ぜんざのはなし The final 第10回


公園にて

 
島田十万
(第14号で「カジノディーラー『K』の日常」を執筆)
 
 
 忙中閑あり。
 昇進の会まであと2週間という、ある晴れた日、思いがけなく休みがとれたという笑二さんを訪ねて公園を覗いてみました。
 ときおり吹き抜ける乾いた風が気もちよく、暑くも寒くもない絶好の公園日和。
 いつものように入り口近くのベンチにパンパンに膨れあがった黒いバックパックと扇子、缶コーヒー、携帯などをならべて、笑二さんはリラックスしていました。
 若いお母さんと女の子が目の前のジャングルジムで遊んでいます。
 初めての独演会ですから、緊張していないことはないのでしょうが、まったくそんな風には見えない。稽古は充分しているし、チケットは完売したし、焦ったり心配したりということはないようす。

 公園も年中こうなら楽ですね?

「そうなんです。これからが厳しくなるんですよ。冬の寒さより、夏の湿気と蚊が最悪。東京は夏が辛いですね。沖縄より暑いくらい。雨の日は駅前のカラオケ屋に行きます。唄わないので、マイクいらないっていうと店員が変な顔しますけど」

 午前中は絽(ろ)の着物を注文しに行ってきたのだとか。絽、というのは薄く透き通った織物で、夏用の着物生地の一種。これで必要なものはすべて買いそろえたことになります。

「あとは笑笑に仕事を引きつげば、いよいよ前座卒業です」

 

 余談ですが、最近笑笑さんはずいぶん腕を上げたように思います。
 以前笑二さんは、もともと笑笑にはハンデがあるんだと言っていました。
 というのも、吉笑さんも笑二さんも入門前の何年か芸人として活動していたことがあります。落語ではないとしても人前でのパフォーマンスの経験は大きい。
 笑笑さんの場合は入門してから1年足らず。噺を覚えるのも、人前で喋るのも少しぎこちない感じがあった。
 それが、最近はグンと良くなった。顔つきも以前より穏やかになり、落語の世界に徐々に馴れてきたということなのかもしれません。

「今月末には、国立演芸場での立川流一門会が三日連続であります。それが最後の大仕事になります」

 息抜きもできませんね?
 
「まあ、そうでもないんですけどね(笑)。先日の日暮里の一門会のあと、駅近くの串揚げ屋に二つ目の兄さん2人と笑笑と私の4人で行きました。トリをとった師匠が、次の仕事で打ち上げに参加できないのでお金だけ(1万円)置いていって下さったんですよ」

 一門で次に真打ちになるのは誰なのだろうという話題も出たのですが、大半は女性の話とかたわいない話。落語論のようなのは普段からあまりしないのだとか。
 そのうち夜も更けて、兄さんのひとりが「朝まで飲むぞ〜!」と宣言したんだそうです。

「でも、朝稽古したいので私だけ先に帰ることにしたのです」

 兄さんの言葉は絶対なのでは?と思っていましたが、これには少し説明が必要かもしれません。直門の兄さんが朝までと言えば否も応もないのですが、立川流とはいえ別門の兄さん方(真打ちは除く)の場合は、それほど絶対的な関係でもないらしいのです。

「それはいいのですが、日暮里から新宿経由で帰宅してみると間なしに『新高円寺に着きました〜』と笑笑からメールがあったんですよ。それで、えっ?えっ?えっ?と思っていると『コンビニの前です〜』『ファミレスの前です〜』と矢継ぎ早のメール。どうやら3人でマンションに向かっているらしいんですね。
『やめろ!やめろ!笑笑、やめてくれ〜!』と返信したのですが時すでに遅し。『マンションに到着しました〜〜』というメールとほとんど同時に、部屋の郵便受けの隙間から『笑二ぃ〜笑二ぃ〜』というちょっと遠慮した声がするんです。よくよく聞いてみたら笑笑なんですよ。第一、マンションの場所も部屋番号も笑笑しか知らない。笑笑が兄さんたちを案内しやがった!と思ったのですが、稽古をしたいので布団をかぶって寝たフリしました(笑)」

 それはさすがに厳しいでしょ?(笑)

「もちろん兄さん方には翌朝すぐに電話でお詫びしました。『昨夜は申しわけありませんでした。寝てはいなかったのですが、どうしても朝稽古をしたかったので知らんぷりしました!すみませんでした』」

 ええっ!正直すぎない?

「どうせバレているに決まっていますよ。お二人にはゆるしていただきました」

 大阪から上京して以来、公園滞在時間が一番長いという稽古熱心で知られる笑二さんですし、昇進前ですから先輩もとがめる気にはならなかったのでしょう。

 あとは笑二さん、月末の談笑一門会での高座をつつがなく終了できれば、いよいよ二つ目昇進です。

 
 
 
-ヒビレポ 2014年6月9日号-

Share on Facebook