イメージの詩 第40回

転機

 
 
えのきどいちろう
(第12号で「山田うどんの青春性、そして僕の非・青春性」を執筆)
 
 
 
 J-WAVEの「クラブ・ド・トキオ」をやってた時期に人生上の転機があった。詳しくは『心配御無用』という本に書いたんだけど、目を悪くなったなぁと思って町の眼科を受診したら、すぐ大学病院に紹介状を書いてくれて、調べたら目には異常がなくて視神経のほうだったんだね。MRI検査をしたら下垂体腫瘍っていう、脳腫瘍の一種だった。

「あ、えのきどさん、脳腫瘍ですね」
「…」
「ここから先は眼科じゃ専門外なんで、んーと、あ、昼休みになっちゃいますけど、午後になったら脳神経外科のほうで話を聞いてください」
「はい、わかりました…」

 慈恵医大病院の石段に腰かけて昼休みを過ごした。これが僕の人生で最も孤独な昼休みだ。あぁ、死ぬんだなぁと思った。で、午後になって脳外を受診してみると、どうも死なないらしかった。良性の腫瘍で、手術しやすい部位だという。1ヶ月入院することになった。「別に急がないから仕事の都合のいいときに入院してください」と言われて、仕事の都合? と考えてしまった。
 

 

 こっちも(のべつ忙しいし)、いつ入院しても同じようなもんだ。まぁ、どっちみち雑誌は休載にして、ラジオは代役を頼まなきゃならない。仕事先へあいさつにまわった。僕は30代半ばになっていた。20代からずっと続いてきたでたらめに多忙なライフサイクルを見直すタイミングだった。

 連載はこの機会に降板するところと休載扱いにしてくれるところとあった。たぶん退院してすぐには元通りのペースでは働けないだろう。ラジオはJ-WAVEと文化放送の「やるMAN」。皆、事情を打ち明けると(何しろ病名にインパクトがあったことも手伝って?)、すんごい良くしてくれた。

 で、慈恵医大の看護婦さんにJ-WAVEリスナーがいて、もう最高のもてなしだったんだよ。ラジオの仕事やってトクしたことは無数にあるけど、病院で大事にしてもらえたのは驚きだった。あ、これは今もあるんだよ。禁煙外来でお世話になった浅草寺病院には文化放送リスナーのお医者さんがいて、肺のレントゲン写真を内科スタッフで見てるとき、「榎戸一朗」って名前を見て「うわ、これは大変だ!」って言い出したらしい。「うちに来てもらったからには絶対、ガンの兆候は見落としませんよ」って有難いことを言ってくれてる。

 ま、どんな仕事にもいいこと悪いことがあると思うけど、こういうのはトクしたと思うなぁ。ただね、30代の頃に話を戻すけど、脳腫瘍の診断は「続発性」ってやつだったんだ。とりあえず良性の腫瘍ではあるけれど、一生を通じて何度も同じことを繰り返す。こう、何となく根が残ってるキノコか何かみたいなんだよな。そこからまた生えてくる。だから病院とは一生つき合っていくしかない。

 人生上の転機とはこのことだね。たぶん他人よりお金もいるだろう。もしかすると今はいいけど、他人よりへばるのが早いかもしれない。「病弱な人の人生」なのかな? もっとシンプルに言えば中年以降、衰えて早死にするだろうか? 

 ま、早死にを織り込んどくわけにもいかないんだけどね。先々のことを考えたなぁ。退院したらコンディションを確かめて、戦闘力があったらお金をつくろう。お金いるよ、絶対。

 でね、ふざけたことに入院&休養は11月12月にぶつけた。何でかっていうと年末進行を一回パスできるからだ。入院中は「テレビデオ」ってやつ病室に持ち込んで九州場所を見てたな。貴乃花が全勝優勝して、横綱昇進を決めた場所だよ。

 
 
 
似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2014年2月24日号-

Share on Facebook