こしょこしょ話 第2回

sumimoto

アリスにならって出かけてゆく

 
住本麻子
(第16号で「東京駅でプチ帰省」を執筆)

 
 
 
アパートの一階に最初の張り紙があったのは、一ヶ月くらい前のことだ。

「7日(土)午後5時より101号室にてTEA PARTY を開きます。お気軽にどうぞ」

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TEA PARTY……って何だ。誰が。何するんだ。
そもそもお茶会じゃなきゃだめなのか。

私が住むアパートは女性のみで、特に変な人なんかも住んではいないのだが、特に和気あいあいという感じでもない。
そういうところがドライで東京ぽくて私は好きなのだが、こういう張り紙は四年住んでいて初めてだ。


 
筆跡からいって大家さん(NHKの調査員出入禁止!の張り紙と一緒だったし)だろう。
どうやら空き部屋を利用しようということらしい。
このアパートにもやはり交流が必要ということなのかな。
と思いつつ、特に用事があったわけでもなかったが、私は行かなかった。
でも張り紙は次の日もあった。
 
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英会話なのか。先週も?
それは大変重要な情報ではないですか。
「わたし英語できなくていい…一生日本でくらす」っていう女子が来ちゃったら悲惨だ。かわいそうだ。
クール&ドライ東京で人と人との潤いを、と思って来たら、東京砂漠越えてインターナショナルに砂漠でした。……うわー、かわいそう。入居したてとかじゃないといいが。

と要らんお世話を感じたものの、私自身はかなり興味を持ち始めていた。
私は一度も、英語が楽しいと思ったことがない。しかし必要は感じている。
日本文学専攻とはいえ、英語の論文を読むことだってある。まだないけど。
留学生の同級生も多い。まだ全然喋れてないけど。というかみんな日本語ペラペラなのだけど。
とにかく日本文学だって日本人だけのものじゃないのだ。
日本語だけの文学なんてもうありえないのだ。

それにTEA PARTY と言えば『不思議の国のアリス』(ルイス・キャロル)だ。
私は去年出入りしていたゼミで、『不思議の国のアリス』を取り扱うことがあった。

そこで私にとって印象的だったのは、ルイス・キャロルが大変な変態・幼女好きだったということ。
そしてイモムシやらマッシュルーム(何のメタファーか想像してほしい)やらを幼女と並べて描かれている『不思議の国のアリス』はなんてやらしい話なんだ。と、とにかく『不思議の国のアリス』をどれだけエロく読めるかを話し合うゼミだった。これはけっこう楽しかった。
先生は高名な方でゼミ生はみんな頭がキレて……とにかくすてきな人たちで、多分それぞれが、少しずつ変態だった。
私は正規のゼミ生ではなかったけれど、本当によくしてくれた。

アパートの大家さんが変態ではなかったとしても(むしろ微塵たりとも変態でないことを祈る)、人が集まるところに飛び込んでいくのは面白いことが多い。
それにアリスだって、呼ばれもしないTEA PARTYにずかずか行ったんではなかったか!

その日は用事があってたまたま行けなかったのだけど、私は次の貼り紙を待った。
そして。
 
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心なしか、字が弱気だ。
誰も来ないんかなあ。今回は英語じゃないんだろうか……と謎は深まるばかりだったが、とにかく日を待って行ってみた。土曜の夕方、いざ101号室にポンピン。

ドア口に出たのはやはり大家の小母さんだった。
「あのねえ、私も英語しゃべれないんですよお。でもね、気兼ねなくねっ」
小母さんがあたふたしながら、全身で歓迎してくれる。初老の女の人が気恥かしそうに慌てると、何だかかわいい。
部屋に入ると、大家さん夫婦と見知らぬ女性が座っていた。どうやらこの人が英語の先生らしい。
「ハイッこれ☆」と【ASAKO・S】の名札を渡され、「紅茶でいいですか」と聞かれると、コーヒー党の私はあいまいに聞かれてうなずいた。

そこからは全部英語。怒涛の勢いで流れ込んでくる。
発音イイネ☆などとおだてられていい気でいられたのは最初のうちだけで、あとは繰り広げられる会話に訳知り顔で「アハ?ンフ?」と相槌を打つのが精一杯だった。
しかしぼーっとしてもいられない。大家の小父さんのマレーシア旅行の思い出を聞きつつお茶菓子に手を伸ばし、(おっこれ洋菓子ウエストhttps://www.ginza-west.co.jp/じゃん…)などと気を抜いていると「お前も何か質問しなさい」と突っ込まれる。
「どーしてそんなに英語がじょーずなの?」と軽い気持ちで「話せば長くなる……」という先生に、これまた軽い気持ちで「ききたーい!」と言ったところほぼ半生を語らせることとなった。
しかしこれも人に歴史ありというか、なかなか聞き応えのある人生だった。英語の堪能な姉の影響で英語に興味を持ち始め、アメリカのアパレル会社に就職後、日本の商社に転社してバイヤーに。商談はホテルで三日間缶詰になってやる、とか一回で5億くらい売るとかをサクッと言うので、「ワオ!」と言いつつあまりにも馴染みのない話なので聞き間違えたんじゃないかと心配でならない。
ひやひやしているうちに、なんだかだんだん聞き取れなくなっていったところで、今日はここまでにしましょうかという日本語が聞こえてほっとした。

全然ダメだったな、と落ち込む私に、大家の小母さんは「次は2週間後なの」とにこにこして微笑んだ。実際、私はまた行くと思う。
全然ダメだったけど、最初からうまくいったものが私には本当に一つもない。
ゼミでもそうだが、出かけて行って学びに行って、打ちのめされて、ほんのちょっとマシになったような変わらないような、そんなことばかりだ。
それでも毎度、陽気に出かけてゆく。
大家さん夫婦が変態でなくて本当によかったけれど、私の方はわからない。

壁にはアパートの住人全員の名札が並んでいる。
今回初めて名札が活躍したとのこと。
小母さんには「友達誘ってみます」と言ったけれど、しばらく独り占めしたい。

 
 
 
-ヒビレポ 2014年7月10日号-

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