どす黒い私 2 鋼鉄のパン屋さん、いざ出陣!編  第10回


 
和田靜香
(第13号で「ホドがある! 新聞一面トップ どうして私が?!」を執筆)

 
 
 
パン屋勤務に戻って、店が前より忙しくなってるのに気づいた。冬だから? 最初の頃のぜんぜん売れなかった日々がウソのように、お客さんが絶え間なく、というほどではないにしろ、次々やって来る。「グルーポン」という、おせち料理問題で悪い話題になってしまった、「事前にクーポンを購入すると、割安で買い物ができる」サイトで、「300円分クーポンを購入すると、600円分パンが買える」登録をしたのも良かったらしい。わざわざ車に乗ってパンを買いに来るような人も大勢いた。甘いパンを8個、9個、10個。クーポンを2枚ぐらい買って、1200円分も菓子パンを買って行く人も大勢いた。相変わらず世の中は「安い」が何よりらしい。

そうやって大量に買われていくパンは、出来ることならまとめてビニール小袋に入れてしまいたいが、お客さんの大半以上は同じ種類のパンでも「別々に入れてね」という。たぶん食べるときにビニール袋に入れたまま小出しにして食べたいからだろから、「はい、わかりました!」と明るく答え、心の中では「手洗えばいいじゃん」と思いながら1個、1個、パンを小袋に詰め、また大袋に入れる。けっこうな手間で、10個、11個といっぱい買って行くお客さんが続くと思わぬほどたいへんだった。

それでも黙々と働いた。店はエアコン(暖房)をつけるとパンが乾いて固くなるからと、エアコンも入ってなくて、しかも夏前にオープンした店ゆえに制服はペラペラのブラウス1枚だから、下にババシャツなど着込み、上から薄手のカーディガンを羽織っていたが、それでも手先が冷たくなるほど寒かった。店長はパンを焼く窯の前にいるから寒さに気づかないようで、わざと大きな声でこだわりの強いバイトちゃんや大学生バイトちゃんらと「寒いよね?」と言い合っていたのだが、相変わらず店長はそういうことには知らん顔だった。ちなみにこの窯、前に店に暗い顔でやって来た「パン屋つぶしちゃった」青年が「1千万もするよ」と言っていたが、何かの際にパン屋窯サイトにつながり、店のと同じ窯が載っていて200万円だった。な〜んだ、200万円じゃん!と思ったが、それでも200万もするのかぁとも思った。
 

 

そんなわけで黙々と働いていると、店長は「この調子なら、バイト、続けられるんではない?」と言ってきた。言ってきたが、私はまだ決めかねていた。というのも、相変わらず店長の、こだわりの強い女性への対応が酷かったこと。彼女はもはや店先にはほとんど出ず、厨房で様々な作業をやらされていた。それもいい。彼女は店頭に立つと慌ててしまい、丁寧な接客が難しいから。でも、代わりにかなり力を使う大きなボールいっぱいに硬いバターを入れて捏ねる作業やら、面倒な買い物やら、色々なことをしていた。パン屋を支える大切な労働力になっていたはずだ。なのに店長は相変わらず彼女とは必要最低限しか話をせず、冷たい空気を丸出しにする。そのことをちゃんと言うべきだったんだけど、本人もいる前で、なかなか言いづらい。「はぁ、どうしましょうか」などと適当に返事をしてしまうと、店長はムッとした顔をした。

そして2月8日、東京に今年最初の大雪が降った次の日。雪で道路が寸断されていることを見越し、自転車で15分ぐらいの道のりを1時間前に家を出た。私の家は過疎地みたいな場所にあるので、雪は山のように道路に積もっていて、坂道をすべり落ちるようにしてバス停になんとかやっと行き、遠回りするバスに乗って店に行った。行ったが、バスは遅れに遅れ、途中で店長に「すみません、遅れます」と電話を入れ、15分遅れで店に着いた。店まで1時間以上もかかった。行くだけでたいへんで、着いた途端に「はぁ、やっと着いた!」と喜びの声を上げてしまったが、店長は大いにこれが気に食わなかったらしい。遅刻しやがって! こんな雪の日はもうちょっと早く家を出て来い、それが店を支える、働くってことだろう、そんな風に思ったらしい。私はこんな大雪の中、がんばって店までわざわざバスに乗って行った!と思っていたが(ちなみに交通費は支給されない)、イライラと怒りを爆発させた店長は一切口をきかなくなってしまった。ありゃ、この人、なんなんだろう? 大雪の中、必死にやって来た店員に感謝の念など、これっぽっちもない。さらに翌日の定休日、前日に雪のために閉店していた代わりに店を開けるから出て欲しいと言われていたのも「来なくていい」という。私が風邪を引いて、咳をしていたのも気に食わないみたいで、「咳して来られたら困るから」という。

こうなると、もう、とにかくイヤイヤイヤのダダっ子みたいなもんだ。こういう時には構わないのがいいや、と決めて、とにかくやることだけやろうと、また黙々と働いて、時間が来て、そのまま帰った。「お先に失礼します」といっても、返事はなかった。私のことはシカトするがお店に来るお客さんには笑顔を見せる店長だった。

