どす黒い私 2 鋼鉄のパン屋さん、いざ出陣!編  第7回


 
和田靜香
(第13号で「ホドがある! 新聞一面トップ どうして私が?!」を執筆)

 
 
 
 売れ始めたパン屋に、さらに追い風が吹いてきた。
 10月。地元の祭に参加、という形で店ではパンの105円均一、という無謀な祭を開催した。祭は2日間。初日は大雨になってしまい「またダメになるのか?この店は?」と一瞬暗雲が垂れ込め、店長はやけっぱちな風に「もう、やる気なくすよっ!」と宣言のように言い放ち、疲れた顔で次々アイポッドのメタルを流しまくっていたから、すわっ! ついにこの店、終わりか?と一瞬思ったりもしたのだが、店に吹き始めた風は、そんな暗雲を簡単に吹き飛ばしてくれた。

 翌日は晴天となった。朝9時に店がオープンするとポツポツお客さんがやって来て、その後、もう、驚くほどやって来た。レジ乱れ打ちっ!!
 うちのレジは小型のもので、ふつうの計算機みたいな数字が並んでる横に、商品名が並んでいて、それを打ち込むようになっている。普段なら「えっと、アンパン1つ、クリームパン1つ」とのんびり打ち込んでいるんだけど、祭ともなると、そうは言ってられない。
 「アンパン1つ、クリームパン2つ、えっと。これは。メロンパン3つ、じゃ、えっと、3×メロンパンで、あれっ? あれっ? おかしくなっちゃった。す、すみません。やり直しますっ! ええっと。アンパンは幾つだっけ?」
 と。大混乱になってくる。レジの四角い1つ1つのマス目が、なんだかおぼろげになり、手はこっちを打とうとしてるのに、あっちを勝手に打つ。
 

 

 パンを袋に入れるのだって、大急ぎだから何やら雑になってしまう。忙しいことに対応が苦手なこだわりの強いパートちゃんなぞ、焦りに焦りすぎてパンを次々乱暴に袋に投げ入れ、私が「あ、つぶれちゃうから」なんて言ってもまったく耳に入らず、揚げたてのカレーパンが見事プシュ〜〜〜と袋の中で潰れてしまっていた。気の弱いお客さんはすぐに黙って袋から取り出して、泣きそうになって帰って行った。

 しかし。そんなお客さんばかりじゃない。大混雑の中、ほんの4〜5分待たせるだけで、舌打ちする人も多い。そこまでしなくても明らかに顔にイライラをはっきりと出す。鼻息をフンガフンガッさせて山のようにパンをトレイに乗せ、それを一瞬で買って帰りたい、とムチャなことを望むのだ。

 さらに驚くことに、そんな大混雑の中、「これ全部、1口大にカットしてくれる?」などと無謀なリクエストを平気でしてくる客まで出てくる! ええええええええええっ? ビックリ。トレイの上にはたくさのパン。「ちょっと今はいそがしいので」と断ろうとすると、こだわりパートちゃんが「店長がやってくれるんじゃないの?」などと言う。お、おまえ、余計なことを。お客さんにそう言われたら店長に頼むしかなく、「すみません、これ、一口大にカットしてくださいってお客さんが」というと、えっ?と振り返った店長の顔は史上最悪のイライラ顔。こ、ここもイライラ大爆発。

 それでも客は客と、店長はガタガタッと包丁とまな板を取り出し、ザクザクッぜんぶ切って私が差し出した袋を無言で受け取ると、パンを入れ、お客さんには笑顔で「ありがとうございます」と渡していた。
 しかし見れば分かるだろう。大混乱、なう、って。それを切れって……。たとえ外でこれから家族で食べるとしても、そんなの手でちぎればいいじゃないか。もし家で食べるってなら、もう、許せないって感じ。これが1個500円ぐらいのパンならいいだろう。でも105円セールだ。何言ってんだよ?だ。ここはリッツカールトンじゃないんだから。「お客様、ただいまパンをちょうどいい大きさにお切りいたしますね(キラリ〜〜ン笑顔)」なんてないんだ。

 その日はもう午後も早い時間にパンはほぼ売り切れ。地元のお祭にやって来た人が入ってきて「ありゃ、もう売り切れ?」なんて残念そうに帰っていく感じだった。売れるってすごい。売れるってこういうことか、と初めて分かった。

 そしてその嵐はまだ続いた。
 今度はパン祭なる催しへの参加だ。これも地元の商店街か何かが開催するもので、色々なパン屋さんなどが露天に店を出す。ここはもう、ほんと、嵐、嵐、嵐のようだった。ここでは食パンやら数種類の菓子パンをあらかじめ袋詰めにして持参し、どれも105円で売った。どれも105円なんだから、とりあえず何個か数えて105×3とか打てばいいのに、3時間、お客さんが一瞬たりとも途絶えない様に大混乱してしまった。途中で「あいがとごじゃまひた」などとレロレロ舌も廻らなくなり、私、こだわりパートちゃん、大学生男子の3人で切り盛りしていたが、大学生男子が心配して「おかあちゃん、代わります」と途中で代わってくれたぐらいのすさまじさだった。アッという間に、すべて売り切れた。あんなに誰も買わなかったパンが山のようにたった3時間で売り切れるなんて! 1個105円なのに、10万円ぐらい売れたらしい。

 売れるって。すごいね。売れる波が来ると、それは本当に嵐のようにドドド〜〜〜ンと来る。そしてその波は一瞬引いても、またやって来る。売れる波が押し寄せ始めたら、それはそうそう途絶えることはない。私は自分自身が「売れる」という経験がほとんどないから、いや、ぜんぜんないから? 売れるって感覚が分からなかったけど、なるほど、売れるってこういうことか。売れる波は、同じとこに押し寄せるんだよなぁ。その波が来なくなっちゃうのは、どんなときだろう? 何か大きな天災が起こるとか? 値上げしちゃったときとか? ああ、消費税が上がったら、どうなるんだろう? あとはまぁ、お店だからやっぱり飽きられるということとか? うん。波が来なくなるのは、飽きられる、というのが一番大きいだろうな。

 そんなことは分かってる。おまえのような素人に言われなくても、と店長は言いたいだろう。はいはい。そうですね。飽きられないために、店長は次々に新商品も繰り出し始めた。秋ということで、芋、栗、かぼちゃと、秋の味覚を使った数種類の菓子パンを繰り出してきた。まぁ、そういうの、どこのパン屋もコンビニでさえもやってる手段だが、色々試行錯誤。最初は白パンに餡子つめて、ああ、だめだめ、普通の菓子パンに詰めて、ああ、そこにシナモンかけて、いや、ああ。とか、日々色々試して秋の味覚を使った新しい菓子パンを完成。前は「店は適当に好きに並べてよぉ」とか言ってたくせに、「これはここに陳列。これはここ」と、こうるさく言うようになった。そしてまた妻が買ってきた100均のハロウィン・グッズなども店中に並び、秋色満載。私を震え上がらせる。このノー・センスぶりよ……てのは陰でこっそり思っていただけだが。

 しかし、私が震えてる間もパンは売れる。特に新商品の芋パンはバカ売れだった。1人で3個も4個も買って「家族みんなで好きなんですぅ」なんて笑う女の子も登場した。彼女はほぼ毎日買ってたらしい。おそろしい。しかし芋パン、私からすると甘すぎる。てか。新商品はどれも甘かった。甘いパンが続々やって来て、私はこれにちょっとなんだかなぁという思いを感じ始め、これが後々の私の反乱にもつながっていくのだった。

 
 
 
 

-ヒビレポ 2014年2月15日号-

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