ちょっとプアンなタイ散歩 〜新婚旅行編〜 第12回


ふたりの背中(5)

吉野 歩
(第13号で「選挙事務所に混じる」執筆)
 
 
 

<前回までのあらすじ>
 夫となった“相方”と旧友ヌイにも親愛の情がうまれ、念願の一人旅も満喫できた私。あとは、かねてから訪れたかった「ある場所」を残すのみだ。

 

 春色のなごやかな季節、皆様におかれましては益々御健勝のこととお喜び申し上げ————た矢先に大変恐縮だが、本日はバンコク「死体博物館」に行ってきた話である。
 新婚旅行も残りわずかというときに、私にはどうしても見ておきたい場所があった。「シリラート医学博物館」。普段はシリやシーウィーなど呼ばれているようだ。なんでも私立病院の中にあって、犯罪者の死体や、両手で抱え切れないほど巨大に成長した睾丸や、その他仰天のホルマリン漬けなどが、所狭しと陳列されてるらしい。アンビリーバボー、なんて刺激的! 大昔、ガイドブックで一目見たときに心を奪われたのだが、なかなかタイミングを見つけられずに何年も経ってしまった。しかし今回は相方もついて来ると言うし、「赤信号、みんなで渡ればコワくない」の心強さもある。

 でもね、いつでもいいってわけじゃなかったんです。実は結婚式の直前、私の家族に決して小さいとはいえない病気が見つかった。その人は長崎の結婚式に出た後、とんぼ返りで即入院、我々がハネムーンしている間の手術だった。まるで、生命保険が主催するエッセイ大賞みたいですな。
 その人は私が旅行を楽しむのを心から望んでいたのだが、やっぱり気になって仕方ない。手術が無事終わるまではさすがに行けないでしょ。死体博物館。

 というわけで、最後の最後にとっておいたイベントなのです。
 

 
 
 
■肉のデパート
 
 それは、町中で普通に稼動する総合病院の一角に、普通にあった。いいのか。自動ドアの入口では、点滴転がしたおっちゃんやら妊婦やら、マスク姿の子どもが盛んに出入りしている。規模としては大きめ。
 

 
 上の写真が、展示のスタート地点。ここからオリエンテーリングのように部屋を移動して、何百もの死体を見て歩くのだ。

 いやー、びっくりした。白い部屋には、プラモ屋もびっくり大量のガラスケース。中に見えるのは、すべてホンモノの内臓だ。電話ボックスのような透明な箱には、猟奇連続殺人犯の死体が飾ってある。約50年前に幼児を5人ほど誘拐して、「健康にいいから」とむしゃむしゃ食べてたらしい。見せしめか。あとは不思議な形の心臓から、腕の神経から、白人黒人黄色人種、老若男女、なんでもあり。
 そんな肉のデパートをウインドーショッピングのように楽しむ医学生、バックパッカー、診察帰りと思しき母子。みんな楽しそうだねぇ。で、相方を振り返ると————、とんでもない。こっちは顔面蒼白だ。「こんなの悪趣味だ! 気分が悪くなる!!」 彼は吐き捨ててどこかへ消えた。開始5分もしないうちに、相方、脱落。
 けっ、だらしねぇなぁ。男の子はこーいうの、弱いですよね。女子は毎月自分の流血見てますからね、強いですよ。
 
 
■TSUNAMI
 
 奥に進む。目に入ったのは、壁面を大きく陣取った「TSUNAMI」の文字。一瞬ギクッとしたが、こちらは2004年に起きたスマトラ島沖地震のことであった。そうか、そっちも大変だったよね。何事も自分や自国のことに当てはめてしまうクセを恥じながら、さらに歩いていくと、当時のプーケット島海岸を再現したセットが見えた。係員も客も不在の閑散としたスペース。
 ここだけ照明が強い。白い砂浜。津波に魂を持っていかれた遺体が、砂浜に流木のように並べられていた。グリーンの手術着にマスク、手袋、ビニル帽をかぶった蝋人形の医者たちが、同じく蝋の遺体を点検している。ふやけてブクブクに膨張したドス黒い体や変形した顔は、どれも同じで、巨漢の男たちのように見えた。
 「これが土左衛門ねぇ」
 さすが蝋人形だけに実感がわかない。コワいもの見たさで手が届くところまで近づくと、土左衛門のひとつはピンクの紐のようなものを胸元に引っ掛けていた。ビキニだった。お、女————?! もちろん生前の顔は知らないけど、「変わり果てる」ということの振り幅に、言葉を失った。胃と内臓がせりあがってきて、その場にしゃがみこむ。脳みそが痺れてしばらく立てなかった。
 
 
■オモチャにK.O.
 
 まだ負ける訳にはいかない。立て、立つんだ。ジョー。気持ちを奮い立たせて、いざ次の部屋へ。

 ギシッ、ミシッ。古びた校舎を思わせる木製の階段を上がると、かび臭い理科室のような場所に出る。今度はもう少し一般的な部屋で、「普通の人」の「普通の肉体」が並んでいた。
 ふぁぁぁ〜、刺激に慣れすぎてだんだん飽きてくる。こっちのノーマル系を先に回ればよかったと何気なく脇を見やれば、赤ちゃんの全身ホルマリン漬け。まだ産まれて数カ月だろう。ガラスケースの上には、あめ玉やミニカー、人形。訪れた人たちが供えていったのだろう。
 当たり前のことに気付く。そうだ、この子たちは標本である前に、誰かの家族だったのだ。お母さんはどんな思いで、我が子の亡き骸を他人に晒す道を選んだのだろう。この子が成長していれば、どんな顔して笑ってたのだろう。
 死の分母が増えただけで悼む心が麻痺してしまうなんて、我ながら恐ろしいことだ。あくびなんかして、ごめんなさい、ごめんなさい。

 実はロイクラトンの日、私に手描きの皿を贈ってくれたオイ(http://www.repo-zine.com/archives/5005 参照)が血液の病気で死んでいたことを知らされた。ヌイのお母さんも寝たきり。私の家族だってシリアスな状況だった。
 赤ちゃんのお供え物がトリガーとなって、考えたくないことばかりが浮かんでくる。本当に腹が立つんだけど、悲しみの入口はいつも「想像すること」だ。神様はなんでこんな能力を私たちに与えたのだろう。ドSか? いらんがなこんなの。つらいだけじゃん。
 
 リングサイドから白いタオルが投げ込まれたころ、脱落していたはずの相方がこっそり現れた。入口のベンチで頭を抱えていた白人の兄ちゃんを見つけて、「オレと同じだ」と喜んでいる。自分がへタレでないことが証明できたと思っているのだろう。おいおい、なんか気が抜けるなぁ。
 「今日は肉喰えねぇよ」。相方が茶化して、あぁこの人はワザと明るくしてくれてるんじゃないかと思った。
 
 

(続く)

 
 
 
-ヒビレポ 2014年3月20日号-

Share on Facebook

タグ: Written by