そして翌週。どうやらまた大雪になるらしい、というニュースが入って来た。大雪予定の日は朝からバイトの予定だった。前の週、大雪当日はお店を休みにしていたので、もしかしたらまた休みにするのかもしれない?と思って、念のために「明日の予定はどうでしょうか?大雪という予報ですが、お休みですか?」とメールを入れた。こういう連絡はメールでやりとりするのが基本の店だ。すると少しして「通常通りです」とだけ返事が着たので、夜も早く寝ることにし、今度は遅刻して文句言われないようにと、翌朝はいつもより1時間以上早く家を出るよう目覚ましをセットした。大好きなフィギュアスケートの夜中の中継も見るのをガマンした。

朝起きて、寒い中、ガタガタ支度をしていると、携帯がピカピカしているのに気づいた。あれ? メールが着てる。見ると店長からだった。開けると店員への一斉メールで「今日はお休みすることにしました。いきなりでびっくりしたでしょう?(笑)代わりにまた明後日開けるので、出れる人、メールちょうだい〜〜」というふざけた文面だった。何これ?カチンときた。前の晩は休むことなど微塵も見せず、「(笑)」はないだろう。こっちだって色々予定はあるし、第一、オリンピック見なかったんだからね!と怒り爆発。オリンピック関係ない? いやいや、あるの、あるの。私にとっては4年間楽しみにしてたオリンピック!前の週のこともあって、カチンときたまま、「できたらもう少し早めにお知らせいただけたらよかったです」とメールを打った。慇懃無礼なほど丁寧に。すると、ソッコーで返事が着た。

そこには、「経営者としてギリギリまで考えるのは当たり前です。あなた達と違い人生がかかっているのですから風邪をひいたら休みます、出勤がちょっと遅れますなど軽くいきません。こんな天気でもパンを待ってくれている人がいたらどうしよう、とか従業員が出勤途中で事故にあったらどうしようとか考えたらいけませんか。それとメールの最後の絵文字は不愉快ですので外してください」とあった。なんたるメール! これぞ逆切れ? あああ、終わった〜〜〜と思った。これで、ぜんぶ終わった、と思った。私のメアドに不随して自動で添付される顔文字まで気に入らないって、もう、私のすべてが気に入らないってことじゃん。さようなら、店長。さようなら、パン屋さん。

しかし、このまま終わるのもシャクだから、「あなたは経営者としての自分をあれこれ言いますが、経営者として何か言うのなら、まずは自分の行動を見直してください。ずっと言おうと思ってきてなかなか言い出せなかったのですが、○○さんへの態度、あれは何ですか? 自分の気に入らない従業員はシカト、しかし働かせるだけ働かせ、どれだけ○○さんが辛い思いをしてるか考えたことがありますか? 同時に私や周囲の人もみんなイヤな気持ちになっています。これは私だけの意見ではなく、みなが言ってることだということを重々理解し、いい店を作れるよう努力してください。念のためにききますが、私はクビですか?」と返信した。一切返事はなかった。そしてしばらくして私が店に置いていたカーディガンなどが送られてきて「制服のズボンを今月中に返してください」とだけ書いた紙切れが入っていた。

終わった。ふ〜〜〜。何だったんだろ? 辞めるといい。でもとりあえずすぐには辞めないで言われて行って。逆切れされてクビって? 一体何が何だか私もよく分からない。ただ、今、思うのは、店長は疲れすぎているということ。最初の頃は嬉しそうに店を掃除し、売れなくてもパンを作り続け、メタルを流して嬉々としていた。アイポッドに入れてるBGMリストも、「新しいCD買ってきた!」などと喜んで次々増やしていた。「昨日、これ買ってきたから入れた」とか聞いてもないことを話して、大きな音で流していたこともあった。店を作った喜びに溢れていた。でも、だんだん店が忙しくなってくるにつれ、メタル・リストもお決まりになって、いっつも同じBGMがリフレインされていた。ひたすら流れる同じ高音ボーカル。うねるギター。にぎやかしい音は逆に、日に日に疲れ、暗く暗く沈んで行った。

思い返せば、最初から間違っていたんだ。店は売り子さんばかり6人も雇い、手があまって、最初の約束とは違う労働タイムが定着した。どうやら大学生ちゃんたちは、ここだけじゃバイト代が足りず、他のバイトもしていたようだった。店長はこだわりのバイトちゃんを厨房で使ってなんとか補助役にはしていたけど、彼女には肝心のパンの知識はない。そうなると、店はぜんぶ自分にかかってる。休めない。休まない。せっかく売れてきた。このチャンスは逃したくない……焦って焦って、店長、イライラが爆発していたんだろうなぁと思う。個人経営って、たいへんだ。バイトを始めるとき「開店したての店ってたいへんだから止めたがいいよ」と言ってくれた人のことばを思い出した。そのとおりになった。店長もあと3年ぐらいしたら、もう少し色んなことがこなれるのかもしれない。

しかし今、心配なのは、こだわりの強いバイトちゃんだ。彼女はどうやらこれまでも色々な仕事をそのこだわりゆえに転々としてきたらしい。だから今は頑張って頑張って働いている。ここで辞めたら次はない、と思ってるかもしれない。店長は彼女への態度を少しは改めてくれただろうか?そのうち遠くから覗きこんでこよっと。

さようなら、鋼鉄のパン屋さん。メタルはもっと明るく響かせましょう。そういえば、店でコレ、かかってなかったよなぁ。嫌いなのかな? なんでだろ?

店長にこれを捧げよう! Keep Rcokin’ ! (笑)←イヤミのマーク。
 
 
 
 

-ヒビレポ 2014年3月8日号-

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