旧宅探訪  第8回

「新京」のナゾ

 
下関マグロ(第14号で「僕の八〇年代エロ本仕事」を執筆)
 
 
 
 
 
さて今回は、旧宅の話はお休み。北尾トロの動画がないからだ。

そこで、荻窪でタナベビルが僕の自宅から、オフィスになった時代のことを書いておこう。最初は楽器の置き場所程度にしか考えていなかったけれど、次第に編集プロダクションっぽくなっていった。当時は、『とらばーゆ』とか『Bing』なんていう雑誌の仕事をやってたんだけど、リクルートって、毎回請求書を書かなくちゃいけなくて、当時はそれが面倒だった。こういうのまとめて誰かやってくれないかなぁ、って、そうだ、会社を作って、岡本くんに社長になってもらおうということになった。
最初は、バンドの名前の「脳天気商会」という名前で事務所をやろうとしてたんだけど、クライアントの方だったと思うけど、「そんなふざけた名前の会社だと取引できない」というようなことを言われた。

そこで、僕たちは「BWC」という名前の事務所にした。なんのことはない、Brain Weather Companyは脳天気の直訳。

岡本くんはそれまで勤めていた会社をやめ、僕たちの会社の設立などの仕事をやってくれた。そして、ライターとしての仕事もこなしてくれた。それまで岡本くんは僕や北尾トロの自堕落な生活、たとえば昼ぐらいにタナベビルに姿を現す僕たちを見て「自分は、ちゃんと朝から働く」と宣言したけれど、それは3ヶ月と続かなかった。
 

 

タナベビルで仕事をしていたときにどんなところで食事をしていたのか、思い出すと、僕個人だと駅前のココイチとか教会通りにあったハンバーグ屋とか同じく教会通りにある中華料理屋へ行っていたという記憶がある。これらはみんな僕が住んでいたスカイコート荻窪第3との間にある。岡本くんとは駅前のラーメン屋とかタナベビル1階にあった割烹料理屋なんかに行っていた。北尾トロとは荻窪駅南口に台湾料理の店があり、そこへよく行ってた記憶がある。が、食事で圧倒的に行っていたのが、「新京」という中華料理屋だ。なぜか、いつも3人だった。出前をしてもらったこともあるが、歩いていくことがほとんどだった。タナベビルから3人でテクテク歩いていたのだ。さほど近いわけでもない新京に、なぜ3人でを歩いて行ったんだろうか。

今回のタナベビル前でコメント撮影をしてくれた北尾トロにそのことを聞いてみた。「なんでだろうねぇ。おかもっちゃんがビールを飲みたかったからじゃないの」とトロは言う。そう言われればそんな気がする。でも、あまり新京でビールを飲んでいた記憶はないんだけどなぁ。
 

 
歩きながら、僕は北尾トロに「新京」があったのは、このあたりだね、と話していた。
「新京」がなくなっていると思い込んでいたのだ。たしかブログかなにかで数年前に近くのお店の閉店の記事を見て、それが新京だと勘違いしていたのだが、実際はちゃんとあった。
 

 
驚いたなぁ。お昼過ぎで腹も減っていたので入ってみることにした。すると、なぜいつも3人できていたかの答えが、壁に貼ってあった。
 

 
わかりづらいかもしれないけれど、同じ定食を3人で頼むとスープがサービスでついてくるのだ。だからいつも3人できていたんだ。

ナゾが解けたところで、僕たちはA定食「木くらげと肉玉子」を頼んだ。味はまったく覚えがない。こんな味だっけ。今回は2人だからスープは定食用のちょっとしたものだ。たしか、3人が同じものをたのむとどーんと野菜スープがきて、それを取り分けて飲んだのを思い出した。
 

 
そしてタバコが吸える。昔ながらの中華屋さんだ。北尾トロは昔と同じようにタバコを吸い、女将さんに「もう30年くらい前に何度もきてたんだけど」と話しかけていた。ここで35年やっているのだそうだ。
 

 
というわけで、今回、動画はなし。

新京

http://tabelog.com/tokyo/A1319/A131906/13062441/

 
 
 
 
動画撮影/北尾トロ  似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2014年2月23日号-

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