初めまして津島ですけど、いい年なんで大人やってます。  第4回

tsushima

探偵の話(一) 面取り

 
津島千紗
(第16号で「探偵失格」を執筆)
 
 
 
 
 季刊レポ16号に書かせていただいたとおり、私の前職は探偵である。
 とはいうものの、私は尾行を調査対象者に気付かれることが多く、また尾行中に対象者を見失うこともしょっちゅう(ちなみに探偵用語で「失尾」と言う)のへっぽこ探偵であった。
 しかし、それは実際にやってみてからわかった自分でも予想していなかった探偵能力の低さであり、探偵社に就職が決まった当初、私が心配していたのは全く別の二点だった。

 まず一点は、張り込みで居眠りをするのではないかという危惧だった。私は学生時代、とにかく授業中など眠りまくっていた。また、探偵社に入る前の会社でも、もちろん仕事中に居眠りをしていた。こんなタイプの人間が数時間も動かずに出入り口だけを見つめ続ければ、どうなることか? 結果はあえて言うまでもない。

 そしてもう一点は、私は非常に人の顔を覚えるのが苦手だということだ。探偵として致命的といえる。

 大学時代はとにかく同じクラスの人やサークルの新入生の顔が覚えられずに苦労した(大学生って結構均一的な顔と服装をしている。特に田舎から出てきた大学一年生の特徴の無さは異常だ)。日常では、よく行くコンビニや飲食店、ビデオ屋等の店員の顔も一切覚えていないし、自分と関係する部署以外の会社の人と社外で会った場合も全く気付かない。AKB48なんかも、ある程度の人気メンバーは把握しているが、他はだいたい区別ができないし、大島優子と高橋みなみも最初はどっちがどっちかわからなかった。東京に住んでいても、街で芸能人に気付いたことは、ほぼ無い。


 
 こんな私が、調査対象者をうまく見つけられるのか不安で仕方がなかった。「出てきても顔がわからなかったらどうしよう……会ったことのない知らない人を数枚の写真を見ただけでわかるものなのか?」とドキドキしながら初めての張り込みをしたことを覚えている。その調査自体はすでに何度も行われたものだったので、先輩たちが撮影した対象者の写真を何度も何度も見た。
 退勤時の調査で従業員出入り口を張っていたのだが、対象者が出てきた瞬間、わかった。あ……! あの人だ……。自分も続けて動き出そうとしたところ、「対象者、わかった?」と先輩に小声で聞かれた。「はい、わかりました!」と答え尾行が開始された。探偵初日は順風満帆だった。

 ビギナーズラックであるとか、たまたま相手がわかりやすい風貌だったからだとか、直近での写真があったからだとか、しばらく自分を疑い不安に思っていたのだが、どうやらそうでないこともわかってきた。対象者の顔がわかるのである。「いや、私これ無理です。こんな特徴のない人覚えられないっすよ」など事前に言っていたような風貌の対象者でも、実物を見た瞬間、なぜかスパーンとわかる。実際、なぜわかるのかがわからない。女子中学生が、校舎の三階からでも校庭に同じ体操服で何百人もいる男子の中から好きな男子をピンポイントでとんでもない速さで見つけるのと同じイメージだ。勝手に目が対象者を見つけてくれるのである。
 へっぽこ探偵だった私の唯一の優れた能力がこれだった。

 なお、対象者の顔を認識することを探偵界では「面取り」と言う。二回目以降の調査は随分楽だが、初回調査では、対象者を見るのが初めてになるので、非常に面取りが重要となる。依頼人から対象者の写真をもらっている場合は、それを手掛かりに対象者を見つけることからまず始まるのだ。一戸建てやその部屋のドアの開閉がわかるようなアパートに住んでいる場合はもちろん簡単だが、何十、何百世帯もあるようなマンションの出入り口や勤務先や駅の改札からの調査となると当然面取りの難易度は上がる。
「あれかもしれない、うーんでも違うかも。よくわからん……」
 という場合も当然出てくるので、その場合、そう思った人が一人でしばらく尾行し、やっぱり違うと思えば戻ってくるし、やっぱりそうだと思ったらすぐに連絡して呼ぶというようなチームプレイを現場ではしているが、私の「たぶんあれで合ってる」はかなり当たる。先輩たちなんかけっこう間違っていた。尾行の失敗で怒られたときは、内心
「いや、私がいなかったら面取りできなかったんじゃねえの? そもそも調査すらできてませんけど? 対象者の面取りできてなくて私に教えてもらったくせに偉そうにこの野郎」
 など思うこともあった。私の面取りのおかげで調査ができた案件などたくさんあったのだが、尾行がバレるなどの失敗があまりに致命的すぎて、全然褒められなかった。探偵界では、面取りがうまいだけでは探偵として認められないのだ。当然か。

