ぜんざのはなし The final 第9回


笑二、親戚多いかぁ?

 
島田十万
(第14号で「カジノディーラー『K』の日常」を執筆)
 
 
「立川笑二二つ目昇進記念独演会」は6月3日夜、下北沢タウンホールで行われます。
 師匠が毎月の独演会「月刊談笑」を開いていたところで談笑一門には大変なじみのある会場。
 多目的ホールでさまざまなイベントのほか、落語会も多く開催されています。
 笑二さんにとってはすべて手作りの初興業で、296枚売り出したチケットが無事完売し一安心というとこ(祝!)。
 他の協会の場合は寄席でお祝いの興業をしてくれるらしいのですが、立川流ではそれぞれが独自に会を催すのが恒例のようです。

 真打ち昇進の場合はとても盛大におこなわれることが多いと聞きました。
 つい先日は、立川流の先輩、志の輔さん門下、晴の輔さんの昇進パーティーが都心の一流ホテルで行われ話題になりました。一門の前座が前日から総出で応援に駆けつけ、招待客が700人!だったとか。

 

 ボクはこれまでに2度、前座から二つ目に上がるときのお祝い会を見ています。どちらも立川流で、一度目は談吉さんの会。
 2011年の11月27日、「ムーブ町屋」という300人くらい入るホールで行われました。
 一週間ほど前に家元談志が亡くなったのを、世間に公表して2、3日たったというタイミングのときでした。
 ウソ(シャレ)かホントか談吉さんは「談志が亡くなったおかげで」自分の会が注目を浴び、3割しか売れていなかったチケットが完売した!と言っていました。
 家元の死去がなければスカスカだったかもしれない、と。
 談志は、落語界のみならず日本のカリスマの一人でしたから、扱いの大きいニュースになりました。
 談志が亡くなったということで、当日は開場前からずっと異様な雰囲気でした。何が発表されるのか、どんな会になるのか、みんな固唾をのんで待ちかまえていたのです。
 当日のラインナップは前座、談修、キウイ、談笑、左談次の順。みな談志との思い出を語り、しみじみしたり大笑いしたり。
 トリで談吉さんが上がりました。最後の弟子だった談吉さんは、臨終の時の思い、決意したことを語り、談志の魅力、偉大さに触れ泣きそうになっていました。

 その後「ねずみ穴」という大ネタをやり、これがまた素晴らしい出来で、満場の喝采を浴びました。
 ファンの間では今でも語りぐさになるほどの盛会で、ボクにも忘れられない落語会になっています。

 2回目が2012年10月24日、国立演芸場での吉笑さんの会。
 何度も書いていますが、吉笑さんの昇進は入門後1年半という異例の早さ。前座時代から注目の存在だったのですね。この会も満員でした。
 談笑さんはマクラで「吉笑、親戚多いなぁ!」と言っていました。
 会場も、さすが国立演芸場、厳粛で格調高い雰囲気です。勾配が緩やかな客席は今風ではありませんが威厳が感じられます。
(幕が開き吉笑さんが最初に登場したとき「新しい着物、似合わねぇ」と思ったのを覚えています(失礼!)。あれも買ったばかりの紋付だったのでしょう)
 出し物は一席目が「たぬきの恩返しすぎ」二席目が、町中をフスマをかついで売り歩くすっとぼけた味わいの「ふすま売り」、そして三席目が「舌打たず」。
 今ではどれもおなじみです、この日も大ウケにウケていました。
 最後は師匠の「片棒・改」。
 帰りに友人と三人で会場近くの居酒屋に寄って、それぞれの感想を言いあったのを覚えています。
 笑二さんによると昇進の会は、寄席形式で師匠方を何人か頼むやり方と独演会形式にして師匠をゲストに迎えるやり方などがあるようです。
 笑二さんの場合は独演会式にして師匠に客演をお願いしたわけです。
 当日かける演目もほぼ決定、発注した手ぬぐいも納品され、いよいよ準備万端整ったようです。

 あとは当日高座に上げる噺を稽古するだけですが、いろいろと誘惑もあるようです。

 
 
 
-ヒビレポ 2014年6月2日号-

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