夕陽に赤い町中華 第1回


北尾トロ(編集長)

 
 
 
 
 

 このコラムでは町中華について考えていきたいのである。
 町中華というネーミングは定着したものではなく、ぼくが以前から使っている、そこらへんにある大衆的な中華食堂のことだ。だいたいは単に中華屋と呼ばれ、中には本格店と区別するため大衆中華と言う人もいるようだ。

 この、どこにでもある、ありふれた飲食店の代表格・町中華が、いまピンチだ。
 減っているのである。ぼくらの胃袋を手頃な価格で満たしてくれる町中華が、ジリジリとその勢力を弱めているのだ。データは一切知らないが、町中華を意識して歩いていればわかる。

 人は風景の中で見たいものしか見ない。雑貨屋が好きな人はその動向を熟知しているが、興味がなければ店が消えようと新規店がオープンしようと気がつかない。ぼくは『EX MAX』という月刊誌でこうした店を訪ね歩く連載(さすらいの町中華)をやっていて、ビンビンに敏感だ。
 

 

 町中華の佇まいとしては(訪ねたとき休みだったが)ときわ荘の近くにあり、小池さんのラーメンの原型になったとも言われる、東長崎の「松葉」を典型としてあげておこう。
 

 
 店が流行ってこぎれいな外観になってる東中野の「大盛軒」も味がある。
 

  
 で、町中華を軸にして歩いていると、いろんなことが見えてくる。それを当コラムでは報告していきたいが、早くも紙幅が尽きた……、そんなことwebであるわけないだろ。いま、脂っこい町中華メニューをカラダが受け付けないほどに体調不良なのである。ということで次回からスタートします。腹ペコで待て!
 
 
 
 
 

-ヒビレポ 2014年4月6日号-

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