超小市民あるあるパラダイス  第7回

番外編ないないパラダイス:弁当箱ハードボイルド

 
田中稲(11号で「大阪から来た女」執筆)
 
 
 
 
 さて、今回はヒビレポ7回目ということで、連載折り返し地点特別企画をば。あるあるの逆で、こんなんあんまり体験でけへんわーという事件をご紹介する
「ないないパラダイス」
をお送りしようと思う!
実はワタクシ、最近人生で初めて警察にお世話になってしまったのでした(汗)。これをヒビレポで書かずしてどこに書くというのだ、という勝手な鼻息ふんふんによる単発路線変更なのである。
では、聞いてください。私の身に起こった奇怪な出来事を…。
 

 

〜ナンバは今日も上機嫌だった〜
 当日のことですか。ええ、ハッキリ覚えてます、書籍の仕事がやっと一つ落ち着いてそりゃもう上機嫌でした。事務所の社長H氏とプチ打ち上げをしようってことになったんです。生意気なんですが、私にも「行きつけ」と呼べるバルがありまして。いえ、特に種類が揃っているとか、ツマミがおいしいとか、そんなことはないんです。ただ、ビール一杯320円。ツマミ類300〜400円。帰り道にフラッと寄って、喉を潤すにはちょうどいい値段とサービスってことですかね。
 その日も顔なじみのスタッフさんにいつもの注文、ビールとソーセージ1皿を受けとり、今回の仕事や次の企画について語り合い、1時間ほど実のある時間を過ごしたんですよ。けどねぇ、人間、気分がいい時ってやっぱり隙ができるんですよ。ええ。私、ウッカリ弁当箱が入った袋をそこに置き忘れてしまったんですよね。実は電車に乗る寸前「あっ、忘れたかも」と手持無沙汰な右手に気づいてはいたんです。でも、私の頭の中に、ひょっこりと禁断の思惑が煙のように湧き、引き返さなかったんですね。
「面倒臭い」と。
今思えば、あれが人生の分岐点だったと思います。

〜嗚呼、時すでに遅し〜
 とはいえ、その夜は特に気にしませんでした。ほら、なにせ弁当箱ですから。財布やスマホのような貴重品ではないわけですからね。「明日取りにいけばいいや」くらいの気持ちですよ(苦笑)。実は私、一度同じバルでストールを置き忘れた前科があるんです。その時は、事務所に保管してくれていたとかで、私は本人確認のサインをするだけですぐ引き取れたんです。だから、今回も同じパターンでアッサリ返ってくると思うじゃないですか。思いますよね、普通!! 私が甘いんですかッ??
 ……すいません。つい興奮しちゃって。ええ、そうです。弁当箱の話です。次の日仕事が終わった後、お弁当箱を返してもらい、ついでに一杯飲んで帰るつもりでバルに寄りました。
 ところがです。スタッフの、そう、顎までのボブヘアがとても理知的なイメージの女性です。彼女にお弁当箱を忘れた旨を伝えると、なんと事務所と本部を数回往復し、非常に困った顔をして私にこう呟いたのでした。
「実はもう、本部が警察に届け出てしまったみたいで……南署に引き取りに行ってください」

