夕陽に赤い町中華 第7回

メニューの研究(3)

 
北尾トロ(編集長)

 
 
 
 
 
 町中華には中華じゃないメニューがある。カレーライスやカツ丼、玉子丼が平然と出てくるのだ。ぼくらは慣れているから何も感じないけど、よく考えたらおかしなメニューなのだ。しかも、客はあるのが当然と思っていて、カツ丼のない店に当たるとガックシきたりする。中華一筋、真面目に励んでいる店には申し訳ないけど、町中華はそういうところだから、あんまり真面目にならないでほしい。

 この手の和風(カレーも洋食のそれではない)はどうして定着したのか。真相はやぶの中だが想像するのはたやすい。客の要求に応えたか、中華ばかりじゃアレだからと妙なサービス精神を発揮したら当たってしまったか、いずれかだと思う。蕎麦屋のメニューでこれらを発見して、ならばウチもと安易に考えた可能性もある。これらの導入によって、中華の食堂だったはずの町中華の立ち位置は、駅の近くにある中華をメインとする食堂へと変貌を遂げた。ま、誤差の範囲だ。嫌なら頼まなきゃいいのである。
 

 

 そうした変則メニューの中で、他と一線を画す存在感を示すのがオムライスだ。すべての町中華にあるわけではないものの、オムライスを出す店は想像以上に多い。そしてぼくはオムライスを出す町中華が大好きだ。オムライスも好きだけれど、オムライスを出す姿勢、店のありように好感持っちゃう。

 人気もある。カレーやカツ丼も根強い人気を誇るが、オムライスは別格の趣があるのだ。テーブル席4つにカウンターの平均的な店があるとする。それぞれチャーハンとか定食を食べる中、やってきたオヤジがオムライスを注文。それだけで店内には緊張が…走ったりはしないが、みんなが虚を突かれるケースは多いだろう。オムライスできやがった。その手があったか。しばらく食べてないぞオムライス。運ばれてきたら全員がチラ見するね。その形状を、玉子のかぶせ方を、確認せずにはいられない。

 新宿御苑駅そばの『来々軒』などは町中華でありながらオムライスをおすすめの筆頭とする店で、客の半分は入店するなりそれを注文する。
 このメニュー、育ちは洋食のはずだが、洋食屋が提供するような、ふわふわ玉子にデミグラソースなんて上品な形では決して出てこない。洋食屋のオムライスはいっぱしの値段を取るが、町中華でそんなことはできない。玉子を何個も使ってられないし、ふわふわなんてお上品なことをしてる時間がもったいない。町中華のオムライスは薄く焼いた卵を後から乗せ、巻きつけることさえしないのが王道なのだ。
 

 
 この違いはどこから来るのか。簡単だ。町中華のオムライスは洋食ではなく、子どもが喜ぶ家庭料理なのである。高度成長期あたりにアメリカ風の食事が台所を席巻し、シチューだとかロールキャベツだとか、目新しいレシピがどしどし導入された時期があったんだろう(このあたり未調査です)。その中にオムライスも入っていたと推察する。チキンライスだってそこそこ楽しみなメニューなのに、オムライスときたらアナタ、チキンライスを玉子でくるみ、ケチャップで模様まで付けられるおもちゃみたいな逸品。形状もユニークだし、子供にとっては楽しみの多いごちそうだ。

 作るのは案外面倒で、それなりに手間がかかるのでしょっちゅうは出てこない。そこがまた、スペシャル感を高める。つまり子どもとしては毎日でもオムライスを食べたいのだけれど、口にできるのは月に一度か二度という、希少価値を備えた食べ物だったのだ。うちがそうだったって話だけど、だいたいそんなもんじゃないか?

 そして、ぼくたちはオムライスを食べ足りないオトナになった。さすがにしょっちゅうは食べないけれど、チャンスがあればの気持ちはいつも持っている。つまり、オムライスというのはオトナから子どもまで、男女問わず引きつける食べ物であるのだ。そのことに誰かが気づき、町中華が取り入れ普及する。時期は高度成長期の半ば、1960年代後半あたりか。

 その時代にはオムライスに目をつけたもう一つの飲食店があった。デパートの食堂である。ひょっとすると、そっちが先で、それを町中華がパク、いや参考にしたのかもしれない。ここにはお子様ランチという強力なメニューもあった。デパートの食堂を洗練させた形としてはパーラーもあったなあ。

 パーラーは喫茶と軽食、甘いものなんかを取り交ぜたような形態の店。子どもにとってはプリンアラモードやパフェという夢みたいなメニューを備えた楽園だった。ここで幅を利かせた食べ物が、カレーライスにピラフ、オムライスなどだったことを、高度成長期体験組ならはっきり覚えているはずだ。ピラフが町中華に入らなかったのは、主力商品チャーハンの邪魔になるからだと決めつけたい。行き場を失ったピラフは喫茶店軽食部の主力メニューとしてサバイバルしていくことになる。

 町中華で、喫茶店で、最近ではファミレスでも、大人たちはついついオムライスを頼んでしまう。あの頃、毎日でも食べたかったのに食べられなかった渇望感を癒すように、スプーンひとつで器用に玉子ごとチキンライスをすくい取り、慎重に口まで運ぶ。本来ならめったなことで他人に見せてはならない恍惚の表情。しかし、ペロンと卵が乗っかった黄色い楕円の前で我々はいつも無防備だ。

 オムライスは町中華で一番笑顔が似合う食べ物で、中でもオヤジ一人客のオム食いには人生そのものが出る。深いしわが眉間に刻み込まれているとしてもそこにいるオヤジは10歳児にタイムスリップしているのだから、放っておいてあげるのが親切というものだ。

 
 
撮影/下関マグロ

 
 
 
-ヒビレポ 2014年5月18日号-

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