夕陽に赤い町中華 第2回

町中華ネーミング考

 
北尾トロ(編集長)

 
 
 
 
 

 町中華を考察するにあたり、まず店名に注目してみたい。
 町中華の定番中の定番メニューはラーメンと餃子だ。味は二の次。このふたつが揃ってない店は町中華と呼びたくない。まぁないよそんな店。ぼくは経験ない。ラーメン専門店で餃子を置いてない店はある。餃子専門店でもラーメンは食べられない。でもそれらはあくまでラーメンや餃子の専門店だ。

 ラーメンはいつから日本に定着したのか。ラーメン博物館公式サイトによると、中華麺を初めて食べた日本人は水戸光圀との説が有力だ(1665年)。明治維新後、横浜や長崎を始めとする港町を中心に中華料理店ができはじめ、明治時代後半、初のラーメン専門店「来々軒」が浅草に誕生(1910年)。昭和の前半には全国に広がっていったモヨウだ。
 餃子も水戸光圀が最初に食べたらしい。普及はラーメンより遅くて、創業昭和24年の萬里(横浜市)が、日本で初めて餃子を販売したと言われている。当初は珍しいから大衆料理のポジションじゃなかったかもしれないけど、ラーメンとの相性の良さはすぐに評判となり定番メニュー化していったと考えられる。
 

 
 であれば、町中華の誕生は戦後ということになるのだろう。推測の域をでないが、それまでのラーメン屋や、戦後の混乱期に屋台から出発したような店が餃子を取り入れ、次第に他のメニューも増やし、安くてうまくて腹一杯の大衆中華路線を築き上げていったのではないだろうか。
 それらの店は資本力などないわけで、客層だってそのへんの腹ペコ野郎たちだ。港町にあるような中華街の、本格的な中国料理とは似て非なるものだったと思われる。
 そういう町中華はどこの誰が開業していったのだろう。時代状況から考えても、中国料理店で腕を磨いた料理人が満を持して開業ってストーリーは描きにくい。別ルートがあったはずだ。

 そのルートのひとつとして考えられるのが、戦後、大陸から引き揚げてきた関東軍や満州開拓団の人たちが、満州で覚えた中華料理を提供するようになったというもの。主力はやはり餃子だろう。中国では日常的に食べられていない焼き餃子が日本では主流になっているが、それは、満州帰りの人たちによって日本人好みの餃子に変貌していったからだという説があるのだ。
 なんといっても戦後の混乱期、どうにかして食べていかねばならん。食べ物屋は、材料が確保できさえすれば手っ取り早いし儲かる。そこで、満州で覚えた技術を使い、プロアマ問わず腕に覚えのある者が食堂みたいな店を開いてゆく。餃子だけではバラエティ不足だしってことで、相性のいいラーメンと結びつき、町中華の原型、基本モデルができていったのではないかとぼくは想像するのだ。

 その名残は、店名に表れている。
 東京の東府中に「スンガリー飯店」なる中華屋がある。店構えからすると、元は本格志向の店だったようだが、現在は定食がメインになっていて、中国料理店らしい単品メニューも一通り揃えて入るが、実質的には町中華と呼びたくなる店である。で、スンガリーというのは川の名で、漢字で書くと松花江。旧満州を流れていた川だ(同名のロシア料理店があるのは、スンガリーが同国のアムール川の支流だからだろう(ロシアとの国境付近で合流)。また、餃子で有名な「ハルピン」(ぼくが住む松本市にも「ハルピン」というラーメン屋がある)は、満州国の中心的な街。伊藤博文がここで暗殺されている。
 何の理由もなく店名がつけられるはずはないので、こういう店は満州からの引き上げ組が開業したか、満州=餃子を強調したいかだと思う。「スンガリー飯店」に入ったときも特徴的なメニューはないかと探してみたが、何ひとつ発見できなかった。

 味の傾向を示すため、一目で中華の店とわかる利点もあり、地名を店名にする店も多い。これはもともと「四川飯店」などのように本格中華のやり方なんだが、町中華でもしばしば見受けられる。「上海」とか、大きく出た店名でありながら蟹の影もなく、平気でカレーがメニューにあったりしてね。場所ものでは他に北京、広州、香港あたりが目につき、創業時の志として、本格中華があったんだろうなと思わせててくれる中途半端な佇まいのところも見受けられる。
 本格店との格の違いは「飯店」が使えるかどうかだろう。町中華はだいたい「北京」とかだもん。ただの地名。飯店になること叶わず町中華として落ちついたのか、味の傾向を示したいのか、それとも中国から来た人が店主なのか、どうとでも受け取れる微妙なネーミングであるが、いずれにしろ腰の引けた印象は拭えず、メニューも総花的な店が多い印象だ。

 このように、いまでは町中華の中でもマイナーな存在になってしまった地名店は、その将来も非常に危ぶまれている。その理由はチャイナ組の台頭によるものだが、それについては後日、稿を改めて触れていこう。
 その前にネーミングについて書いておくべきことがまだある。というか、地名だけで終わっちゃったよ。町中華の王道である「軒」にさえ触れられなかったので、それは次回に。

 
 
 
 
-ヒビレポ 2014年4月13日号-

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