買ったなら読め! 第9回

コトバって面白い

 
海江田哲朗
(第12号で「劇団カクスコ 11年後のカーテンコール」執筆)
 
 
 
 原稿を書いていて、意味や用法の不確かな言葉があったとき、どうするか。十数年前、手書きやワープロの時代は辞書を引いていた。パソコンを使うようになり、常時インターネット接続が当たり前になってからは、すぐに検索をかけるようになった。「goo辞書」やら「Weblio辞書」で、ぱぱっとわかる。とてもお手軽だ。もはや、この便利さを手放せない身体になってしまった。

 書棚の一角を占拠する辞書群は、ホコリをかぶっている。めったに開かれることはなく、ただそこにあるだけだ。手狭な住環境であり、いっそ処分してしまえばいいのかもしれないが、なかなか手をつけられない。これまで世話になった愛着も多少はある。この先も出番のない状況は九分九厘変わらないはずなのに、ときたま新しい仲間が加わり、勢力を拡大しているのはなぜか。そう、僕は辞書の類いにも弱いのである。

 あらかじめ断っておく。今回、読了は無理だった。この手の本は『合本 俳句歳時記』で頭がヘンになりそうになったので、ほどほどにとどめた。数日間、手元に置き、ちょくちょくめくった2冊を取り上げる。
 

 

 
『日本語 語感の辞典』(岩波書店)。著者の中村明は日本語の研究者として知られ、文体に関する多数の著書がある。たしか3年くらい前、新聞の朝刊に広告が出ていて、コレだ! と書店で即座に取り寄せた。語感、つまり言葉のニュアンス。そういうのを適切に操れるライターになりたいんだよ。インタビューなら、話し手の息遣いのようなものを言葉にのせて伝えたい。で、鼻息荒く買ったはいいが、まったく開いていなかったのである。出たよ、手に入れただけで賢くなった気がするパターン。

 例として、一語を抜き書きする。

とりはだがたつ【鳥肌が立つ】
 急に寒さや恐怖に襲われて皮膚が、毛でむしり取った鳥のようにぶつぶつに粟立つ意で、会話でも文章でも用いられる慣用的な言いまわし。〈――ほどの寒さだ〉〈あまりの恐ろしさにぞうっとして――った〉
 従来、寒さや恐ろしさといったマイナス評価の対象によって生じる場合に用いられてきたが、近年、「――ような名演技」「あまりにすばらしい演奏で――った」のように、プラス評価の対象に使う例が目立ってきた。「ぞくぞくっとする」感じでつながるのだろう。そのような用法の場合は、従来の慣用を破っているという語感が伴う。⇒(類義語)悪寒・寒け

 なるほどね。たしかにそうだ。また、類義語を区別する点で非常に有益。「感動・感激・感銘」といったどれを選んでも大差ないような言葉のニュアンスの違いが丁寧に解説されている。一方で、その厳格さゆえ、若干の堅苦しさがあったのは否めない。きっちり読破したら、面白いことが書けなくなりそうだなぁと余計な心配をした。
 

 
 もう1冊手つかずだったのは『集団語辞典』(東京堂出版)。集団語とは、特定の社会集団・専門分野で使用される特徴的な言葉を指す。編者の米川明彦は俗語や手話の研究が専門で、『業界用語辞典』(同社)、『若者語を科学する』(明治書院)などの著作がある。5800円(税別)とだいぶ値が張ったが、興味を惹かれ衝動的に購入した。

 読んでみたら、これがやっぱり面白いのである。

びんびんダイヤ《鉄道》
 びっしりと組まれた過密の列車ダイヤ。「ぴんぴんダイヤ」とも。

ばったやさん〔バッタ屋さん〕《出版》
 出版物に掲載した写真がわいせつで警察ににらまれた場合に、飛んで行って頭を下げる係。

ブラボー《航空》
 飛行機の座席番号のBのこと。

マック《秘書》
 社長の言葉におかしくなくても笑わなければならないこと。マクドナルドの店員のスマイルから。◆SPA!95・6・28「秘書って仕事は見た目以上に気苦労が多い。おかしくなくても笑わなければならないこともある。そーゆー場合を『マック』と言ってグチることか」

ベル《不良》
 乳首。◆サンデー毎日79・6・10「ベル乳首」

 ネタ元が、隠語専門書をはじめ、新聞や『別冊宝島』『SPA!』といった雑誌からも引いてきているから、時代の匂いが感じられる。ただし、これは素人が通ぶって使うとヤケドするね。その界隈ですっかり定着している言葉もあるが、大半は時代とともに移り変わっていると考えるのが自然だ。

 実用性はともかく、想像すると愉しい気分である。キャビンアテンダントが裏でこそこそ「23列のブラボー、ジロジロ見てんじゃねえよ」とか言ってるんだろうか(なおA席はエイブルだと。なぜだ)。昔のヤンキーは、マブイあのコのベルがどうたらこうたら、ほんとに言ってたのかな。引用が簡潔すぎて、使い方が全然わからない。でかいということか。それとも形状の美しさを指すのか。いやいや感度か。打てば響くといった具合に、まるでベルのように突起が……エロしつこいよ! 「ばったやさん」についてはその業界に詳しい東良美季さんか下関マグロさんに、今度会ったとき訊いてみよう。

 本書の難点は、すべての言葉が五十音順に掲載されているため、気になる業界の言葉を探しにくいこと。ジャンル別に分かれていたほうが、使い勝手はよかったと思う。
 
 
 
-ヒビレポ 2014年5月30日号-

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