わたしの日本ぽつぽつ北上記 第1回

yoshika

おじちゃんカー

 

佐藤温夏
(第16号で「どうしても柔道には惹かれてしまう」を執筆)
 
 
 

3歳のとき、家族で金沢を訪れたのが最初の旅の記憶です。
以来、プライベートや仕事で全国津々浦々に出かけてきました。
記憶をたどれば、いつもいつも
びっくりするようなできごとがあったわけではなく、
とりたてて書くべきことのないような旅のほうが多かったような気がします。
それでも、じんわり胸に響いてくるような思い出は確かにある。
そこで、これまで訪れたまちを北上しながら、
そこで出会った人や風景、できごとについて
ぽつぽつ書いてみようと思います。


 
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スタートは熊本県の山鹿市にしました。
最南端の沖縄からはじめようかと思いましたが、
とくべつに書き留めておきたいことが浮かばないので、九州からはじめます。
  
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 うぶぶるつもりはないけれど、その旅は、それまでの自分の生活圏にはいなかったジャンルの人と出会うことになった。
 その年はあちこち出かけることが続き、10月はその総仕上げのような月だった。上旬から10日間ほどの海外出張があり、大量の原稿を仕上げてほっとしたのもつかの間、おおわらわで支度をすませて4泊5日の国内出張に出た。

 目的地は熊本県北部にある山鹿市。国体(国民体育大会のこと)の取材だった。
 熊本空港からタクシーに乗る。するとまもなく木々の茂る気持ちのよい道に出た。
 緑が目に染みるってホントだな。そんなことを思いながらぼんやり風景を眺めていると、運転手のおじさんが話しかけてきた。
 お客さん、仕事? えぇ、国体の取材です。あぁ国体ね。いつまで? 
 黒縁めがねに短く刈り込まれたごましお頭、目尻には深いしわが刻まれている。60代後半あたりだろうか。白い半袖シャツからのぞく腕は日に焼けて、黒光りしていていた。
 おじさん、すごい日焼けしてるね。こっちはまだまだ暑いんだね。
 そんななんでもないやりとりを交わしながら40分ほど走ると、まもなく宿泊先のホテルに着いた。

 翌朝、カメラマン、そして記者仲間と合流し、大会会場に向かうためホテルのフロントでタクシーを呼んでもらった。10分ほどしてやって来たのは、昨日のおじちゃんだった。
 偶然ですね。昨日空港から乗りました。おぼえてます? うん、きょうもよろしくね。おじちゃんは照れくさそうににっと笑った。
 15分ほどで会場に到着し、私たちはそこからせっせと取材活動にいそしみ、午後3時過ぎ、1日目が終わった。
 さぁ撤収しようとタクシーを呼ぶと、やって来たのはまたあのおじちゃんだった。
 
 これを偶然と喜んでいいのか。県境の小都市とはいえ、人口は約5万人。3回連続で同じ運転手さんに当たるのは、あまりに高すぎる確率だ。これはターゲットにされていると思っていいレベルではないだろうか。
 まさかこちらの1日の行動をチェックしているわけではないだろうから、おそらく配車無線で私の名前を聞いて(サトウというありきたりな名前だが)、あたりをつけてやって来たのだろう。きっと私たちを上客だと見込んだのだ。

 確かに毎日ホテルと会場の往復で最低でも4000円程度は落とすから、上客の部類と言っていいのかもしれないが、それにしても、だなぁ。また会ったね。おじちゃんはまた、にっと笑った。
 しかし、そんなおじちゃんよりも気になることが私にはあった。このあとは日帰り温泉に寄ろうと決めていたからだ。
 山鹿は古くからラジウム温泉の湧く温泉場として知られており、出張が決まったときから、これは行かねばなるまいと、温泉ざんまいプランを立てていた。
 温泉は期待通り、じんわりあたたまるとろとろの湯で大満足だった。
 入湯料は300円とリーズナブルなうえに施設は清潔。一緒に動いているカメラマン、記者仲間も気に入ったようだ。よかった。明日以降も、必ず来よう。そんな計画にうきうきしつつ機嫌良く外へ出ると、いる。おじちゃんが、涼しい顔して待っていたのである。

 もう笑うしかなかった。しつこすぎる。しつこすぎるんだけど、その職業的しつこさに脱帽だ。
 こうなったら指名してしまったほうが話は早い。どうやら地元のタクシー会社のれっきとした社員さんのようだし、同乗の2人もいるからさしたる心配もないだろう。肝心の運転面も、遠回りをするでもなし(たぶん)、むちゃくちゃに飛ばすわけでもないから、悪くない。私たちは、5日間の滞在中、おじちゃんカーでいこうと決めた。
  
