わたしの日本ぽつぽつ北上記 第6回

yoshika

山口市(山口県) マイ一眼レフの仕事

 

佐藤温夏
(第16号で「どうしても柔道には惹かれてしまう」を執筆)
 
 
 
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 7月からはじまった当コンテンツでは、筆者がこれまで訪れた土地をたどりながら、日本列島を北上しています。先週までは九州をウロウロしていましたが、今週は関門海峡を渡って本州に上陸。山口市に向かいます。

 今年もインターハイの季節がやって来た。高校スポーツの祭典、全国高等学校総合体育大会のことである。
 だれもが一度はこの名称(カタカナのほう)を耳にしたことがあるとは思う。しかしよほどのスポーツ好きか、家族や親戚の出場がないかぎり、興味も関心も向かないイベントだ。だが、それゆえに大会に関する情報を求める声は一定数ある。かつて私は、とある出版社でとあるスポーツの専門誌を担当していたのだが、その媒体でも、大会直前の発売号に掲載する展望特集は大人気だった。それは毎年、きっちり売り上げを残してくれる優等生企画でもあった。 


 
 この特集のメインとなるのが、男女あわせて98校ある全出場校の集合写真を一挙掲載するチーム紹介だ。全チームが数十ページにわたって紹介され、選手や保護者は掲載をよろこんでくれる。ただし、その写真は、ほとんど監督さんに送っていただく提供モノ。編集部から全代表校に撮影にうかがうのは経費の面からとても無理なので、そのようにして成り立たせてきた企画だった。監督さんにはお手間を取らせて恐縮なのだが、先方もインターハイ出場は晴れがましく、記念すべきことだからほとんど快諾してくれた。

 その年も、写真集めは着々と進んでいった。しかしなかなか連絡のつかない学校があった。7年ぶりに出場する山口県代表である。
 何度電話しても、いつも「会議中です」とか「職員室にいません」とか「研究日です(登校していないという意味)」という理由でお話しできなかった。調べてみると、8年前の出場時とは監督は違う方のようなので、こうしたことに慣れていない方かもしれない。そこで編集部では念のため、依頼内容を記した書面を先にお送りしておくこととした。

 こうして書面を発送してから3週間近くたっただろうか。〆切が迫り、そろそろ確約を取らねばマズイという時期に入ったある日の朝、ようやく電話がつながった。
 
「はじめまして。すでにお手紙をお送りしていますが(略)、こちら○○編集部の……」
 ひとしきり説明し終えると、監督さんは言った。
「あ、うちはいいですから」
「?? あの、いいというのは……?」
「だから、うちは載せてもらわんでいいですから」
 まさかの掲載辞退だった。

 これは想定していないケースだった。もちろん、これまで辞退とまではいかずとも、あまりに多忙で手が回らないという先生もいたし、カメラを持っていないという先生もいたりして、スムースにいかない場合はたくさんあった(当時はまだ携帯電話のカメラ機能の画素数が低すぎて掲載に耐えうるものではなかった)。そうした場合は、編集部からインスタントカメラをお送りし、撮りっぱなしでそのまま返送していただいたり、選手やマネージャーにどうにか連絡をつけてお願いしたりと、あの手この手を講じてなんとか乗り切ってきた。だから、やっと電話がつながったこの先生にも、何か事情があるのだろうと、さまざまなオプションをご提案してはみた。しかしいくら申しあげても「うちはいいです」の一点張り。交渉はあえなく決裂した。

 うーむ。これはまずい。この学校だけ、写真スペースをぽっかり空けて掲載か? 監督の意向だから仕方ないっちゃ仕方ないけど、でも選手たちはどう思うのか。まさか選手まで載りたくないなんて思ってないよね。3年生は最初で最後の出場だし、下級生だって来年もチャンスがあるとは限らず、今年が一生に一度のことになるかもしれない。なのに自分たちだけ掲載されなかったなんてことになったら、ティーンのハートが傷いてしまうどころか、なんで載せてくれなかったんだと逆恨みだってされかねない……。そんなこんなを同僚とあれこれ相談していたら、ふだんはとてもおとなしく、決して感情をあらわにしない色白細身の編集長が眉をつり上げこう言った。