 ところで、依頼人から事前に渡される写真は、わかりにくいことも大変多かった。拡大すると画質が悪くなる集合写真の中の一人ですという写真や、遠めで顔がよくわからないような写真などを「これしかないんです……」と申し訳なさそうに渡されることも多い。当然面取りが難しくなるのだが、そういう案件は、だいたい「大切な人のはずなのに堂々と写真も撮れない間柄」や「なんかワケあり」だったりするわけだ。写真なんか一枚もないという場合ももちろんあるが。

 それとは反対に、完璧に顔や体型がわかるような写真を何枚でも提出してくる依頼人ももちろんいる。これは女性に多かった。そういう人は本人の気合が違うので、服装や持ち物についても細かく情報を与えてくる。「これだけ写真や情報もらっといて面取りできなかったら言い訳できないよね」というレベルで、がんがん出してくれるとプレッシャーではあるが、当然助かるし、まあ面取りできないことはない。

 また、依頼人が最近の写真を持っておらず、昔の写真しかない場合もとても多い。この場合、年月の経過により対象者の風貌や雰囲気が極端に変わっていることもある。太った痩せたで随分人の印象は変わるし、服装や髪形、表情でかなり変わってしまう。変わらないのは耳の形ぐらいだ。

「何年も会っていないから見た目が変わったことを知らなかった」というのは仕方がないと思うのだが、「普通に今も対象者と会っている」依頼人が、風貌がすっかり変わってしまった写真を平気で提出して黙っていることが非常に多いのが理解できない。これは男性に特に多かった。普通の感覚なら
「今はこの写真よりもかなり太ってます」
「写真では眼鏡ですが、かけてないこともあります」
「この写真はスーツですが、普段の服装はジーンズとかが多いです」
 などちょっと一言言いませんかね? 私なら絶対言うと思うのだが……。結構な大金を探偵社に払っているのだから失敗されたくないだろうに普通言いませんか? 解できないと思うのは、すでに私が探偵感覚で一般的な感覚がなくなっているからなのかよくわからないのだが、普通、言いませんか? ねえ。

 ひどかったので覚えているのは、写真では、真っ黒なガングロ顔に金髪、カリカリに痩せており、南国の鳥のような派手なギャル服を着てギャルメイクがっつりの対象者で、「こんなやつ出てきたら一発だ」とみんな油断していた案件だ。しかし明らかに出てくるはずの時間を過ぎているのに、そのようなギャルは出てこない。二度目の調査では仕方なく、同じ年代の女性が出てくるたびに全てを撮影し依頼人に「二度目の調査をしたのだがやはり出てこなかった。出てきた女性は全て撮影したが念のため確認してもらえるか」と見せた。すると、その中の、地味な服装で真っ黒な髪を一つにひっつめ、色白のナチュラルメイクで若干ぽっちゃりしている女性を「彼女だ」と依頼人が確認したのである。写真とは全くの別人だ。
「これかよ!!!」
「これはわっかんねえわ!!」
 と事務所は騒然とした。
 ずっと会っていなくてその間に彼女がギャルをやめたのなら、わかる。が、今も会っているんだから、写真とは別人になっていること、普通、最初に言わないのか? やる気あんのか? しかし、その後調査に何百万円も使われたことを見ると、もちろん依頼人は本気なのである。本当に謎だった。私はこの初回と二度目の調査には参加していなかったが、当時面取りには自信があった私もこれは無理だったと思う。

 さて、この面取り能力が現在私の日常生活で発揮されているかどうかなのだが、残念ながら、人の顔を全く覚えられないままの何も変わらない私がいる。

 なぜなのかを考えると、私が普段0.2の視力のまま裸眼で主に生活していること(探偵の仕事の時は眼鏡やコンタクトをしていた)、またあまり人の目を見て話さない癖があること、顔が覚えられない相手はどうでもいいことなどが考えられる。単純にあまり見ていないだけかもしれない。実際、好きな相撲に関しては力士の顔や名前などいくらでも覚えているではないか。

 探偵の仕事のときは、へっぽこ探偵ながら一生懸命やっていたから気合かもしれない。なお、探偵社の同僚が
「探偵に依頼されるような人は負のオーラが滲み出てるからそれでわかるのではないか」
 と言っていた。それもある気がする。
 本当にいまだに、なぜ探偵時代、面取りがうまかったのかわからない。

 
 
 
-ヒビレポ 2014年7月22日号-

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