ちょっとプアンなタイ散歩 〜新婚旅行編〜 第11回


ふたりの背中(4)

吉野 歩
(第13号で「選挙事務所に混じる」執筆)
 
 
 

<前回までのあらすじ>
 夫となった“相方”と旧友ヌイに、どうしても仲良くなってほしかった私。価値観の違う二人に最初は暗雲が立ち込めるも、時間や食事を共にすることで、互いにどうやら親しみの情が生まれたらしい。一大ミッション、完了。さて次は何をしよう?

 

■ ウェイ ウェイ ウェイ

 任務終了〜。競走馬の種付けを終えた厩務員の如き解放感である。まぁやることやったし、あとはなるようになるでしょ。そんな気分に浸っていたら、無性に一人になりたくなった。
 誰かと共にする旅も楽しいけど、脳みその半分は「相手の存在」で埋まってしまう。本当に勝手な言い分だと思うけど、それでは不完全燃焼なのだ。カラカラに乾いた高野豆腐がだし汁を一心に吸うように、細胞の隅々までを“タイ”で満たしたい。
 相方にお暇を申し出たところ「新婚旅行に来てまで、なぜ?!」と憤慨され、危うく若いタイ男でも買いに行くのかという疑いまで掛けられたが、なんとか「ビビリ屋の私がいないうちに、ガンシューティングでもなさったらどうですか?」と不在の間のイベントを提案。晴れて、夕方までの時間、擬似一人旅の権利を手に入れたのであった。

 それで何をするかって? Yes、電車デビューです。付け加えるなら「普通の」電車ね。もういい加減、経験しておかないとマズイと思ってた。BTSやMRTなどの都市最新鋭の車体もいいけれど、ずっと前から「庶民派の私鉄、それもポンコツであれば尚可」みたいなやつに乗ってみたかったのだ。
 どのぐらいの庶民度を求めていたかというと、私の育った地元に通っていた「埼玉新都市交通伊奈線(通称ニューシャトル)」という、ゆりかもめの田舎版みたいなやつがハイパー土着な感じたったので、これが基準である。
 改札が機械化していなかったころは、駅員も不在。切符のチェックは売店のおばちゃんが兼務していて、おばちゃん不在の昼食時間や夜間は無料フリーパス状態だった。ワンマン運転で、スイッチバック式の車両みたいに前と後ろが運転席だったから、バイト帰りにはチューハイとジャパン亭のチキン南蛮弁当を持ち込んで、そこでこっそり食べたりした。台の上にどっかり足なんか乗っけちゃって、小田急ロマンスカーの展望席みたいだったなぁ。
 それはまぁ昔の話だけど、今でもここの運転手さんたちは「超」が付くほど優しくて、発車時刻を過ぎても乗り遅れそうな人を待っていてあげたり、間違って降りてしまった人のために再度ドアを開けて迎え入れるなど、アットホーム伝説には事欠かない。

 タイにこそありそうだ、そんな電車。10年前に刷られた『地球の歩き方』を適当にめくり、最初に目に留まった写真の場所に即決した。それはバンコク中心街から少し離れたところにある「ウォンウィエン・ヤイ駅」といって、「マハーチャイ線」と呼ばれる鉄道の始発駅だ。
 さすがに多少は近代化されているかと思いきや————、
 

 
 

 
線路は、まるで歩行者天国。日傘さして散歩だってしちゃうのだ
 
 実際に訪れてみると、昔の写真のままだ。生活感120%。駅の入口も古びた長屋のような風貌で、それとは気付かないほどだ。事実、道を尋ねて答えられなかったタイ人警備員も存在した。「ウォンウィエン・ヤイ」は何度聞いても上手く発音できないのだが、音の高低をつけてウェイウェイと2、3回繰り返していれば何とか分かってもらえる。きゃりーぱみゅぱみゅの歌を口ずさむ感覚で大丈夫だ。

待っている間に、ホームにひしめく屋台でお腹を満たしておくのが地元流
 
 さぁ私も乗ろう。適当なところまで行って、飽きたらUターンして戻ってこよう。切符は窓口で買うようなのだが、そもそも適当な駅ってどこ? 案内板を見てもオールタイ語でほとんど分からん。もたもたしていると駅員さんに「とりあえず次の駅まで買え。10バーツだ」と笑われ、勝手に行き先を決められる。

レシートと併せて3枚つづりのこれが切符
 
 次の駅まで何分かかるか、タイ語を交えて必死に尋ねると「1時間」。
 ひぇぇぇ〜。ワタシ ドコニ ハコバレチャウノ? 不安でいっぱいになりながら、車両に乗り込む。

中は意外と普通
 
 話はそれるけど、窓口に「1.30」と書かれた札があったので、私、毎時1分と30分の2本しかないのかと勘違いして、そりゃすぐ乗らねばと焦っちゃったんですね。しかし正解は、「次の発車は1時半です」というだけで、本数は結構あった。だって、日本なら「1:30」じゃないですか。記号の点一つ欠けただけで、こんなに戸惑うんだから滑稽だ。
 戸惑うという体験は、あからさまな危険がない限り、それが解消されたときに一気に快感に昇華する。孤独に追い詰められれば追い詰められるほど、記憶に鮮明に焼き付けられる。そんなことの積み重ねが脳みそをシェイクし、旅を面白くしているんじゃないかといつも思う。
 

■カンパネルラ

 それにしても、電車がノロい! 「次の駅まで1時間」は私の聞き違いで、電車は5分おきぐらいによく停車した。(私が買わされたのは、終点までの切符だったのだ)。ノロいくせに、騒音だけは一丁前。外から吹き込んでくる風で、前髪がごわごわだ。

だって、ドアもないし
 
 線路は単線。下町の隙間をゴトゴトとくぐるようにして進む。やがて草むらや畑が途切れ途切れに現れ、工場らしき大きな白い建物の裏に広がった湿地帯にさしかかる。空気がじっとりと重く変わってきた。
 やたらと水溜りの多い土に、木造の家————というより小屋と呼びたくなる民家が、何軒も続く。まるで泥の表面に乗っかっているようだ。数年前の水害で大きな被害を被ったであろうことは、容易に想像がつく。だけど何も変わらない。変えるつもりもないんだろう。これからもずっと。
 駅舎もろくにないような閑散とした駅に1人降り、2人降り、車両から言葉が消えていく。心地がいい半面、「黙って乗っていたら、どこか取り返しのつかない場所まで運ばれてしまうのではないか」という妙な不安が入り混じる。なのに、「せっかくの一人時間」という貧乏根性から降りられず、電車はさらに進んでいく。
 今通過しているのがバンコクのどの辺りかも、まるで見当がつかなくなった。
 
 ガタゴト ゴトゴト。
 
 「おーい、ジョバンニ」。風に混じって、カンパネルラの声が聞こえた気がした。私は雁のお菓子の代わりに、屋台で作ってもらったベーコンピザを頬張る。まだ生温かい。私のカンパネルラは今ごろガンシューティングを終え、パッポンの風俗通りでも冷やかしているのかもしれない。もしくはどこぞのバーで、通行人観賞でもしているだろうか。今日こんなことを見て、あんなことがあって……、無意識に頭の中で彼に話しかけている。
 だんだんこの先の駅に興味が薄れてきた。サウザンクロスには、カンパネルラと降り立ちたい。

 次の駅で降りて、タクシー捕まえて帰った。まだ辺りは明るかった。

(続く)

 
 
 
-ヒビレポ 2014年3月13日号-

Share on Facebook

タグ: Written by