昭和歌謡宅急便  第2回

ナニワの中心でサジを投げる

田中稲(第8号で「K文学館の散歩者」執筆)

さて、いきなりですが、みなさん、仕事でドデカい失敗をしたことはありますか。
私はあります……。
迷いと失敗。そしてその晩もんどりうつほどの恥、後悔。
これを乗り越えてこそ深みのある文章が書けるという意見もあるけれど、
正直、そんなネガティブな経験はできるだけしたかない、というのが本音というもの。

忘れもしない。今からン年前、ああ、あの時私は若かった。
ある日、常にムチャな仕事を振ってくれる編集Kさんから連絡がきた。

「えーと田中さん、取材というか、ある社長さんの半生をお聞きして本にする仕事なんだけど。けっこう気難しい人なんだけど、できそう?話もややこしいとは思うんだけどできそう?」

Kさんがこんなに何度も「できそう?」と繰り返すのは珍しい。しかも明らかに不安そう。

「? やれと言われりゃなんでもしますが…」

そう答えた私がバカだった。
お食事を兼ねて第一回目取材に行った瞬間、この仕事を請けたことを大後悔した。

そう。相手の方は、日本でも有数のお金持ち(らしい)。商売繁盛、ランチはステーキ!
今は引退し、ゆったり自分のペースで趣味&仕事をしてらっしゃるというセレブであった。

いや、それはいい。
問題は、経済用語が出まくりッてことじゃーーーーい!!

株価がどーのこーの、アメリカのなんちゃらがロックフェラー財団のなんちゃらがどーのこーの。
ニューヨークの景気について聞かれ、
「あはははは」と意味のない笑いで返す私はジャパニーズ一般ピーポー…。
助けてくださーーーーーーーい!!!(心の叫び)
もはやセレブさんの話は日本語に聞こえない。いや、地球の言語すらない。宇宙語にしか聞こえないッ(号泣)。
こういう分野はぜんっぜん分からない私、パニックのあまり笑顔が凍り付いたままマネキン状態に。

分からないことは質問しなきゃ書けないのは分かっているが、
なにが分からないのかも分からない(←ライターとして終わってる)。

初回の取材はヘラヘラと薄笑いを浮かべ、モクモクと食事をするという悲惨な結果に終わった…。
まあ、これでゴキゲンを損ねて、別のライターに代えられるんだろう、と諦めていたら

「なんか田中さんの食べっぷりが気に入ったみたいだよー。次もよろしくー」

とKさんからお電話が。
金持ちの見るところってそこなのか?

結局、この仕事をガッツリ一人で担当することになった私は、
ドナドナの子牛の如く、うなだれながら第二回取材へ。

前回のトホホな自分を反省して、前準備とか経済の勉強をちょっとでもすりゃよかったのだが、
頭がシャットアウトするんだものなー。
とりあえず、冷静を装って気合で切り抜けよう、と決める。

そんな行き当りバッタリの私を責めるかのように、
ついに恐ろしい事件が起こった。
とりあえず
「なるほど!」「はい、はいはい」「ほぉ!」
など、知ったかブッタカ状態でいちいち大きく相槌を打つことにしたのだが。
さすが百戦錬磨の大商人。目が肥えてはる。
突然話をやめ、真顔で恐ろしい言葉を私に投下したのである。
「君、意味分かってて頷いてる?」
げっ……。

時が止まった。
人生の達人のセレブさんにとっちゃ、私の頷きマーチ大作戦など子どものお遊びに等しかったのである…。
私は瞬間的に対策を考えた。

●その1
「あっはっは!実はなーんにも分かっとりゃせんのですわ!」と開き直る。
しかしこれをしてしまった後の空気に耐えられる自信はない。ライターとして明日もない。

●その2
「分かってます!」とガンコに言い張る。
しかし、説明を促されたらどう答えればよいのだろうか。黙り込んでしまったらライターとして明日はない。

●その3
真ん中を取って「はあ、なんとなく」と答える。
安全策だがプロとしてプライドが許さんなー。(←この期に及んで…)
こういう時、焦りを緩和させるべく、無意識に頭の中でBGMを流してしまうクセが私にはある。
そして、この時も頭の中で渡辺真知子の「迷い道」が!
んむう、無意識にチョイスしてしまったようだが危険。危険だ。
このまま曲に合わせ思考回路まで迷い道クネクネになってしまったら、
事態の解決どころか私のメンタルはお花畑突入である。

必死に別のBGMを探す。よしっ、葛城ユキの「ボヘミアン」でいこう!
タロットをバッサーッと投げて、今の私の行方占ってみるっ。ボヘミア―ンッ。
いやいや占っている場合じゃない。さすらってる場合でもないがな。

結局、私は数秒間埴輪のような表情で硬直した挙句、
んもうとりあえずなんでもいいので言葉を発することにした。
結果、口から出てきたのは
ぷしゅる〜……
ヘンな空気音のみであった……。
さすがに可哀想に思ったのか、セレブさんはそんな私を責めもせず、
勉強しやっしゃ、とばかりに難しい経済の本を何冊か勉強用に貸してくださいました。

この仕事はなんとか無事終わり、数カ月経ってから、某先輩から「そんな時の対処法」として

「わかりまそん」

というボヤけた返事が有効やで、というアドバイスもいただいたが、
できればもうそんな返事を使わなくてはならない状況には陥りたくない……。

まあ、私のスットコ失敗談が長々と続いてしまったが、
渡辺真知子「迷い道」(1977年)、葛城ユキ「ボヘミアン」(1983年)が名曲なのは間違いない!
このお二人は今も歌唱力、声量共にちっとも衰えていないという素晴らしさ。
ぜひお聞きください。

 

あ、なにげに「うなずきマーチ」(うなずきトリオ/1980年)も。
MANZAIブームが生み出した珍曲であり、
「うーなーな、ずきっ!」というキッチュにも程があるこの歌、
実は作詞作曲が「さらばシベリア鉄道」の大瀧詠一御大というのが衝撃的過ぎてステキ。
みなさんも、失敗や迷いがある時は、いつも心に名曲を。
焦りは紛れますが、間違いなく気が散ります(あかんがな)。

 
–ヒビレポ 2012年10月10日号–

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