ぜんざのはなし The final 第1回


 
島田十万
(第14号で「カジノディーラー『K』の日常」を執筆)
 
 
 
 
 いよいよ暖かくなってきました。
 それでもちょっと油断していると、花見が終わって梅雨になり、酷暑、台風、木枯らしなど吹いてまた寒い寒い冬がやってくるわけです。時の過ぎるのは本当に早いものですね。
 この冬は40年ぶりとか50年ぶりとかいう大雪で、滑るわ、転ぶわでそれはそれは難儀しました。
 キツイ、慣れない雪かきをしながらボクは、
前回のヒビレポで連載していた「ぜんざのはなし」に登場してくれた立川笑二さんを思いだし可笑しくなりました。
 およそ1年前、彼は高円寺の風呂はもちろん、暖房もない木造のアパートの一室に住んで凍えていました。
 すぐに引っ越したので問題ないのですが、あそこでこの大雪だったらと思うと、名人になる夢もついえて、前座のまま悲惨な最期を迎えていたかも知れないのです!
(未読の方は前回の「ぜんざのはなし」を是非ご一読ください)

 さて、今回の「ぜんざのはなしThe final」は、まだそんな歴史的な寒波がくるとも思わず、のんきに過ごしていた昨年10月のあたまのことから始まります。
 

 

 ある平日の昼間、ボクは近所のスーパーに行くついでに、笑二さんが日ごろ稽古をしている公園を覗いてみることにしました。
 高円寺でやっている月一の「談笑の弟子」の会では見ていたのですが、稽古はちゃんと続けているのだろうか?と気にはなっていました。
 スーパーから公園までは自転車で約20分の距離。急ぐ仕事もないし気分転換とも考えて、ひとっ走りすることにしたのです。
 その日は小春日和のいい天気でした。そのわりにほとんど人影もありません。

 公園入り口の門を入って左手、微妙に建物で死角になったあたりのベンチに黒い塊が見えました。
 まずでかいリュックサックが黒、Gパンが黒、ダウンジャケットが黒、スニーカーが黒。短くした頭が真っ黒。すぐそれと分かりました。
 手に扇子を持ってあやしい雰囲気全開も以前と同じ。
 全身黒づくめの男は目をつむってイヤフォンで落語?を聴いているようです。ガランとした園内はほとんど一人貸切状態、落語の稽古には絶好の日和でしょう。
「どうも」と声をかけると、
「えっ、島田さん?」と少し驚いたようす。
あとから見た当日の笑二さんのブログではこんなふうに書かれていました。
 

2013年10月3日
ベンチに座ってボンヤリしていたら、
「やっぱりいた!」との声。
声の主は、以前、ウェブサイト「ヒビレポ」にて僕のことを取材して下さった島田十万さんだった。
 公園に行けば笑二が居るはずだと、僕に確認をとらずに仕事を抜け出して公園に来たという島田さん。
大人として大丈夫なのか?
(「立川笑二と申します」http://ameblo.jp/tatekawashouji/ から引用)

 

 まったくいい大人が二人、お互いに大丈夫か?と思っているんだから世話がありません

 連載が終了したあと、昨年の7月に弟弟子が入門したのは知っていました。立川笑笑(たてかわわらわら)さん、愛知県出身、近畿大学卒業の25歳。学年では笑笑さんが2学年上だそう。
 また8月の後半からは吉祥寺で「談笑一門会」も始まりました。師匠談笑さん以下、吉笑さん、笑二さん、笑笑さんの4人全員が出演するほんわかする楽しい会です。
 ひと通りそんな話をしたあとで、ボクは以前から気になっていたことをダイレクトに聞いてみることにしたのです。
「二つ目昇進はどうなんです?」
「どうなんでしょうねえ」と笑二さん。
「師匠にそれとなくアピールしたほうが良いのかどうか今考え中なんです。自分ではなんとも分かりません」 
 ボクがそんなこと質問したのは約2年前、家元立川談志が亡くなって、二つ目昇進には最低でも3年は前座を経験しなければならない、という決まりができたからでした。笑二さんは明けて6月(2014年6月)に入門して丸3年が経過、4年目に突入します。
 気にならないといえばウソになるけれども、今は、自分としては一心に稽古をするだけだ、というような意味のことを穏やかな調子でニコニコしながら答えました。

 ルールができる前のはなしですが、兄弟子吉笑さんは入門1年半で前座を終え二つ目に昇進しました。異例のことだったらしいです。
 一門の師匠方のなかには早すぎるのではないかという声もあったらしい、というのは前回の「ぜんざのはなし」第4回でも触れましたが、現在の吉笑さんの活躍をみれば、師匠の判断に間違いなかったと思われていることでしょう。
「上がれるとすれば2、3ヶ月前には分かると思いますが、今はまだぜんぜんわかりません。自分としては準備万端整えておくだけです」
 まあ本人はこんな調子でおっとり構えているわけですからまわりでどうこうしてもしようがない。
「もうちょっと掛かるんですかねえ」とボクは言って
「それじゃまた今度ごはんでも食いましょう」などといって別れたわけです。

 それがその年の暮れも押し詰まったころ、師匠から天地を揺るがさんばかりのとんでもない発表があったのでした!

 
 
 
-ヒビレポ 2014年4月7日号-

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