ヒビムシ  2 – 7


菊水山:セアカクロキノコバエ

沢田佳久
(第11号で「五十円玉はどこだ」執筆)
 
 
 
 逡巡の末,4月28日のことを書くことにした.いつもの菊水山である.そして5月3日にこの文章を書いている.中四日を経た五日後ということになる.

 4月28日,数日続いた好天で前日まで気温は高かったが,この日の朝は涼しくなった.天気が悪くなると予報が断言しており,問題は降り出しが何時か? だけだった.降るまでのつもりで最寄の徘徊ルートを歩いてみた.降り始めたら引き返すつもりなのでいつもよりのろのろとである.

 まずクロカタビロオサムシが歩いているのを見つけた.以前に書いた毛虫食のオサムシである.かなり小型の♂だった.大発生は今年も続くのかもしれないが,収束するのかもしれない.この子はその名残りかもしれない,と,思った.気温のせいかやや動きが鈍く,撮り易かった.しばらく見納めかもとの思いもあり,しつこく撮影.
 

 

 春はビロードツリアブの季節でもある.ちょっとした陽だまりに茶色い毛玉みたいな物体が地面近く,空中に浮かんでいる.丸っこい体の大型のアブがホバリングしているのだ.翅は高速に駆動しているので肉眼では見えない.胴体だけが浮かぶ毛玉として見えるのだ.音を出すことも,無音のこともある.縄張りを張っていて,同じ場所に戻ってくるので空中撮影したくなる対象である.ここでも腰をすえて撮影.
 

ビロードツリアブ


 
 菊水山への道は散策に良い季節で,人が多い.筆者は変なカメラを提げているおかげで「何してるんですか?」とか「鳥ですか?」とよく声をかけてもらう.虫ですと言い,たとえばほらここにも居ますやんと説明する.昔は虫が多かったとか老眼で見えないとか,今日は降りそうですねとかの会話をし,また,いろいろ教えてもらう.
 この日はツリアブを待っていて声を掛けられた.話しているうちにちょうど花期のアケビの話になって,その流れで「ムベ」も咲いてるよと教えてもらった.実が熟す頃には目をつけてる人が多く,けっきょく適期前に消えてしまうらしい.…などの話をしていてツリアブのことは忘れた.
 常連さんの多いコースだが,初心者も少なくない.仕事を引退したので健康のためにも山歩き,という人たちかなと思う.中には山の挨拶もできない人もいる.年齢とは関係なく初心者であって,教育が必要である.失礼ながら大きめの声で「こんにちわ」と言うのだ.そういう日本である.
 

ムベの花


 
 けっきょくこの日は山頂までの半分も行かずに雨で退却した.降り具合は弱く,傘は使わずに済んだ.

 順序は前後するが,歩き始めてすぐ鮮やかな色のハバチを見つけた.似た色彩の近似種が幾つかあるので,脚や腹の色を写しておかないと困るという事だけ覚えている.帰って調べるとニホンカブラハバチだった.
 春には赤と黒の虫が出る.通年みかけるナナホシテントウなど,赤と黒でよく目立つ虫というのは,基本的には警告色だろうと思う.そしてその警告効果にただ乗りするかたちで,いろんな虫が赤と黒の出で立ちで出現する.特に春にである.ニホンカブラハバチもその一つなのだ.毒も針もないハチである.メスアカケバエやムネアカアワフキなども春の虫で,これらは♀だけが特に赤と黒のパターンを際立たせている.
 

ニホンカブラハバチ


 
 砂防ダムの下の流れのところで,虫が群れ飛んでいるのが見えた.行ってみるとこれも赤と黒の虫であった.♂らしきものも♀らしきものも半々に居る.♂が腹端の交尾器を思いっきり開いているのが肉眼で見えた.
 ♀はほとんど静止している.♂が葉の表面にうずくまる体勢をとる様子を見たが,齧っているのか舐めているのか匂っているのかは分からない.見さかいなく♂に対して交尾を試みている♂もいた.交尾してるペアが見られたが,それに割り込もうとする♂などは見かけなかった.
 空中で複数個体が互いを牽制しあいながら飛んでる感じはあった.♀がコーリングしてるとか,♀の周囲を♂が飛ぶとか,♂がスウォームを作って♀を呼ぶとか,そういう組織的な活動はないように感じた.
 全体的にのどかな群飛だなぁとしばらく観察した.ただそれが何というか虫か分からない.採集して持ち帰ることにした.これだけ派手な虫なので名前はすぐわかるだろうという考えと,ハエにはまだまだ未解明なものもあるので,不明種だったり,珍らしい観察例かもしれないという考えと,両方の可能性をもちつつ,とりあえず採集しておくのである.

