わたしの日本ぽつぽつ北上記 第7回

yoshika

京都市(京都府) ローマからの手紙

 

佐藤温夏
(第16号で「どうしても柔道には惹かれてしまう」を執筆)
 
 
 
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 もう30年近く文通を続けている友達がいる。相手は札幌の小学校時代のクラスメートのU子。きっかけはU子の転校だ。4年の秋に父親の転勤で生まれ故郷の京都に戻った彼女と、手紙で近況を伝えあっていたら、いつの間にか文通というかたちになっていた。

 内容は、なんてことのない日常についての報告だ。きょうは学校でこんなことがあった、こんなことを話した、こんな人がいた、どこへ行った、こんな本を読んだ、こんなものを食べた……。よくもまぁそんなに書くことがあったかと思うが、お互いほとんど日記感覚だったと思う。少なくとも私はそうで、実際の日記を書くより熱心だった。

 最初のうちは、多いときで1カ月に2、3回、たいてい1〜2カ月に1回は手紙でおしゃべりしていたと思う。高校生になるとお互いに行動範囲が広がって書くことが増えたのだろう、より頻度は高まった。
 しかもU子の記述はより細かく、具体的になっていった。なかでも楽しみだったのが、たびたび登場するようになった京都の町についての描写だった。そこには、教科書で教えられたり、修学旅行用に覚えた寺社仏閣と伝統文化だけの町ではなく、東京と地続きにある、人々がいきいきと生活する親しみやすい京都があった。


 
 例えば、京都市の中心部を流れる鴨川沿いは観光スポットとして知られているが、私にとっては、休みの日ともなれば、U子が名画座へ出かけるために自転車でぶっ飛ばせる、信号のない便利な道だった。
 また、京都のグルメと言えば、にしんそばや湯葉などが有名だが、U子に言わせると四条河原町付近の、しなびたおばあさんが番台に鎮座して、年を取らないこけしみたいなウエイトレスが働く、古〜い中華料理店のかしわの唐揚げが最高だということだった。ここにはのちに連れていってもらい、本当にしなびたおばあさんとこけしみたいなウエイトレスがいて、ジューシーなかしわの唐揚げがあった。私にとっては、これが本当の京都のような気がしたものだ。

 U子はどきどきするような、魅力的な京都を教えてくれる一方、ときに保守的な土地柄を疎んじて鋭い古都批評を展開することもあった。しかし、東京の西のはずれでぼんやりとした高校生活を送っていた私は、そんな批評に刺激を受けたり、驚いたり、苦笑したりした。要するにU子の手紙は私にとって最高の読み物だった。

 翻って私は、U子のように面白いものが書けていたかはわからない。きっとアホなことばかりつらつら綴っていたのだろうと思う。それでも、お互い20歳を過ぎ、それぞれの道に進んでからも、どんなことがあっても文通は続いた。とくに30代前半まではお互い猛烈に忙しかったはずである。けれども、手紙のやりとりは途切れることがなかった。
 それなのに、40歳を過ぎた今現在、文通は休眠状態にある。犯人は私である。

 高校を卒業後、語学の勉強をはじめ、20代はじめからヨーロッパと日本を行き来する生活をしていたU子は、30代半ばを過ぎて念願かなってローマ大に入学。新生活をスタートさせた。もちろん、向こうでの生活について、すぐに手紙を送ってきた。周囲の友人・知人に助けられながらなんとかやっていること、大学の講義は何もかも大変だが勉強のしがいがあること、そして安くておいしい食材を使った料理のレシピを開発したことなどを、書き損じのレポート用紙や大学の配布物であろうペラペラの紙の裏に、これまでと同じように、まるで方眼を埋めているみたいにびっしり書いて送ってきた。U子らしいユーモアと風刺がミックスされた手紙は、それでしか読めないリアル留学ノンフィクションだった。

 しかし、あろうことか私は、ローマへの返事のタイミングを失ってしまった。日常の忙しさにかまけて筆を執る時間を取れずにいると、先に手紙が届き、「近々引っ越します」と書いてある。どうも向こうでなかなかしっくりくる住み処が見つからず、引っ越しをくりかえしているらしかった。そこで、それなら次の家に落ち着いたことがわかったら返事を出そうなんて思っていると、次に届いた手紙にはまた引っ越す予定だと書いてある……。それでも、私がすぐに書いて投函すれば届くくらいの猶予はあったはずだが、あて先不明で返ってきたらイヤだなぁ、なんて思っているうちに出せずじまいとなった。
 怠惰といえばそれまで。ただ、言い訳というか分析をすると、私はどうも手書きの感覚が鈍くなってしまったような感じがした。つまり、電子メールにすっかり慣れてしまっていたのである。ペンを持つ機会ががくっと減ったかわりに、キーボードをたたきながら頭の中を整理するのが習慣化してしまい、ペンを執るのがおっくうになってしまった。実際、何度か便せんに向かったが、どれもこれも自分で書いている実感がわかなくて、書き通すことができなくなった。この事実は自分としてもけっこうショックだった。

 それならメールを使えばいいじゃないか、という意見があるとも思う。ごもっともです。以前からアドレスは知っているしね。しかし、気が進まないんですよね。デジタルツールを使ってU子とやりとりすることに、どうも抵抗を感じてしまうのだ。
 これまで30年近くも肉筆による手紙交換をしていた相手に、はい、便利ですからメールを送りますよなんて、簡単に切り換えられない。だって、U子は日本では携帯電話を全面否定していた人なのだ(たまにプリペイドは使っていたが)。そういう相手といきなりパソコンで近況を伝え合うなんて調子が狂うし、想像しただけで気恥ずかしい。それに肉筆でなく、パソコン内蔵のフォントでU子の気持ちを推し量るなんてとてもできない……。
 こんな感じでうだうだしているうち、手紙を送るチャンスを完全に失ってしまった。
 
 しかし先日、自室でローマからの手紙の束を見つけた私は、いよいよ考えを改め始めている。いいかげん、肉筆へのこだわりを捨てたらどうだ。そう問いかける自分がいる。いや、手紙と電子メールの二刀流による、新時代の文通へ移行すると考えればいいじゃないか……。

 近く、U子にメールを送ってみようと思う。3年のブランクを詫び、近況をたずね、また手紙を送りたいと伝えよう。もしメルアドが変わっていたら? それならやっぱり京都だ。京都の家の住所なら、小学4年から何百回と書いて手が覚えているはずだから。
 
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-ヒビレポ 2014年8月15日号-
 
 

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