「サトウ、いまから山口行ってきて」
「へ?」
「山口行って写真撮ってきて。そこだけ載せないってわけにいかないだろ」

 いや〜驚きましたね。経費節減、出張費節約、とにかくいろいろ削りに削り、編集費浮かしてナンボの毎日を送ってるのに、スナップ写真一枚のためだけに、山口に日帰り出張しろっていうんですからね。しかし、この決断はヒラ編集部員の私にもまことに正しいと思えました。お金というものは、使うべきときには使わねばなりません。そこでヒラの私は言いました。
「わかりました、すぐ出ます」
 そう言ったそばから、航空会社に電話をかけて羽田—山口宇部空港間の飛行機を速効手配、愛用のマイ一眼レフにフィルムを入れて(まだデジカメではなかった)、30分後には編集部を飛び出していた。時刻は零時前くらい。大急ぎで羽田空港へ向かって飛行機に乗り、山口宇部空港に到着したのが2時過ぎだった。そこから在来線とタクシーを乗り継ぎ、3時半前にはかの学校へたどりついていた。

 問題はここからだ。ここまでは勢いさえあればどうにかなる。帰れと突っぱねられたら、一巻の終わりである……。しかし、緊張しながらご対面した監督さんは、意外や意外、そこはかとない恐縮モードだった。コワモテで小柄、50代くらいだろうか。挨拶をかわしてすぐさま体育館へ案内してもらったが、そのあいだの短い会話の端々から、なんとなーくこっちに気を遣っているのが伝わってくる。あれ? もしかして、わざわざ来たのを申しわけなく思っているのかな? 
 イメージしてたのとちょっと違うなー。機先を制されたような気もしつつ、体育館に到着すると選手たちは試合用の正装姿で勢揃いしていた。様子からするに彼女らは何も事情を知らないらしく、東京から撮影に来たと告げると、きゃっきゃっきゃ大喜びしてくれた。
 思えば、その無邪気な姿に接した時点で完全にノックアウトされていたんだと思う。相手(監督)の出方次第では対決モードの準備もしていただけに、強豪校にはないのんびりしたムードを醸し出す選手たちの雰囲気が、かえって友好ムードを誘発したのかもしれない。選手に2列に並ぶよううながしながら、マイ一眼レフにレンズを取りつけて撮影準備をしはじめると私は、自分も驚く提案をしていたからである。
「よかったら、監督さんも写真に入ってください」

 ……どう思います? これ、完全にアウェーの空気にやられてますよね。和解申し入れ、いや、白旗に近いんじゃなかろうか。弱いな、私。ホントに弱い。でもなぜかコワモテ監督が、朝の電話の態度から一転、心なしか身を小さくしている姿を見て、口に出ちゃったんですよね。

 で、監督さんがどうしたかって? もう私の提案を拒むことなどしなかった。あ、そうですか? といった感じで軽く会釈して、ちょっと照れたような感じでする〜っと後列左端に陣取られたのだった。
 その光景を見て、私は何もかも合点がいく思いがしました。
 つまり、この監督さんは、集合写真を「載せなくていい」とは言ったものの、何か深い理由があったわけではなかった。ただ、写すのは協力しないが、撮影に来るというなら被写体になるのは(自分も含めて)やぶさかではないというスタンスだったというわけだ。編集部を出る前、さすがにアポなしはまずいから「いまからうかがいます」とお電話したら、「あ、そうですか」とあっさりOKしてくれたのも、そう思えば納得がいく。「わざわざ来られても面倒だからこっちで写す」という流れにはやっぱりならなかったし、「しつこい、来るな! 」とも一蹴されなかったのだから。
 
 私はすっかり大団円モードになってきた。そもそもこれまでが幸運だったのだ。出場校は全国98校もある。こういうケースがあってもおかしくはないだろう。それに弾丸出張というのもありそうでない経験だし、何より写真は撮れた。これにて一件落着といっていいだろう。
 ついさっきまで想像だにしていなかった感情に満たされた私は、あたたかい気持ちでお礼を伝え、選手たちとインターハイでの再会を約束して学校をあとにした。学校滞在わずか20分。来たルートをそのまま逆戻りして、帰京したのは6時を過ぎたあたりだった。

 翌日、現像が上がってきた。どんな写真になってるかなー。わくわくしながらプリントを袋から取り出した。すると、なんとすべてピンぼけ。あの無邪気な笑顔も、コワモテ監督も等しくぼんやりとしか写っていなかった。
 なんてこった。せっかく美しいストーリーだったのに……。
 さすがに撮り直しなんてなし。写真はそのまま掲載された。 
 
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(おしまい)

 
 
 
 
 
-ヒビレポ 2014年8月8日号-

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