買ったなら読め! 最終回

さあ、書くぞ

 
海江田哲朗
(第12号で「劇団カクスコ 11年後のカーテンコール」執筆)
 
 
 
 このたびのヒビレポ連載もついにラストである。読まねばならぬと決めたおかげで積読エリアは多少なりとも縮小できたが、ややもするとまた積み上がっているから油断は禁物だ。いかにもテーマが重厚で後回しにしていた、門田隆将の『記者たちは海に向かった 津波と放射能と福島民友新聞』(角川書店)、加藤直樹の『九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから)なども、この機会に読むことができた。どちらも書かなければならなかった内的な必然が伝わってくる労作だ。詳しく紹介できる冊数が限られているのを残念に思う。

 締めくくりの一冊は、最初から決めていた。

 もっとも好きなノンフィクションの書き手は誰か。そう問われたなら、僕は後藤正治の名を挙げる。広島カープの名スカウト、木庭教にスポットをあてた『スカウト』(講談社文庫)、定時制高校のボクシング部を描いた『リターンマッチ』(文春文庫)、世界を魅了した女子体操の名手の過酷な半生を追った『ベラ・チャスラフスカ 最も美しく』(文春文庫)といった数多くの優れた作品があり、その影響を少なからず受けてきた。
 

 
 後藤正治の『探訪 名ノンフィクション』(中央公論新社)。出ている著作はほとんど読んでいるが、この本だけは容易に手が出せなかった。興味がありすぎたのだ。著者の胸に刻まれている作品を俎上に載せ、そこから波動してくる何かを解き明かす。可能な場合は書き手にも直接会い、取材過程や対象と向き合ったときの心境を聞いている。そこにはノンフィクションの技法、方法論、立ち位置や視座の持ち方など、貴重なエッセンスが詰まっている。そして僕は、読めば絶対に意識するに決まっている。安易にトレースしようとして、いまの実力では間違いなく失敗する。それが怖かった。

 本書で紹介されているのは、次の18編だ。

1 柳田邦男『空白の天気図』
2 本田靖春『不当逮捕』
3 澤地久枝『妻たちの二・二六事件』
4 鎌田慧『逃げる民』
5 ジョージ・オウエル『カタロニア讃歌』
6 立石泰則『覇者の誤算』
7 沢木耕太郎『一瞬の夏』
8 野村進『日本領サイパン島の一万日』
9 田崎史郎『梶山静六 死に顔に笑みをたたえて』
10 小関智弘『春は鉄までが匂った』
11 佐野眞一『カリスマ』
12 デイヴィッド・ハルバースタム『ベスト&ブライテスト』
13 柳原和子『百万回の永訣』
14 保坂正康『昭和陸軍の研究』
15 最相葉月『星新一』
16 大崎善生『聖の青春』
17 河原理子『フランクル『夜と霧』への旅』
18 立花隆『田中角栄研究 全記録』
対談 沢木耕太郎×後藤正治『鋭角と鈍角――ノンフィクションの方法論について』

 それぞれ著者が水先案内人となって、作品の骨子となる部分を浮き上がらせ、取材を交えてその魅力を紹介していく。僕が読んだことのある作品は、2、5、7、15、16。まだまだ蓄積が足りないなぁ。

 著者はもっとも好きなノンフィクションの書き手に本田靖春を挙げた。なるほど、と合点がいく。その本田は、阿佐田哲也(色川武大)と麻雀卓を囲む仲であった。自分の敬愛する人が線でつながれるのは、なんだかとてもうれしい気分になる。

 対談では、そうそうこういう話を聞いてみたかったんだよ、という垂涎もののやり取りが展開された。どのようにして対象に入れ込み、そのパワーが持続するのか。沢木との対話を通じて、後藤はこのように話している。

〈全面的である必要はないんだけれども、どこかで対象に対する肯定感があると前に進んでいく。(中略)肯定感にもいろんな種類があって、例えば江夏豊さんを主人公に『牙』(二〇〇二年)という本を書きました。ご存じのように、彼は引退後、覚醒剤の保持使用で捕まったりしている。そんな反社会的行為を働いた人間を取り上げるのはどうなんだ、ということも言われましたが、僕のなかにまずあったのは、グラウンドに立つ江夏の素晴らしさの記憶にほかならない。それでもう、書いてみたいという前提条件は成立していた〉

 また、ボクシングにかける若者たちの青春を描いた『遠いリング』(岩波現代文庫)についてはこう語った。

〈「後藤さん、ボクシング界っていうのは、あんなに〝きれいな〟世界じゃないんだよ」と幾度か言われた。こちらもジムに通い詰めたわけだから、興行の世界を知らないわけじゃない。けれども僕は、リングという場で一途に夢を追う少年たちの世界に魅入られたのであって、極論すればボクシング界がどれほど汚れていようが、そんなことはどうでもいいことだったのです〉

 ある世界を構築する要素には、書き手を強烈に惹きつける「明」があれば、裏側には「翳」の部分が必ず存在する。僕なんかは後者の存在がどうしても気になって、いやんなっちゃうことが度々あるのだけど、その態度はあらためて見直したい気持ちになった。肯定感を取り戻せなかった場合は、そこを去るしかないのだろう。

 僕にとっていいノンフィクションとは、読書の楽しみを与えてくれると同時に、刺激され、エネルギーをもらい、書きたい意欲が湧きあがってくるものだ。本書はそれを満たしてなお、あまりある一冊だった。

 
 
 
-ヒビレポ 2014年6月27日号-

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