どす黒い私 2 鋼鉄のパン屋さん、いざ出陣!編  第8回


 
和田靜香
(第13号で「ホドがある! 新聞一面トップ どうして私が?!」を執筆)

 
 
 
パンは売れる日もあったり、売れない日もあったり。でもだいたいが売れ、売り上げはほぼ順調に伸びて行った。しかし好事魔多し。店経営はそうそううまく運ぶわけないのだ。しかし、その好事魔の魔は、何を隠そう、私自身だった。

魔は突然暴れだす。
それまでも「ううう、この人は」と思っていた、お店に働くこだわりの強い女性。だんだん、だんだん、彼女のいちいちが気に障り始めてしまった。彼女のことは働き始めてすぐ、ああ、この人はアスペルガー症候群かもしれない?と思っていた。たとえばパンを切るとか。サンドイッチを作るとか。ものすごく集中してやる。自分でも「私、パン切ってるときは気がつかないんです」と言ってたぐらいだから、何かやり始めるとそれにものすごく集中する。それはそれでいいんだけど、いけないのは、集中してパン切ってようが何しようが、お客さんはそこに働く人がいたら「あなた、ちょっとこれ」と聞いたり、頼んだりしてくるのは当然で、しかしそこで彼女は怒ってしまう。パンを1個だけ買いたくて、気を利かせて「これだけお願いします」とせっかく言ってくれたお客さんに、トレイとトングをグイッと押し付けて「これでおとりください」なんて言ってヒヤヒヤさせる。こだわりが強くて、パンを並べるのもまったく同じ場所に置かないと「あ、それ、ダメです」としつこく言って怒る。その割にはキレイに並べるとかは出来ない。何度も同じことをしつこく確認してしまう。言い出したら、キリがないほどに彼女は店員さんには向いてなくて、いや、人間関係を築くこと自体が難しい。

それでも、この人はアスペルガー症候群かもしれない、と思ったのだから、それはそれで受け入れようと最初は思っていた。日ごろ、うつ病の人、統合失調症の人、心や精神の病の人たちを受け入れよう、などとエラソーに言ってる自分だ。ここでそれを実践できなくてはいけない、と思っていた。
 

 

思っていたが、だんだん、それも難しくなってきた。アスペルガーの人と働いていた、という人たちの話を色々聞くと、みんな最初は「だから仕方ない」と思ってやっぱりいるんだが、だんだん、自分が悪いんじゃないか?と思い始め、次第に耐えがたくなって、上司に相談、どちらかが退職、というパターンが多いようだ。上司? 店長? しかし店長はもう早い段階で彼女はダメと決め込んで、ろくに返事もちゃんとしない。なら自分の店なんだからクビにすれば?とも思うのだが、クビにはしない。彼女は毎日ちゃんと出てくる。やることは完ぺきではなくて時間もかかるが、でも、お客さん対応以外のことならなんとか出来る。人手は足りない。それなら彼女を雇い続ける、と思っているのだろうし、都合よく面倒なことはぜんぶ彼女に押し付けてもいた。たとえばパン祭の面倒な早朝からの準備とか。

雇うと決めたなら、ちゃんと彼女に対応しろよ!そこで店長が曖昧な態度を取り、ろくに返事もしないから、彼女はより一層プンプンと荒れて、それが私やお客さんに影響するのに……。日々その思いが強くなり、店長にも彼女にもどうしたらいいのか分からなくなっていた12月のある日。プツリと糸が切れた。それまで本当に腫れ物に触るように彼女には接してきたけど、「それ、ダメだ」攻撃についにダウン。「あのさ」と言いかけて、もう、言うのもイヤになり、黙り込み、1日中彼女とは口をきかないようにしてしまった。すると彼女もそういうことには敏感で、奥の厨房に入り込み、お客さんがいっぱい来ても、一切店に出てこない。そして店長は知らん顔。あまつさえ「ライヴに行くから」なんて途中で帰ってしまう。マジかよっ?

ああ、もう、いい。もう、面倒臭い。バイトはお金を稼ぐのと同時に、家に閉じこもり、誰にも会わないことの多い自分にとっては気晴らしの面もある。ウツウツ考えがちな私に、主治医は「外でバイトしなさい」と言う。だからやってるのに、こんな面倒に巻き込まれたくないっ! いやっ! いやっ!

もう、とにかくいやっ! いやっ! の塊となり、塊となっていたら、バイトに行く予定の次の朝、ものすごい不整脈に襲われ、「今日は休みます」のメールをして、店を休んだ。それは受諾されたけど、次の日、店長からメールがきて「体のことはたいへんだと思いますし、心配します。ただ私の立場からは微妙な感じです。人当たりもいいし、接客も出来ているし、イロイロ考えて仕事してくれると思います。10人20人働いている職場なら周りがフォローすれば済む話ですがうちの店では土日に和田さんに休まれるともう手も足も出ません。稼ぎたいときに稼げなくなるとうちの店はあと半年で閉店せざるをえないところまできています。スタッフのせいにするつもりはありませんが、みんな事情があるからしょうがないしょうがないにはならないと思います。これだけ小さな店で働くというのはそれぞれに大きな責任があると思います。小さな仕事、作業にも責任があると思います。持病があるのはたいへんだと思うし、辛いと思います。僕も通風持ちで何回も発作起こしています。ただそれとこれは別です。よろしくお願いします」というメールが着た。

ブチッ。これを読んで私の中のガマンの紐が音を立ててブチ切れた。ブチッと切れて、紐は粉々になった。なんとかつながっていた紐だったけど、ついに切れた。ブチッ。なんだよっ! お前自身が店長としての責任、ちっとも果たしてないくせに。なんだよっ! ふざけんなよっ! お前とこだわりちゃんの間に挟まれ、こちとらたいへんなんだよっ! やってらんないよっ! もう、完ぺきにブチ切れてしまった。

そして次の日、店に着くとすぐ、
「すみません。もう、体がダメなんで、バイト、辞めます」
そう宣言してしまった。私の反乱だった。

 
 
 
 

-ヒビレポ 2014年2月22日号-

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