〜H氏の妄想でビビるよNight〜
 けけけけ警察!??
 その時の私の衝撃を誰が想像できますか(汗)。たった一日ですよ。しかも弁当箱ですよ! 使い古してすでに3年。しかも、私は置き忘れた当日の昼、弁当箱にキムチを投入していました。臭いを想像するだけで頭を抱えましたね。もう警察に取に行かず、放っておこうかな、と一瞬諦めかけました。ところが、このあまりにも早急な店の対応について、H氏が大真面目な顔をして、こう分析を始めたのです。
「田中、これは私の勝手な推測なのだが。うむ……(意味ありげな間)。もしかして昨日、私達が店を出た後、同じ席にヤクの密売人、もしくは凶悪事件で逃亡中の犯人が座ったのではないだろうか。そして、田中が置き忘れたあの弁当箱にヤクや凶悪事件の凶器を隠したとしたら……」
 そそそそんなっ。あの弁当箱は私の食い散らかした米粒とかボロボロ付いたままですっ。
「そう。つまり、凶悪犯罪の証拠は田中のDNAだらけということになる。となると、田中が容疑者として捜査線上に浮かびあがる事になる」
 私が捜査線上に!? 何にもしてないのにーッ(心の中で絶叫)。
 冤罪。えんざい。エンザイ。ENZAI……。
 瞬時に頭の中は真っ暗になり、この恐怖の文字が浮かび上がってきました。冷静に考えれば、小さな弁当箱にそんなモンが入るはずはないのです。しかし、袴田事件の釈放ニュースが注目されている時期、明日は我が身と考えてしまうのも無理はないというものです。
「あっはっは、これ、小説にしたらオモロイなー」
 言い終わった後に爆笑するH氏の言葉すら「その場をしのぐ慰め」にしか聞こえなくなるほど、私は猛烈に恐怖感に襲われました。弁当箱の中に法に触れるものが入れられていたら。だから店が早急に警察に引き渡したとしたら、私は…(滝汗)。
 その夜ですか。当然眠れませんでしたね。一刻も早く南署に行って弁当箱を引き取りたい。そればかり考え、弁当箱が「勝訴」と書いた紙を書いてダッシュする夢を見たほどです。
 この一件を親には言ったか? とんでもない! まさか40過ぎにもなって
「弁当箱を忘れたから警察に取に行く」
なんて言えますか。
「その後、犯罪者が私の弁当箱に証拠を隠したかもしれず、冤罪事件に発展する可能性がなきにしもあらず」
なんて言えますか。
 親も74です。最近体が目に見えて弱ってきています。が、口は達者で「人一人殺せる」と親戚内でも評判の毒舌家ぶりは健在です。心配かけたくないというより「罵られたくない」。この一心で、今回の件は棺桶の中まで持っていくぞと決めたのでした。

〜引き渡し哀歌(エレジー)〜
 次の日は仕事もそこそこに南署を訪れました。入口左側にすぐ
「忘れ物窓口」
という案内と、中肉中背中年という3中揃った男性が財布を紛失したと声高に訴えているのが早速目に入りました。思わず同情の眼差しを向けると、なんと、彼の頭部を通り越してさらに奥、窓口の中にカゴがあり、私の弁当袋が入っているではありませんか!!
「あれ、私のですッ。私の弁当箱なんです!!」
 私は思わず窓口に駆け寄り、男性の相手をしていない方の警察官に声を張り上げ、ガラスの向こうの弁当箱をガンガン指さしました。早く受け取らないとッ。妙な容疑がかかる前に! いや、もう遅いのか??
 警察官は私の剣幕に驚くこともなく。慣れた口調で諭すようにこう言いました。
「ああ、あれはまずは紛失届を書いてください」
 つまり、店から届けられた忘れ物なので、本人が紛失届を提出しないと引き取れないということなのです。私はしばし戸惑いました。というのも、渡された紛失届には、どこになにを忘れたか、住所、名前、電話番号など個人情報をギッシリ書く欄があったからです。
警察に個人データが残るなんてー(頭を抱える)。しかも弁当箱ごときで!!
 なんかこう納得できんというか(遠い目)。でも、ここまでやり取りしながら署を飛び出すなど、それこそ不審者そのものじゃありませんか。私の脳裏に再び「冤罪」という2文字が浮かび、観念して欄を埋めていきました。専用の机に肘をつき、見本を参考にしながら震える手で
「バル○○で弁当箱が入ったロぺピクニックの袋を忘れました」
と書いた時は、自分が嫌になりましたね、ええ…。

 その後ですか。はい、おかげさまで無事アッサリと冤罪にも巻き込まれず、弁当箱を返してもらいました。紛失届を見て、警察官の方が笑っておられるように見えましたが、きっと私の気のせいでしょう。
 友人知人にこの話をしたところ、こう言われましたね。
「弁当箱だけにオイシイネタができたね」
と。
 うまいっ。
(完)

 最後急に落語のオチみたいになってしまいましたが、警察でのやり取りはスムーズ、しかもとっても親切でした。ありがとうございます…。
 弁当箱忘れただけで犯罪に巻き込まれるなんてあるわけねーじゃん、人の冗談を本気に取りすぎ、と笑っているそこのあなた! いやいや、いつなんどき「まさか」が現実となって襲ってくるか分かんないのがこの世ですぞ。油断大敵。イッツアワンダーミステリーエブリデイ!(←「毎日が不思議とミステリーの連続なんですよ」と英語で表したつもりですが絶対間違えてますよね)

 
 
 
-ヒビレポ 2014年5月15日号-

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