こしょこしょ話 第4回

sumimoto

気づけば目で追う消防車

 
住本麻子
(第16号で「東京駅でプチ帰省」を執筆)

 
 
 
何日か前にボヤがあった。その日は朝からサイレンが雷みたいにうるさくて、それで起こされた。外に出ると真っ赤な消防車が四五台停まっていて、主婦や老爺などの野次馬が五六人、建物の方を見ていた。一瞬私も野次馬に混ざってみたが、ほとんど終息したようだったので私はそっと現場を離れた。これが一週間くらい前のこと。

それから昨日、また消防車を見かけた。遅い昼飯を買ってアパートに戻りかけたとき、ゆっくり徐行する消防車が目に入った。一週間前の火事の光景が印象深く残っていたのだと思う。腹が減っていたし早く帰りたかったのだが、つい私はくるんと体をひるがえして消防車のあとを尾けた。いや尾けた、というほど人目をはばかってはいない。消防車は後ろに窓がないし、バックミラーもないのなら見えないだろうと思って、むしろ堂々と追いかけた。しかし消防車のミラー事情ってどうなっているのだろう? ググってみたが、しっかりした情報は出てこない。総合的に判断して、「バックミラーは、ないっぽい」というくらいのことしかわからない。常識なのか。私が無知なのか、誰も興味がないのか。
消防車は急いで現場に駆けつけなければならないのだから、徐行しているのは珍しいような気がする。しかしそのとき、消防車は確かに徐行していた。何をするのだろう、と思いながら数十メートル追いかけると、消防車は民家の合間で止まって、数名の消防士がアパートの中に入っていった。私はしばらく消防士らが作業をするのを見送ってから、帰った。堂々と追いかけたわりには何もできなかった。


 
そして今日、また消防車を見た。ボヤがあった場所の前に止まっていたのだ。私は急いで消防車に駆け寄って、消防車を眺めた。運転席には消防士が一人座っていて、忙しげに無線で連絡を取り合っていた。私に気づいた消防士は不審げな一瞥をくれた。目が合った瞬間、私は逃げるようにその場を立ち去った。

このときの私はもう、消防車(消防士コミで)に心を鷲掴みにされていた。私の気持ちは「今まで何の意識もしていなかったクラスメートとが急に気になりだした」中学生の心理と同じだった。三回連続で席が近くなった、という偶然を運命だと拡大解釈してしまうアレだ。私、消防車のこと好きかも。いや、消防車が私のこと好きなのかも。こんなによく会うのは、偶然を装って消防車が私に会いに来てくれているに違いない。そうでなければ神様の思し召しあるいは運命のいたずらなどなど。

そうなってくると些細なことでも気になってくる。火事がないときはどうしているの?あのとき民家で何してたの? バックミラーはあるの?ないの? 後ろ見えてるの?追いかけた私のこと、見えてたの――? などなど。

しかし直接聞くのが恥ずかしいのが中学生である。まずググる。するとざっくりした消防士の仕事内容が出てきた。
 
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大まかには【火災・救急・救助・指令室・訓練・予防・防火指導・広報】の8つのようだ(なお、この分け方はサイトによって異なるもよう)。しかしこれではよくわからない。私が気になってしょうがないのは、消防車であって、消防士の仕事ではない。しかも消火活動をしていない消防車だ。直接聞くのは恥ずかしいけれど、大胆不敵にも好きな人の親にはあれこれ聞けちゃうのが中学生。いや私は大学院生だけど、これはもう聞きに行くしかない。近くの消防署を探していたら四谷に【消防博物館】なるものがあるとわかった。博物館ならあれこれ聞いても不自然ではないし、ここなら歩いて行ける距離、これは行くしかない。

そして歩くこと30分、32℃という暑さの中、汗を垂らしながら辿り着いた消防博物館。
 
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なんと…
 
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休館日でした!

私は痛感する。思いつきで行動してはいけない。下調べをして、よく計画を練ってから行動に移すべきだ。それが恋であってもだ。恋ならばなおさらだ。
しかし私は中学生ではないので知っている。こういうとき「ショック過ぎて立ち去ることすらできないポーズ」をしていると、必ず誰か声をかけてくれるのである。

「もしかして博物館ですか? 今日休館日なんですよ」
「えー!? そうなんですかあ…休館日かあ。いやあ、ふらっと来てみたんですけど…(中略)ところで消防車って火事のないとき何してるんですか? 」
「訓練とかですねえ(消防士と聞き間違えている)」
「…あ、あと、火事のとき以外も消防車を見るんですけど、あれは? 何か点検してるんですか?」
「点検もありますし、あと運転の練習ですね」
運転の練習?
「しばらく運転しないと鈍っちゃうんですよ」
確かにあの車体だ。コツが要りそうだし、死角も多い。バックミラーも付いていないならば尚更だ。
「そう言えば消防車にバックミラーは…」
付いているんですか、と聞こうとしたタイミングでスーツの男性が数名、わらわらと入ってきた。消防博物館のある建物は四谷消防署も兼ねているので、職員の出入りもあるのだ。私は好きな人の親類縁者には嫌われたくないし、既に色々質問する変な人になりかかっていたので、退散することにした。しかし収穫はあった。消防車で色々な点検もしている。また運転の練習のためだけに、消防車は走っているときがある。そうやって非常時に備えている。私はこれから、そういう目で消防車を見つめることができる。他の人とは違うのだ…とはいえ、この恋情が続くかどうかはわからない。もう一回近所に火事が起きればこの気持ちは大きく進展するだろうが、一ヶ月も姿を見なければ、すっかり忘れてしまうかも。何しろ中学生なので。

 
 
 
-ヒビレポ 2014年7月25日号-

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