようだが、私の場合、そんな風に飛んだり跳ねたり大声出したりしてる子どもがどんなに飴を見つけて物ほしそうな顔をしても「飴どうぞ」なんて言わない。パンを袋に詰めながら、もの欲しそうな子供の顔をジッと見つめ「ほれ、欲しいだろ?だがな、許可は出さん」と目で言う。子どもはなおも私の目を見つめ「おばさん、たのんます。この飴、おいらに、おいらに1個くださいっ」と先ほどの大はしゃぎから一転、真剣な目で懇願するのだが、まだまだ。大抵の子供はここであきらめて、またウキャアとサルのような叫びをあげて後ろに逃げる。うつけものめ。だが、中にはそれでもしつこく私をみつめ返し「この飴、どうしてもお授けください」と眼力を込める子どもがいる。すると私はそこで初めて「飴、どうぞぉ〜」と、眼対決とは裏腹のママっちい声で勧める。すると子どもはパッと、これまたサルが物を獲るような早さで飴をかすめとり、袋を破り、口に放り込む。私をちろちろと盗み見、飴将軍の私に奪われないように見張る。子どもとは実にズルがしこいサルみたいなものなのだ。私自身がそうだったから、よく分かる。

 そんな私vs子供の対決が出来るのも、お客が来てこそ。いやぁ、お客さん。突然に来るもんなんですね。良かったよ。良かった。これでバイト代が「小麦粉支給」とかにならんで済んだわ。うん。

 
 
 
 

-ヒビレポ 2014年2月8日号-

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