買ったなら読め! 第10回

取っておきの一冊

 
海江田哲朗
(第12号で「劇団カクスコ 11年後のカーテンコール」執筆)
 
 
 
 積読のなかには、あえて手に取るのを控えている本がある。機が熟すまで、寝かせている一冊。といっても、中身が変化するはずもなく、あくまで読む側のコンデョションの問題だ。落ち着いた気分でじっくり読み進めたい。さっさと慌ただしくページをめくり、はい読み終わったと済ませたくないのである。
 

 
 昨年12月に出版された、山田太一の『月日の残像』(新潮社)がそれだ。現代を代表する脚本家のひとりで、崩壊していく家族を描いた『岸辺のアルバム』や、大学生から社会人の青春群像を描いた人気シリーズ『ふぞろいの林檎たち』(ともにTBS)で広く知られている。小説も書き、『異人たちとの夏』(新潮文庫)では山本周五郎賞を受賞している。

 
 本書は、季刊『考える人』に9年間にわたって連載したエッセイをまとめたものだ。この一冊に9年だよ。しかも、『誰かへの手紙のように』(マガジンハウス)以来、11年ぶりのエッセイ集である。考えがあって、エッセイの仕事は意識的に遠ざけていると聞く。めったなことを言うものではないけれども、この状況から考えて、先々そう何冊も読めるとは思えないからファンとしては扱いが慎重になるのである。

 ああ、いいなぁとあらためて思った。

 東日本大震災、巨大津波、原発事故のあとに連発された「絆」と、対極の言葉のようにある「ひとりカラオケ」「孤独死」を絡めて、〈いわゆる「孤独死」をただ痛ましく悲惨のようにいう人がいると、それは近所の人たちの迷惑にはちがいないから早く死亡に気がつくというような対策は必要だが、悲惨という言葉でくくってはいけない「孤独死」もあるのではないか〉、〈「絆」に救われる現実もあれば、「ひとりカラオケ」に救われる現実もあり、それは別の人のことではなく、両方の現実を同じ人間が生きているというようなことを思うのである〉と、それになじめない人がいることを思いやる。

 松竹撮影所時代、助監督についた木下恵介監督との思い出を語り、〈長くつき合いのあった人というものは、案外回想が書きにくいものかもしれない。エピソードでふりかえると、つき合いの芯であった平凡な日々をとりこぼしてしまうような――。どんどん本当の人と離れてしまうような――〉と、逡巡する。

〈「なごやかになれる人」は「なごやかになれない人」を非難し、排除しがちだから怖い〉と読み、ふだんは置いてきぼりにしていることにふと気づかされる。

 老境に至ってなお、いつまでも心のやわらかい部分、揺れ動きを残している人なのである。そうして、家族との思い出、交流のあった寺山修司、向田邦子、市川森一らとの日々を鮮やかな筆致で描きだす。センチメンタルの一歩手前で踏みとどまり、ときのはその向こうまで突き抜けてしまうのが山田ドラマの根底に流れるのと同じで、僕はページをめくる手が止まったり、唐突に胸がざわざわ、おろおろしたりして心中穏やかではなくなる。

 一方、畏れ多くも自分と重ねて、無邪気に喜んだところもあった。

 著者は、20代から30代にかけて、読んだ本から印象に残った文をノートに抜き書きする習慣があった。そして、あるとき問題に直面する。
〈しかし私は、そのうち妙なことになって来た。自分の言葉で文章が書けなくなって来た。抜き書きする先人の文章に比べて自分の書くものはいかにも貧弱だった。いつの間にか竦んだようになって、抜き書きしかできなくなっていた〉

 抜き書きの習慣については、ライターの仕事をしていれば誰もが身に覚えがあるのではないかと思う。ご多分に漏れず、僕もそう。原稿で引用が必要なときに備え、またはヒントになりそうな言葉をメモっておく(最近は主にEvernoteを使用)。メモ帳から引っ張りだした関連づけたい言葉が先にあり、どうにか結びつけられないかと原稿をいじくりまわしてドツボにはまる。これが僕の陥る最悪のケースだ。そっかー、あの山田さんでも抜き書きに引きずられたりしたんだ。じゃあ、しょうがないやと気がラクになった。

 2、3年くらい前、そのへんの影響されやすさを自覚した僕はやり方を変えた。引用は正確に行うのが先人への最低限の敬意の示し方だから、それはそれで出典がわかるようにきちんとやる。ただ、なんでもかんでもメモるのはやめた。とにかく、沁みこめ〜、俺のなかに沁みこめ〜とアホみたいに念じながら読む。本書もそうして、ゆっくり時間をかけて読み終えた。

 
 
 
-ヒビレポ 2014年6月6日号-

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