明と暗の報告書 第8回

お馬さんもいる非日常(前編)

木村カナ(レポ編集スタッフ)

湯島〜御茶ノ水界隈をぶらぶらとレポする当連載。
第8回の今回は、5月11日日曜日に行われた神田祭のレポートの前編です。

 いつものように、神田明神に行ったら、あかりちゃんだけではなく、もう1頭、お馬さんがいた。あかりちゃんよりも一回り小さい、薄茶色の馬。

「ご参拝のみなさまへ

はじめまして、私の名前は『ちょこ』です。
3才の男の子です。
葛飾区の熊野幼稚園から来ました。

5月11日(日)、大手町でのお神輿の渡御に「あかり」お姉さんと
いっしょに馬車を引くことになりました。
しばらく神田明神にお世話になります。どうぞよろしくお願いし
ます。

ちょこ より」

 去年の神田祭でも、雨の中、あかりちゃんと一緒に、花籠馬車を引いていたちょこくん、写真では見たことがあった。そして、このちょこくんからのメッセージによって、あかりちゃん&ちょこくんが、いつ神田祭に登場するのかが判明したのである。


 5月11日(日)は母の日、前日から泊りがけで宇都宮の実家に行く予定だったのだが……そうと決めた3月の時点では知らなかったとはいえ、よりにもよって、神田祭のある週末に、帰省の予定を入れてしまうとは。この週末に帰っておいでと言い出したのは母であった。これはもしや、母を通じて、ふるさとなるものが呼びかけているのではなかろうか、などと、妙なことを考えたり。生まれ育った宇都宮にいたのは18の春まで、すでに人生の半分以上は東京に住んでいる。それでも、神社といえば、宇都宮の二荒山神社を思い浮かべる。夢に出てくる神社といえば、今でもたいがい、二荒山神社からその背後にある八幡山周辺の、昔の風景だ。そういえば、氏子という意識はまったくなかったけれど、小学生のとき、夏祭りで町内会のお神輿を担いだっけなあ。
 悩んだ末に、前日になってから、どうしてもあかりちゃんの晴れ姿が見たくってさあ、と、電話で母に相談してみたところ、
「じゃあ別の日にするか、日帰りにしたら?」
とあっさりした反応、ということで、10日の土曜日だけを母と過ごして、その日のうちに東京に戻ってきた。

母が運転する車で鹿沼市内へ。
古峰ヶ原の古峯神社で天狗三昧。

 神田祭の本祭は2年に1度、昨年が本祭だったので、今年は蔭祭として、小規模に行われることになっている。
 神田明神は、江戸時代を通じて幕府の庇護を受け、旧暦9月15日に行われる秋祭りであった神田祭の際には、町々から出された山車を中心とする祭りの行列が江戸城内に入り、将軍も見物する習わしになっていた。将軍が上覧したのは、神田祭と日枝神社の山王祭で、これらは天下祭、御用祭と呼ばれた。江戸初期の頃には毎年行われていたが、年々豪華になる祭礼の費用がかさむようになったので、その負担軽減のため、神田祭と山王祭が交互に隔年で行われることになったのだという。2年に1度になってからも、町人主導で盛大に開催されていた江戸の神田祭の様子は、神田明神資料館の展示でも目にすることができる。何しろ、「借金を/いさぎよくする/祭まへ」という古川柳があるくらいで、江戸っ子の神田祭にかけた情熱たるや、並々ではない。資料に描かれた山車も、誇張があるとしても、牛にひかせているものもあるくらいで、そうとう大きい。揃いの装束から何から、祭りの支度にはさぞやお金がかかったことであろう。
 江戸の後期に最盛期を迎えた神田祭は、明治に入ると、電線への接触などに配慮して、山車から神輿への移行が進む。1892(明治25)年からは、秋から5月の開催に変更された。台風・疫病流行の時期を避けるため、と「平成25年神田祭特設サイト」では説明されているが、この明治に入ってからの、時期と形態の二大変更には、なんだかもっと深くて重大な意味がありそうな気がする。
 さらに、関東大震災から太平洋戦争後まで、神田祭にとっては苦難の時代が続いた。震災と空襲によって、山車や神輿などの祭具が焼失、神田祭自体が行われなかった時期もあった。それでも戦後、新たに作られた神輿とともに、神田祭は復活、江戸三大祭・日本三大祭の一つとして現在も名高い。東日本大震災のあった2011年には中止されたが、昨年の2013年には4年ぶりに開催され、新たな趣向も登場して、大いに賑わった……って、去年の神田祭も写真でしか見てないんですけれどね。神馬・あかりちゃんも昨年、ちょことともに花籠馬車をひいて神幸祭の行列に参加、神田祭デビューを飾っていたのであった。

 さて、11日日曜日、五月晴れの朝。
 過去の神田祭のマップによると、神田祭は神田明神で8時台にはじまる。今年は本祭ではなく蔭祭、神幸祭と神輿宮入は行われないが、神田明神のサイトによると、将門塚保存会神輿渡御は今年も10時から。本祭のタイムスケジュールでも、8時台に神田明神を出発して、10時台に将門塚にたどりつくことになっている。ということは、あかり&ちょこも例年通り、8時台に動き出すに違いない! あかり&ちょこの晴れ姿、どうせ見に行くならば、スタートから見届けたい……そう思って、早起きして8時過ぎに家を出て、神田明神まで歩いていった。


宮本公園でウォーミングアップ中のちょこ、あかりを発見!

 普段はつけていないハミや引き綱などの馬具をつけて、交互に宮本公園で運動をするちょこ&あかり。
 運動の後、放牧場に戻り、一度、馬具をすべて外して、しばし休憩。

2頭とも、たてがみとしっぽに編み込みがしてあった、
お祭りのためのおめかし。

どうも機嫌が悪そうなあかりちゃん。
祭りを控えて緊張気味?

リラックスしすぎ!
自由すぎる牡馬・ちょこでありました。

 神主のおじさんからバナナをもらった後、緑のはっぴの馬担当チームが手早く馬具を再装着。
 



 
 あかり&ちょこ、いよいよ出馬!
 ……この段階まで、あかり&ちょこも含む、何らかの行列が神田明神からスタートして、将門塚まで歩いていくんだろう、とてっきり思い込んでいたのですが。
 境内にはそんな気配はなく、馬チームはあかり&ちょこをひいて、社殿の脇へと入っていく。そこには濃紺のバンが1台。特に嫌がる様子も見せない2頭とともに、馬チームもバンに乗りこみ、するすると走り出したバンは、神田明神を出て行った……。
 なんと、まさかの車移動!!!

ポニーだからこそできる荒技。
馬運車ならぬ、こんな普通のバンに、
2頭も馬が乗っているとは、まず気がつかないだろう。

 あかり&ちょこの行き先は将門塚、それはわかっているから、追いかけるしかない。
 地下鉄を利用した場合と徒歩の場合、iPhoneで調べてみたら、数分しか変わらなかった。元々、行列について歩いていくつもりで、トレッキングシューズを履いてきている。天気もいいし、地下鉄には乗らずに、歩いて大手町をめざすことにした。
 (後編に続く)

https://mapsengine.google.com/map/edit?mid=znWZk_wCdeJc.k0znbXsQH6y0

-ヒビレポ 2014年5月20日号-

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