買ったなら読め! 第2回

ツッコミどころ満載

 
海江田哲朗
(第12号で「劇団カクスコ 11年後のカーテンコール」執筆)
 
 
 まず、最初に表明しておきたい。西村京太郎は、1930年東京都生まれ。『消えたなでしこ 十津川警部シリーズ』(文藝春秋)を上梓したのは2013年2月のことである。御歳82にして、このチャレンジング・スピリットには敬服する。ブームに乗っただけ、なんて揶揄する気は起きないよ。功成り名を遂げて、それでも衰えない好奇心の成せる業か、編集者からそそのかされたのか、真相は僕の知るところではないが、ルーティンワークをはみ出すのは相当なエネルギーが要る。

 読み始めて数十分、ちょっとこれはまずいぞ、と思い始めた。ツッコミどころが多すぎて、付箋が足りなくなりそうだ。僕はサッカーライティングを主とするライターで、澤穂希選手をはじめ、なでしこジャパンの数人にインタビューしたことがある。それなりに彼女たちの人となりを知っている。中堅以上の選手は女子サッカー冬の時代を経験しており、社会経験も豊かだ。本来、おとなしく誘拐されるようなタマじゃないんだよ。でも、誘拐されちゃったんだよなぁ。それも澤を除く、22人が(ついでに佐々木則夫監督も)。この際、そこに無理が生じるのはしょうがないか。

 何がすごいって十津川警部が澤を全面的に信用し、捜査情報を逐一報告するところ。大量誘拐が発覚したあと、捜査本部で事件のアウトラインを説明する場面があり、〈この辺りから、澤が、特別に、捜査会議へ参加することになった〉と、たったの2行で済ませた。この思いきりの良さには笑ったねえ。現実的にどうなのか。いくら世界の澤とはいえ、容疑者から真っ先に除外したうえ、機密情報を共有していいのか。それらは瑣末なことと一切すっ飛ばし、ダイナミックに物語は展開する。
 

 

 100億円を要求する犯人との交渉では、十津川警部が澤から渡されたメモを頼りに、さまざまなリクエストをする。

「その二十二人と監督はロンドンオリンピックで、金メダルを期待されているんだ。その大事な選手たちを、君は、誘拐したんだ。となれば、君には、それだけの、責任がある。百億円の身代金が欲しいのなら、選手には、オリンピックが始まるまで、スケジュールに従った練習をやってもらいたい。(中略)いいか、個々のフィジカルトレーニング、チームとしての練習、ミーティング、紅白戦、シュート、コーナーキックなどのセットプレーはもちろんだが、調整運動として散歩、ジョギングなどの軽い運動、さらに休養。普段の強化合宿と同じように、監督の指示に従って、これらが必ずできるようにしてくれ。さもないと、金メダルは獲れない」

 十津川警部のリクエストはまだ終わらない。食事には栄養士を付けること。昼寝は1時間から1時間半。消灯は23時。佐々木監督を除いた全員に、日焼け止めと化粧水、乳液を用意すること。練習風景がわかるDVDを送付すること。サッカーファンの僕でさえ、あんた自分たちの立場をわかってんのか? と言いたくなった。

 ここで犯人がブチ切れるのかと思いきや、「分かった」とあっさり了承。「つまらない質問をしたら、選手を一人ずつ殺すぞ」と脅したりもするのだけど、全然迫力がない。殺す気ゼロだなぁ、とあからさまに伝わってくる。この犯人、たぶんサッカー好きだし、そこまで悪い人じゃない。

 僕のツボに入った、第四章の「一番GK海掘です」。ここが謎解きのキーポイントだった。書いちゃってもいいような気もするが、一応ミステリー本をレビューするエチケットとして、ネタバレは控えたい。十津川警部と澤が協力し、律義に送られてきたDVDから人質のいる場所を突き止める。それがすっげえ強引なんだよ。断言する。あのメッセージを解読できる人間は、この世に存在しない!

 それから十津川警部は、隙だらけの犯人をぐいぐい追い詰めていった。今回は不慣れな分野とあって、いろんな人の助けを借りた。そんな怪しげな人のサジェスチョンを真に受けて大丈夫? と心配になったが、十津川警部の目に狂いはなかった。

 はたして、単なる営利目的の誘拐か、それとも国家的な謀略が絡んでいるのか。なでしこジャパンのマメ知識を、ちょいちょい挟んでくるのが面白い。なお、あなたも感づくであろう、巧妙に張られたように見える伏線は、けっこうどうでもいいところに着地する。

 あとがきには、西村京太郎がなでしこリーグ1部の岡山湯郷Belleの練習場を訪ねる記述があり、なるほどこうして取材したうえで許諾を得ていることがわかった。そこで、ハツラツとトレーニングする選手たちに対し、著者は次のような感想を持ったようだ。

〈世界大会で優勝して自信を持ち、形はプロになったが、気持ちは、生まじめなアマチュアなのだということである。いいなあと思った。陽焼けした可愛らしいなでしこたち〉

 言いたいことはわかるが、そのプロ観は古すぎるぜ、と僕は最後のツッコミを入れた。

 
 
 
-ヒビレポ 2014年4月11日号-

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