夕陽に赤い町中華 第3回

屋号の研究

 
北尾トロ(編集長)

 
 
 
 
 

 
 地名以外で目立つ町中華の屋号としては「軒」がまず挙げられる。多いですよ軒は。それにつづくのが「亭」であり「楽」あたりだろうか。「来々軒」「幸味亭」「喜楽」なんて、いかにも町中華っぽい印象があるが、しかしこれはラーメン屋の屋号としてもありふれたものだ。なぜだろう。町中華はとことん屋号にこだわりがないのか。そうではないと思う。
 

 


 
 ある時期まで、町中華とラーメン屋は、そんなに大きな違いのある商売ではなかった。ラーメン屋がラーメンだけで商売するのが定着したのは割と最近のことであり、昭和期の終わりころまでは、ラーメン屋を名乗ってはいてもチャーハンがあったりして、その違いというのは麺主体で行くか、それとも飯も単品もバランス良く加えたメニュー構成にするかによって生じるところが大きかった。ぼくの記憶では1970年代前半に一世風靡した札幌ラーメンのチェーン店「どさんこ」にもチャーハンはあったし、70年代後半に東京エリアで数を増やした「つけめん大王」にもご飯メニューがきっちり揃っていた。まだ世の中にはラーメンマニアなる人たちの姿もなかった時代、ラーメンはいまほど偉そうな食べ物じゃなかった。大衆的な中華店っていうざっくりしたくくりのなかにラーメン屋も含まれていたわけだ。で、人気が沸騰したラーメンが、昭和の終わりごろから専門店化していき現在に至る。根っこの部分はつながっているのだから、屋号がダブりがちなのも頷けるというものだ。ちなみに蕎麦屋でおなじみの「庵」を使った町中華にお目にかかったことがないのは、「庵」が和食限定屋号なのかもしれないが、内にこもって自己完結しそうな「庵」は、町中華には似合わないと思っている。
 

 
「軒」「亭」「楽」の間にさしたるクラス分けはない。総じて町中華の店は名前に凝らず覚えやすさ優先。だからこそすんなり町に溶け込むことができるのだ。その最たるものが「華」一派である。中華の華だよ。「中華料理 美華」なんてよくあるネーミングだけど、わずかな文字の中で華がダブってますからね。とにかく中華であることを伝えたいと。それしか考えてない気がするのだ。あと数的にはやや少ないが「福」も使われる。このあたりは縁起担ぎもあるだろうし、本格中華で「福」はよく使われるので、そこを意識しての命名かもしれない。中華らしさを誇らしげにアピールする言葉として、「龍」も忘れてはならない。金龍、銀龍あたりは鉄板の町中華名だ。「番」は1番、10番、50番、100番がよく使われるようだ。
 

 
 思いつくままに並べてみたが、ほかではよくあるのに町中華ではめったに使われない屋号がある。個人名だ。「中華料理 北尾」とかあまりないよ。店主が前面に出ない。そういう目立ち方を好まないのが町中華の特徴だ。

 店名のインパクトを重視せず、さりげなく駅前に店を張って客を待つ。標準的な広さはカウンター席とテーブル4つくらいか。席数で20から30というところだ。そういう店が小さな駅で2店ほど、ちょっと人が多いところだと3,4店あって、駅のあっちがわとこっちがわでうまく棲み分けてきた。近年、チェーン店などに押され、はたまた後継者不足に悩まされ、少しずつ減ってきているけれどいまのところ住民がさしたる危機感を感じないですんでいるのは、もともとの数が多く、町から姿を消したわけではないからだ。

 それが油断だなあ。5年後、10年後の姿を想像してみるといいよ。店主は高齢だ。後継者はいないか、いたとしてもそんなに儲かる商売じゃないから、親としては勤め人になってほしくてそうしている。実際、町を歩くと店を閉め、住居になっている2階に住んでいるにもかかわらず店が閉じられている元町中華を発見することはたやすい。もしピンとこなければ、新規オープンした町中華を知っているかと尋ねよう。ないはずだ。町中華は、新たに始める商売として有望とはみなされていないのである。せいぜい改装どまり。それすら運よく後継者に恵まれた店にとどまるだろう。

 さて、外から見た印象が各店舗ほとんど変わらないとなると、客の判断基準は味ということになる。ところがこの味が曲者でして、まずいのは論外として、うますぎてもまた町中華らしさが損なわれるから厄介だ。町中華に名店はいらない…いま格言風に適当に作ってみましたけどね。じゃあどうすりゃいいのよって話なのだが心配はいらない。町中華は中華を名乗っているけれど、とても自由な存在。どんなメニューがそこにあっても許されるのだ。

 
 
 
-ヒビレポ 2014年4月20日号-

Share on Facebook