 
 その選択は正解だった。おじちゃんの仕事ぶりはまじめそのものだったからだ。
 朝は8時前に現れてホテルから会場へ私たち3人を送り、3時すぎには会場からピックアップ。温泉へ運んで、そしてホテルへ送りとどける。
 警戒していた地元の居酒屋等への営業もなく(店側と結託し、誘導したりする運転手がときどきいる。おいしい店ならラッキーだけどいつもそううまくはいかぬ)、そのうえ迎車料もいっさいとらない。
 ただ、決まった時間に決まった場所にやってきて、私たちを目的地へ送りとどける。儲けに走らない、誠意ある仕事ぶりに私はすっかり感心した。

 しかし、勝手なもので、4日目ともなるとその忠犬のような一途さが、ちょっと重たくなってきた。
 とくに毎日、温泉の外で待たせておくのがどうにもしのびなく思えてきたのだ。
 正確には、待たせているのではなく、あくまで予約をしているだけなのだが、私たちの入湯中、他の客を乗せている気配はなく、あきらかに温泉施設の駐車場で待機している。それにひきかえ私たちときたら。
 毎日半日仕事をしたかと持ったら、温泉に直行し、湯気をたてて出てくる。なんてお気楽なご身分なのだろう。

 そこで私はおじちゃんにひとつ提案した。ねぇ、おじちゃんも温泉に入ったら? きょうも待っててくれているんでしょう。休憩ということにして、せっかくなら入ったらどうかな。
 そうだよそうだよ、入ろうよ。同乗の2人も同意した。男性のカメラマンは裸のつきあいを歓迎しているようだ。なんなら毎日のお礼に3人で入湯料を払うというのもいいかもしれない。ここはおじちゃんに素直に甘えてもらってかまわない。いや、甘えてもらおう。我ながら悪くないアイデアだと思った。
 しかし、運転席のおじちゃんは意外なコメントを返してきた。
 おじさんはいいんだ、身体がよごれてるから。 
 何言ってるの、おじさん。オレたちだって毎日たっぷり汗かいてきたないんだ。いっしょにそのよごれ落とそうよ。そうだよそうだよ、入ろうよ。同乗の2人はなおも続けた。おじちゃんは苦笑いを浮かべて、いいんだいいんだ、と繰り返した。

 そのやりとりを聞きながら、私は空港からの車内でのできごとを思い出していた。どういう流れだったか忘れたが、おじちゃんは身の上話をとつとつと語りはじめたのだった。
 自分は数年前にこのまちにわけあって越してきた。ここの生まれでもなんでもなく、親戚がいるわけでもない。縁もゆかりもない土地だ。
 これまでいろんな仕事をしてきたが、タクシーの運転手になったのは初めてだ。家族はかあちゃん(奥さん)がいるが、関西で働いていて離ればなれで暮らしている。

 じゃあちょっと寂しいね。私が言うと、まぁね、仕方ないさな。そう言っておじちゃんは、左手をするっと伸ばし、名刺を一枚差しだした。
 白い台紙には、家紋らしきアイコンと「大日本○○○○会」とかいういかめしい名称の団体名、そしておじちゃんであろう人の名前が「代表」として、太い明朝体で刷られていた。
 
 ぎょっとした。当時26歳、世情に疎い私であっても、その名刺がある種の思想信条を表していることくらいはすぐにわかった。
 出張先の、乗ったばかりのタクシーでいきなりそんな態度表明をされて、さて、どうふるまえばいいのか。これは凄まれてるのだろうか……? 
いや、そんな感じはまったくない。おじちゃんは変わらぬようすで、おだやかに、のんびりと安全運転を続けている。
 しかし、どうリアクションしていいのかどぎまぎした。
 どぎまぎしていたら、車内が次第に居心地悪く感じられ、名刺を受け取ったはいいが、話はそれきりになった。

 国内の温泉施設やプールの入口にはたいてい「入れ墨やタトゥーのある人の入場お断り」という掲示がある。
 おじちゃんの言う「よごれ」とは、このことを言っているのかもしれない。もしそうであるなら、温泉に入ったところで流れるものなんかじゃない。

 へんなお誘いをしちゃったな、悪かったかな……。
 ちょっと思ったけれど、本人に確かめなかったから本当のところはわからない。
 あの日のおじちゃんは、たとえば昼間に農作業をしていて、泥よごれを落とす間もなく乗車していたかもしれないのだ。

 翌日、取材を終えた私たちは、そのまま熊本空港へ向かった。
 クルマから荷物を降ろすのを手伝ってくれたおじちゃんは、並んで立つと私とほとんど背丈がおなじだった。意外とがっしりとしていて、身のこなしは軽く、若々しかった。

 その後、国体の取材のために毎年あちこちに出かけたけれど、どんな土地を訪れ、何をして過ごしたか、他の出張とごちゃまぜになってはっきりと思い出せない。
 ましてタクシーの運転手さんのことなどまったく覚えていない。
 なんというおじちゃんのインパクトの大きさよ。
 おかげで、あの出張旅行は記憶の底にふかく、ふかく刻まれている。

 
 
-ヒビレポ 2014年7月4日号-

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