買ったなら読め! 第12回

美しさはそこにある

 
海江田哲朗
(第12号で「劇団カクスコ 11年後のカーテンコール」執筆)
 
 
 
 美しいものを、美しく語りたい人なんだ。川本三郎の『東京残影』(河出書房新社)を読み、しみじみそう思った。

 東京を語るうえで、手がかりはそれこそいくらでもある。世界有数の経済都市であり、流行の発信地であり、政治の中枢だ。だが、著者はそこに重きを置かず、映画や小説などの小窓から見える東京をとつとつと語る。

 山田洋次監督の『下町の太陽』を切り口に江東区や墨田区の下町に立ち並ぶ町工場の風景を、場末を愛したつげ義春の作品を通して薄暗い路地の一角を、晩年不遇であったとされる永井荷風の足跡をたどりながらかつての東京の風景をひとつずつ拾い上げていく。

 町歩きの楽しみを訊ねられた著者は、このように話した。

〈私にとって、都市生活の一番の魅力は匿名の個人になれる心地よさなんです。だから、散歩といっても周りじゅう知っている人ばかりの自分の家の近所を歩くというのはいやで、全く知らない町に行って、知らない居酒屋で酒飲んでいるっていうのがたまらなく好きなんです。一人になれるのが都市生活の最高の贅沢だと思うから、一人になるために町を歩いているともいえます。それに、一人で歩いていると、いろいろなことを考えるじゃないですか。この忙しい、人間関係が複雑な都会ではそういう貴重な時間はなかなか持てませんから〉

 
 あるとき、葛飾区の青戸に出かける。駅前の商店街に、中年の夫婦がやっている居心地のいい居酒屋を思い出したからだった。

〈ビール一本でいい気分になった。居酒屋を出て、商店街を抜け、狭い路地をあてもなく歩いた。日が暮れてあたりは暗く、寒かった。路地の向こうに黒々とした土手が見えた。それを一気に駆け上がると中川だった。川はゆっくりと静かに流れていた。土手の上には人影はまったくなかった。風景のなかに身体が消えていくようだった〉

 どうってことのない描写なのだが、僕はそれを美しいと感じる。

 また、その時代の東京を生きた作家の追想録としても楽しめる。昭和初期のモダニズム作家である龍膽寺雄、ランティエ(利子生活者・高等遊民)たらんとした澁澤龍彦、ロマン主義を通した佐藤春夫、引っ越し魔の内田百閒、リベラルなジャーナリストと有名ながらじつは小説も書いた長谷川如是閑などが登場。実際のところ、僕は誰ひとりまともに読んだことがない。そのわりには面白く読め、機会があればうっかり本を手に取ってしまいそうだ。これが的確な映画・文学評論で知られ、読者をその気にさせる川本節というやつか。

 本書は、古き良き東京の回顧にとどまらない。時代とともに変わりゆく景色について、著者はリアリスティックなまなざしを向ける。

〈〝東京はダメになった〟〝昔の東京のよさはとうに失われた〟と「町殺し」の風景を嘆きたくない。東京は昔から破壊と建設を繰り返してきたのであり、いまさら嘆いてみても仕方ないし、東京に住んでいる以上、われわれもまた何らかの形で「町殺し」に加担しているのである。そして何度も何度も破壊と建設を繰り返しながらそのつど、また新しい風景を作り出していく東京の町の懐の深さには驚かざるを得ない〉

 そして、そこかしこに芽吹く今日の東京に美しさを見出していくのだ。

 美しいものを、美しく語る。今回はそれに尽きるなぁ。当たり前にできそうに思え、どれほどむつかしいことか。

 
 
 
-ヒビレポ 2014年6月20日号-

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