旧宅探訪  第10回

なぜか茅ヶ崎♪ 十間坂コーポ

 
下関マグロ(第14号で「僕の八〇年代エロ本仕事」を執筆)
 
 
 
 
 
1990年のゴールデンウィーク、秋川渓谷でバーベキューをやろうと言い出したのは北尾トロだ。僕はせっかくだから自転車で行ってみようと思った。早起きして自転車で出かけたのだが、井の頭通りが終わるあたりで、北尾トロが運転する緑色のホンダのシビックに遭遇した。思いっきり手をふったが、シビックは通り過ぎていった。バーベキューはとにかく楽しかった。初夏の暖かい日で、ズボンのすそをたくしあげて、川につかったりした。北尾トロはもちろん、岡本くんやその他知り合いの人がたくさんきていた。

行きはたいして疲れなかったが、帰りが大変だった。自転車をこぎ始めると、あっという間に日が暮れ、道もよくわからない。だんだん寒くなってきて、どこか銭湯でもつかろうと思うのだけれど、そんなものはまったくない。今ならスマホで探せばすぐわかるのだろうけれど、とにかく迷いながら、深夜にやっとのことで、帰宅した。もうしばらく自転車に乗りたくないなと思いながら、自転車置き場に置いたのだが、鍵をかけていなかった。ゴールデンウィーク明け、事務所に行こうと、自転車置き場に行くと、自転車はなかった。

なくなったのは10万円ほどするマウンテンバイクで、新しいものを買おうと思ったが、まったく預金がないことに気がついた。あれ、俺って、このまま行くと家賃が払えなくなるんじゃないかと思うと、一刻も早く、引っ越そうと思った。
 

 

当時の僕は頭がおかしくなっていたのではないかと思うほど、引越しに関しては本当に迷走していた。

とにかく毎月13万円の家賃を支払うのは無理だということがわかった。最初からわかれってっことだけど、それがわからない。しかし、とにかく荷物が増えたので、2DKのスペースはほしい。でも、家賃は半分の6万5千円ぐらいしか支払えない。賃貸住宅情報誌を見ながら、物件を探したが、条件に合うのは西東京市にあった。最寄り駅は西武新宿線の東伏見駅。物件を見に行ったけれど、なにか気に入らなかった。で、今度は神奈川県で探した。で、見つかったのが茅ヶ崎にある物件。で、物件を見に行ったら、たぶん気に入ったのだろう、そこへ引っ越すことにした。

それにしてもなぜ茅ヶ崎だったのか。思い出そうとしても、思い出せない。たぶん、当時の僕もわかっていなかったかも。知り合いから「なぜ茅ヶ崎?」と聞かれると「海が見たいから」と答えていた。ちなみに、茅ヶ崎には2年住んで、海に行ったのは5回くらいだった。サーフィンをやるとか、そういう趣味があるわけでもないのに、なんで茅ヶ崎なんかに住んだんだろう。

茅ヶ崎駅から歩いて10分。細い道を西に歩く。この道が好きだったのかなぁ。でも、電車は大変だった。東海道線に乗って、品川駅。そこから山手線に乗り換えて原宿駅。朝はラッシュに巻き込まれることはなかったけれど、夜はだいたいいつも混んだ。
 

 


 
上の画像が十間坂コーポ。1階の真ん中の部屋に住んでいた。家賃は65000円。今回、動画を撮影するために北尾トロと茅ヶ崎へ向かった。「俺は行ったことなかったよね」と言っていた北尾トロだが、茅ヶ崎駅につき、十間坂コーポへ歩き始めると「行ったことあったよ、車で」に変わった。そして「おかもっちゃんといっしょに来たよ」とトロ。そうだ、僕も思い出した。高円寺に引っ越したときも、すぐに2人で部屋を見に来た。茅ヶ崎もたしかそうだった。まだ片付いていない部屋に2人がきたのだ。部屋は2DK。荷物の多くはいまから思えば、ほとんどが雑誌と本だった。引越しのたびにそれは減り、今ではまったく残っていない。雑誌と本の多さは僕に限らず、当時の人は所蔵に相当苦労したと思う。僕も東中野の3畳に住んでいるとき、すでにうず高く雑誌や本を積んでいて、その重さで床が抜けたらどうしようと思っていたほどだ。

さらに北尾トロが思い出した。「まっさん、帰りは車に乗ってたかも」。あー、そうかもしれない。やってきたのは、昼間だったかな。だから、そのまま事務所に行ったのかも。

岡本くんも車できたという記憶があるなぁ。いずれにせよ、ここ茅ヶ崎での記憶は、とにかく電車で事務所に通うのが大変だったということぐらいだ。
 
 

北尾トロの撮影した動画はこちら→

 
 
 
 
動画撮影/北尾トロ  似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2014年3月9日号-

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