 帰って調べてみると,撮った写真とウェブの情報だけで断定できてしまった.ハエではこのようなことは珍しい.♂の交尾器の詳細な検討が必要だとか,翅脈を見ないと科さえわからないだとか,大抵そういう事になるのに,今回はすんなり判明したのである.クロバネキノコバエ科のセアカクロキノコバエ,たぶん本邦クロバネキノコバエ科の最美麗種ではないかと思う.
 ただこの和名はとりあえずのものである.記載分類上は百年ほど前から知られているのだが諸事情により和名が混乱している.ウェブ上でもいろんな書き方で紹介されている(セアカキノコバイ,セアカキノコバエ,セアカクロバネキノコバエ,セアカクロカなど).
 

セアカクロキノコバエ


 
 虫に詳しくない方にとっては,そもそもクロバネキノコバエ科とはいったい何だという話だろう.クロバネキノコバエ科(Sciaridae)は一つの科であって,キノコバエ科(Mycetophilidae)とは別である.そういう科があるのである.「科」というとバラ科とかサケ科とかの「科」である.「科」を名乗るからには頭の中に大雑把な集合がイメージさせる奥行きを伴ってほしいところだ.「薔薇はバラ科だけど桜も林檎もバラ科だな」とか「鮭も鱒もサーモントラウトもサケ科,鮎も入るけど」とかの広がりがイメージできてこそ「科」を言う意義がある.
 なのにクロバネキノコバエ科は何だ.グループとしての広がりどころかイメージの基点となる種さえ存在しない.カタカナ9文字から,何やら茸にたかっている黒い翅の蝿を想像することなる.種名みたいな限定度で全身で説明してくる科名なのである.科名が必死になってどうする.しかも言葉どおり想像してやっても普通の蝿しか浮かんでこないぞ.

 一方,虫関係者の間では,クロバネキノコバエ科はバラ科やサケ科なみにイメージできるグループである.
 まず,それは異物混入の代表選手として馴染み深い虫である.先ごろも給食に混入して騒ぎになったアレだ.クロバネキノコバエ科の多くは小型である.せいぜい2ミリ程度,肉眼で見て虫だと分かる程度の大きさではあるが,食べても問題なさそうな小ささでもある.特に加熱してあれば食べても問題ないと私は思う.問題があるとすれば,気持ちの問題であると思う.
 食品工場内外の汚泥から発生するのだから,この虫の混入によって製造施設の衛生環境の問題が顕在化するのだ,という論は当っているかもしれない,とも思う.指標としてである.
 あとクロバネキノコバエ科はクワガタを飼っていると昆虫マットから湧いてきて,通称「コバエ」としても親しまれている.
 このような「お邪魔虫」としての認識とともに長い科名も虫関係者の間ではお馴染みのものとなっているのである.

 そんなクロバネキノコバエ科,小さくて真っ黒けの地味な種が多い中にあって,このセアカクロキノコバエは特に大きく,色彩も鮮やかなのである.クロバネキノコバエ科を代表する美麗種である.掃き溜めに鶴,その落差によって一層輝かしい虫に見えるのだ.
 
 
 
◆立体写真の見方◆

同じような2コマが左右に並んだものは「裸眼立体視平行法」用の写真です.
平行な視線で右の目で右のコマ,左の目で左のコマを見ると,画面奥に立体世界が見えてきます.
大きく表示しすぎると立体視は不可能になります.

色がズレたような1コマのものは「アナグリフ」です.
青赤の立体メガネでご覧ください.
メガネは右目が青,左目が赤です.
緑と赤の暗記用シート等でも代用できます.

別サイト「ヒビムシ Archives for 3DS」にはMPO版を置いています.3DSの『ウェブブラウザ』で「ヒビムシ Archives for 3DS」のサイトを参照してください.お好みの画像を(下画面におき)タッチペンで長押しすると,上画面に3Dで表示されます(数秒かかるかも).表示された3D画像ファイルは保存することもでき,『3DSカメラ』でいつでも再生することができます.

MPO版とは,複数の静止画を一つのファイルにまとめたもので,ここでは立体写真の左右像を一つにまとめたファイルです.3DSをはじめ,多くのmpo対応機器で3Dとして再生,表示することができます.PCやスマホ等でダウンロードできますので,各機器にコピーして再生してみてください.
 
 
 
 
 
-ヒビレポ 2014年5月14日号-

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