イメージの詩 第42回

意気揚々プラン

 
 
えのきどいちろう
(第12号で「山田うどんの青春性、そして僕の非・青春性」を執筆)
 
 
 
 文化放送の朝ワイド『えのきどいちろう意気揚々』の準備段階で考えていたのは、「番組が終わった後も番組が続いてるといいなぁ」ということだった。いや、だから朝ワイド自体は8時半〜11時なのだ。2時間半やったら終わる。僕がイメージしたのは11時以降のことなのだ。11時から翌朝、番組が始まるまでの時間。

 番組が終わった後もリスナーの意識が連続していて、何かを見て「あ、これ、えのきどだったらどう言うかな」と思ってもらえたら最高じゃないか。あるいは「明日、えのきどは何てコメントするかな」とか。

 リスナーというのは「ラジオを聴いてる人」のことだ。つまり、一般的な理解ではラジオを聴いてる間だけリスナーであって、ラジオのスイッチをオフにした瞬間、もうリスナーとは言えない。が、そんなことはないんじゃないかと思った。
 

 

 だいぶ後になってそういうことを「属性」とか「クラスタ」と呼ぶようになる。普段は会社員であったり、主婦であったりする人が例えば「お笑いクラスタ」とか「メタルクラスタ」の住人であったりする感じだ。もう世の中、職業欄に記入する事項より、属性のほうが主になってる人のほうが多い気がする。

 だから、僕が思い描いたのは「番組が終わった後の時間を、番組リスナーとして生きる」人がいるといいなぁということだった。で、ちょうどいいなと思ったのは、番組冒頭に日本ハム提供の「ファイターズ・エキサイティングネットワーク」って野球コーナーがあったんだね。このおかげで僕は「ライオンズナイターの文化放送」で天下晴れて毎朝、ファイターズの話をすることができた。当然、元々のファイターズファンは大喜びだよね。だけど、元々のファイターズファンって少数派でしょ。ほとんどのリスナーは「毎朝、えのきどがしゃべってるのを聴いて、何となくファイターズが気になってきた人」だ。その人たちのことをイメージしてみよう。

 番組が終わってお昼になって、午後の仕事をして、夕方からナイターが始まる。野球に関心があってもなくてもいい。すごく関心があるなら田中幸雄のホームランが出たとき、「あ、これ、えのきどさん見てるかな、もうウヒャウヒャじゃないかな、明日、どうコメントするかな」。あんまり関心がない人もファイターズの勝敗を何かで知って、「あ、負けちゃってえのきどさん凹んでるかな」。リアルのプロ野球が番組を延長してくれるんだね。番組が終わった後も番組が続いている。

 これは中学時代、ラジカセを手に入れて体感した世界だ。自分がリスナーとして取り込まれた「共犯関係的な世界」(僕の中学時代は吉田拓郎が提示したフォークロックの世界)が、現実(その対比でいうと当時の歌謡界、あるいはテレビの世界)を侵犯していく。侵犯がおだやかじゃなければ「茶々を入れに行く」みたいなんでもいい。

 これは『進む電波少年!』とかでテレビが採用した手法でもある。まず身内を設定する。身内のサイズから現実のサイズへ「領海侵犯」をして、その様子を面白がる。わかんないけど「番組内のマイナーな人気者が紅白のダンサーのひとりとしてまんまとNHKの絵に映り込む」みたいなやつだね。あるいは「オリコンチャート何位以内じゃないと解散」とか。何位以内かどうかなんて身内的なまなざしを注ぐ人以外には何の意味もないでしょ。オリコンチャートという現実が、身内的な意識を持った人の遊び場に変わるんだね。これはサブカルチャー側から見た世界観ですよ。

 で、まぁ、実際問題そこまで詰めて考えたわけでもないんだけど、何となく勘で、そういう「番組終わっても番組が続く」、つまり身内意識持ってもらえる番組が理想だと思ったんだ。
 
 
 
似顔イラスト/日高トモキチ
 
 
 
-ヒビレポ 2014年3月10日号-

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