いきもの事件史 第2回

汽車をとめるヤスデ

日高トモキチ(生きものなんとか紀行連載中)

最初にお断りしておきます。食事中の方はどうか済ませてから。もしくは食前に読んでダイエットのおともにするか。

「ヤスデ異常発生、つぶされた脂で列車の車輪空転

21日午前6時50分頃、鹿児島県南九州市頴娃(えい)町のJR指宿枕崎線の御領―石垣間で、指宿発枕崎行き普通列車(1両、乗員乗客10人)の車輪が空転するトラブルがあった。
JR九州の発表によると、現場付近でムカデに似た節足動物のヤスデが異常発生。車輪につぶされたヤスデの脂が線路につき、滑ったことが原因という」(2010年11月21日 読売新聞)

「ムカデに似た節足動物のヤスデ」とはざっくりした説明だが、一番てっとりばやくもある。
節と足がたくさんある生物で、各体節ごとに1対の足があるのがムカデ、ほとんどの体節に2対づつ足があるのがヤスデだ。単純に計算してムカデの倍、足があることになる。このため分類上のヤスデ綱は倍脚綱と呼ばれることもある。ついでに言えばムカデの英名はセンチピード(Centipede)で、ヤスデはミリピード(Millipede)だ。
その牙に強い毒を持ち、私の父がうっかり咬まれて寝込んだりするムカデとは違い、ヤスデによる直接の人的被害はない。ゲジゲジやらカマドウマのたぐいといっしょで、うすきみわるいだけである。攻撃性もなく、おどかすと丸くなってしまう。
そんなおとなしいヤスデさんの起こす唯一最大のアクシデントが上記のケース。すなわち線路上に大発生し、その脂で汽車を止めてしまうのである。

そう、ヤスデの列車妨害はこれが初めてではない。
最初の記録は1920年。中央本線贄川―奈良井間と北陸本線刀根―疋田間で大量発生したヤスデによって汽車がスリップ、立ち往生となった。
中央本線が長野まで伸びたのが1904年であるから、かなりの草創期からヤスデさんたちと付き合っていることになる。

ことに被害が多かったのは日本一標高が高いJRの駅である野辺山を擁する高原列車の小海線。勾配もあるため車輪が空転すると本当にお手上げになってしまう。
1976年秋に甲斐小泉―野辺山間で起きたヤスデ害では、立ち往生した列車が6本、運休した列車が12本。ヤスデがいなくなる10月末までの約2ヶ月間、駆除のためにのべ331人が動員され、人件費や殺虫剤、代替バスなどでかかった費用が430万円にのぼったという(農林水産省林野庁森林総合研究所発行「研究の”森”から」 No.52より)。
ちなみにこのヤスデさん、汽車を止めるという一連の功績(前科)により「キシャヤスデ」の和名を頂戴しています。ヒネリなし。

むかしの図鑑にはこの「汽車をとめるヤスデ」の画が石原豪人系のけっこうリアルなタッチで載ってました。このため当該箇所はそこはかとなく少年マガジンの特集ページ風味になり、法外なぶきみさを盛り上げてたもんです。
当時は今みたいに豊富な生態写真も製版技術もありませんでね。ここぞというビジュアルはだいたいイラストですよ。ここぞというページだったのかねヤスデ大発生。ただ、これは写真載せちゃうと本気でグロいので、絵で良かったと思います。その分、余計な想像力も掻き立てられたけど。

しかしかくも大規模な被害を及ぼすようでは国鉄(当時)総裁も毎年頭が痛かろう…かと思うと、実はそうでもなくて。
調査によればキシャヤスデの大発生はほぼ8年ごと。セミなんかと同じで卵からおとなになるまでに8年かかるため、その周期で大発生がまわってくるらしい。時にはズレることもあるが、そうそう毎年お祭りをやる根性はないものとみえる。
そしてかれらの集団行動の正体は、繁殖のための相手探し、いわばお見合いパーティー。なにも好きこのんで線路上を選んで開催しているわけではなく、どちらかといえばお見合い会場にたまたま線路が敷設されているという状況のようだ。

時は流れて、このはた迷惑なヤスデ集団見合いの報告も途絶えがちになりつつある。
冒頭に挙げた2年前の指宿枕崎線のケースがおそらく直近だろうが、一般紙ではヤスデの種類までは伝えていないためキシャヤスデなのかどうかはわからない。
先に引用した林野庁の報告書にいう。
「キシャヤスデの生活の大部分は森の土の中です。ここで、キシャヤスデは体重の何十倍もの落葉を食べ、土に変えます。ヤスデの糞は栄養分に富み、樹の成長に役立ちます。また、土の中を動き回ることによって、土の中の空気や水の通りをよくしています。山梨県の落葉広葉樹林で調査したところ、キシャヤスデが大発生した1980年8月から翌年8月までの1年間に、約3kg/m2もの落葉を食べ尽くしました。これはこの地域で1年間に落ちる葉の10倍に当たります。
キシャヤスデがあちこち這いまわるのは困りものですが、大発生するのは8年に1度、しかもたった2か月足らずです。この時期を除けば、森の役に立つ大切な虫です。ヤスデの集団見合いの期間だけ少しがまんして、目の敵のように殺したりしないで、暖かく見守ってやって下さい。」

ほんとうは「役に立つ大切な虫だから」じゃなくて「これもひとつの生命だから」暖かい目で見守ることができればいいのにな、と思いますけどね。菩薩ならぬ身には難しいですかね。
–ヒビレポ 2012年10月13日号–

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