初めまして津島ですけど、いい年なんで大人やってます。  第8回

tsushima

子供は大人が思っているより賢い説

 
津島千紗
(第16号で「探偵失格」を執筆)
 
 
 
 私が幼稚園の年長のとき、親戚のおじさんが亡くなった。そのお通夜かお葬式の日、うちの婆さんが
「トモくんが、なんでおじちゃんこんなところで寝てるの。いつ起きるのって言うのよお」
 と涙ぐみながら、うちの母に話していたのを覚えている。トモくんとは、私の同い年の男のイトコである。亡くなって棺に入っているおじさんの顔を見て、トモくんがそう言ったのだろう。

 このとき私が思ったことは

「は? 本気で言ってんのか? 子供ぶってわざと言ってんじゃねえだろうな。寝てるわけねえだろ死んでんだよ!! は? まさか、この年になってトモくんは、死という概念について知らんのか? は? なんで? いくら自分より六か月生まれるのが遅いからってそんなことある? 死についてわかってないとか、ありえる?」

 ということである。もちろん、このままのとおりの言葉ではなく幼稚園児の言葉でだが、この内容のことを思ったのをすごく覚えている。だが、空気を読んで黙っていた。

 また、そのお通夜の晩、初めて見たような知らない婆さん(おそらく親戚)が、みんなの前で
「亡くなったと判断された人でも生き返ってお葬式で焼かれる前に戻ってきたって聞いたことがあるからもしかしたら○○さんも・・・」
というようなことを言っていたのだが、私はそれを聞いて


 
「この婆さんは正気か! そんなことありえるわけねえだろ! 死んだ人が生き返るだなんて!しかも、たとえあったとしても相当特殊な例で、もう、それ、ほぼ可能性としてありえないやろうが! そんなこと言って、まさか人を期待させたいのか? 何を考えてそんな無責任な発言がこの場においてできるのか? デリカシーがなさすぎる。ありえないわこの婆さん! どこの親戚だよこれ」
と思っていた。もちろんこれも、このままの言葉ではないが、この内容のことを思っていた。

 大人が思っているより、子供は意外といろんなことを理解しているし、賢い。

 私は子供の時から思っていたのだが、世の中の大人は、子供を何もわかっていないと思い込みすぎている。

 私の子供時代を思い返すと、まったく無邪気でもないし、意外といろいろわかっていた。ただ、実際の言語能力が思考能力に追いついていなかったため、思っていることを表現できなかっただけである。
 また、上記の私の例のように、意外と空気を読んで、「この場で子供がこんなコメントをするべきではない」と判断して黙っていることもかなりあるのである。

 私は、子供は決して無邪気ではないと考えているので、
「子供って無邪気でかわいい☆」
 とか言っている人が本当に信じられない。しかし、そういうふうに言えるほうが明らかに大人として常識的で性格も良さそうなので、うらやましい。

 私は、子供といっても、かわいいと思う子は一割程度である。完全に相手を値踏みし、好きか嫌いか選んでいると自分でわかっている。 
 しかし、逆に、子供でも一人一人を一人の人間と認めている証拠である。子供好きという人は、子供全員を愛せる優しく広い心を持っているかわりに、子供の個性を見ていないところがあると思う。

 子供だっていろいろわかってるってこと、本当はみんなわかっているけどもう大人だからスルーしてるんですか? それとももう忘れちゃったの? みんな実のところどう思ってるんだ!

 実はもう一つの説で、自分の口からはなかなか言いにくいのだが、
「普通の子供は、子供の時の私ほど賢くない」
 という説がある。

 実際、小学校に入るようになると、勉強しなくてもまあまあ成績は良かったし、周りの子供より口も達者であった。頭で考えていることに、言葉が追いつくようになってきたのである。そうなってくると、もちろん優等生的な褒められるタイプの賢さではなく、大人がカチンと来るようなことを言ってみたり、人を傷つけるようなことを言って子供を泣かせたりするような嫌な頭の回転の良さだったので、大人に怒られることが絶望的に多かった。子供同士で遊んでいて、ふとした拍子に
「あ、この子、子供だから知らないんだ。今の話わかってないわ」
 など判断することも多々あった。まあなかなか嫌な子供であるが、正直、私は子供の頃すごく生きづらかった。年相応でなく賢いというのも、いいことばかりではないのだ。

 今回、私が問題にしたいのは、言葉が追いついてくる小学生ではなく、幼稚園ぐらい、クレヨンしんちゃんたちぐらいの年の子供である(それにしても、クレヨンしんちゃんのキャラクター設定は、実際の子供の知能に対してリアルであると自分自身が子供のときから思っていた)

 
写真 8-1
 
 これは私の小学校の入学式のときの写真だが、まあ、なかなか美少女である。家族以外の大人や知らない人からも「かわいい」と言われる機会も多かったので、自分でも理解していた。なお、成長による劣化があったため今はかわいくない。

 子供好きな人であれば、街で子供を見ると、微笑みかけたりすることはあるのではないでしょうか?
 私も犬好きなので、犬を見かけるとやってしまうので、その気持ちはわかる。

 さて、当時の私は街や電車でこちらを見て微笑みかけてくる大人に気付くたびに、
「ああ、またか・・・自分がかわいくて子供だからって、こっち見て笑ってくんのやめてほしいんだよな・・・どうしてほしいんだろうかこの人は・・・笑えばいいの?反応とかどうしたらいいのかわかんないしめんどくせえ」
 という内容のことを思っていた。

 実際に、街で子供と目があっても、子供って無表情でこっちをじっと見ていることって多くないですか? 本当に、子供など何を考えているかわからないというか、このようなことを考えている可能性のほうが高いので、私なんかは、目が合うと
 「何見てんだ!! あんたは子供だから周りの大人に愛されて当然のかわいい子供だなどと思っているかもしれないが、私はあんたのことをかわいいだなんて思ってませんからね!」
 と思い、イラッとしてしまう。子供好きって言ってる人にはわからないだろうなあ・・・

 ちなみに、うちの犬(マルチーズ)は私に性格がそっくりであるが、やはり知らない人が寄ってきたり触ろうとしたりするたびに、全力で無視したり時には怒っている。
「自分が犬でかわいいからって、近付いてくるのはいいかげんにしろ! うんざりしてんだよこっちは!」
 と思っていると思う。

 ところで、男の人で大人になってから
「子供のとき、わかってて、綺麗なお姉さんにわざと抱きついておっぱいを触っていた」
 というカミングアウトをする人は多い。私からしたら、さもありなん!という感じである。というか、子供の時、私は周りの園児などがそうしているのを見て、わかっていたし知っていた。やはりそうだったか!
 本当に普通に甘えて手をつないでもらったり、おひざの上に乗せてもらう、というのとはやはり違いが見てわかるものだ。

 いや、「あれ、わかってやってるよね」という話を大人の女性としたことがないのだが、普通わかりますよね? みんなわかってますよね? ちなみに。不安になってきました。
 わかってて、子供だから許してるんですか?それとも、まさかわかってなくて「うふふ、甘えてかわいい」という感じなんでしょうか?

 しかもこれって、どこまでが「子供だからいいんだよ」という範囲なんでしょうか。子供だからといってそういったエロ行為が公然と許されている現場に遭遇すると、私など、気持ち悪い子供だな・・・と思ってしまうのだが。だってあいつらわかってやってるんだよ!
 自分が子供という立場を利用し、母親以外の女性に甘えて、明らかにニヘラニヘラとエロい笑いを浮かべて抱きついている男子を見ると、
「おい、おまえは自分が子供だから許されると思って調子に乗ってそんなことして、周りは子供だからわかってないと思ってるんだろうけどな、ここにいる私はちゃんと全部わかってるからな!!!」
 という顔をして、冷たい視線で見てやることにしている。私の考えでは、その子供はそれに気付けば「ヤバい、この人にはバレてる!」とすぐに理解し、そのような無様な行為は即座にやめるはずなのであるが、今のところ、成功したことはない。おっぱいのことを考えている男子など、私が思っているほど賢くないのかもしれない。

 たぶん、周りの人たちは私のことを単純に子供が嫌いな人だと思っているのだろうが、私は実はいつもこのようなことを考えている。
 
 
 
-ヒビレポ 2014年8月19日号-

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