こしょこしょ話 第8回

sumimoto

普通に考えれば迷惑この上ないのに、相手がイケメンだったためにちょっとときめいたりして脳内がかなり混乱することってないですか?

 
住本麻子
(第16号で「東京駅でプチ帰省」を執筆)

 
 
 
これはある夏休みに入って間もない日のこと。その日はヒビレポの締切日で、早く原稿に取り掛かりたくて仕方がなかったのだけど、13時からテレビ配線をチェックする業者が来ることにもなっていて、午前中は部屋を掃除することにした。前期の授業が終わったばかりで、部屋はレポートで使った資料や試し刷りしたコピーで荒れ放題だったので、さすがにこのままでは私も恥ずかしかったのだ。しかし私の見込みが甘く、掃除は終わないまま業者は来てしまった。正直、人に見せられる状態ではなかった。もういっそ居留守しようかとも思ったが、それはそれで後々めんどくさい。私は観念してドアを開けた。

あの、今掃除してて、すっごいすっごい散らかってるんですけど、いいですか?……と念入りに確認してから、私は業者の人を部屋に招き入れた。その業者の人は、顔が小さくて若くていわゆるイケメン。「全然いいですよ!あータイミング悪いときに来ちゃいましたね」と言って眩しく笑った。この時間を指定したのは私なのに。彼もそれを知っているはずなのに、知らないふりしてくれる優しさ。周りにそういう人がいないので気持ち悪い。いっそハッキリ迷惑そうな顔してくれよ、と思ってしまう。でも彼だって好きでこんなこと言っているわけじゃない。汚い女の部屋に入るのも仕事であれば、笑顔でおべっかを言うのも仕事だ。苛立ちと同情を感じながら、私はそのイケメン業者を部屋に招き入れた。

そんな私の心情をよそに、イケメン業者は「この部屋本多いっすね!僕も本好きなんで、こういう部屋何時間でも居れますよ」と雑談を始めた。えー本当ですかー?と適当に返していると、「どういう本が好きなんですか?」「最近面白い本、ありました?」などと結構立ち入った話をしてくる。どうやらお世辞などではなく、本当に本が好きらしい。「俺、周りに本好きな人がいなくて、こんな話出来る人いないんですよ」とシュンとした素振りでこぼす、イケメン業者。西向きの私の部屋に、傾いた夏の太陽の光が入り込んでイケメン業者の頬を照らす。「俺のことを理解してくれるのは君だけ」とでも言いたげな、少女漫画でありがちな据え膳。すごく可愛い。胸がドキドキする私。なんだこれ。なぜ私がテレビのケーブルが正常かどうか調べに来ただけの男に誘惑されんといかんのか。


 
実際イケメン業者と私の本の趣味嗜好はほとんどカスってもいなかったのだが、そこは業者もプロなので、私の本棚を眺めて「あっこの本気になってたんですよ!」と一冊の本を取り出した。それは青木淳悟さんの『私のいない高校』という小説だ。
 
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この小説はいわゆるエンターテインメント小説ではなく、ちょっと難解な小説だ。というのも、この小説には主人公と呼べる人物がいない。この人が主人公かな?とアタリをつけて読んでいると場面は切り替わって、その人の出てこない別の話が進んでいく。特定の人物にフォーカスされるわけでもなく、誰か特定の人物の心理描写が細かく描かれているというのでもない。つまり焦点が定めにくいので、その分読みにくいのだ。私はそれまでそんな小説を読んだことがなかったので、とても衝撃を受けたのだ。ホント言うと衝撃過ぎて3年前に読み始めていまだに「読みかけ」だ。その『私のいない高校』に眼をつけるなんて、なかなかイイ勘してるじゃないか!と感動的な気持ちになって、ついつい興奮してしゃべりだす私。素直に私の説明を聞いて、「へぇ、じゃあ今日帰りに買ってみようかな!」と楽しそうに言うイケメン業者。人の懐にひょいと飛び込むイケメン業者、策士だ。

二時間ほどしゃべり尽くし、イケメン業者はようやく「ネットのプロバイダって何使ってます?」と仕事の話をし始めた。が、これは5分で終了した。「ウチのプランでこんなのあるんですけど」「いらないっス」「そうっスよね」。やっと帰る……と思ったのも束の間。イケメン業者は「本多いと大変ですよね」と話を切り出し、気づいたら私の部屋のレイアウトを考えていた。もうこのあたりはどうしてこういう経緯になったのか覚えていない。「俺部屋のレイアウト考えるの好きなんですよ」とか「この前も友だちの引越し手伝って〜」とか「この部屋だったらベッドはこっちかな……?」とか言っていた気がする。それでまた二時間近く。おいおいなんなんだ。こっちは片付けるのに精一杯なんだぞ。部屋の模様替えする余裕なんてあるわけない。そりゃあもっと住みよい空間が欲しいとは思う。でもそんな余裕ないんだからほっといてほしい。それか結婚して一生私の部屋のレイアウト考えてくれ。好きだ、付き合ってくれ……。

こんな風に「早く帰れ!」「好きだ、結婚してくれ!」という二つの両極の思いに振り回されてクタクタになった頃、帰り際にイケメン業者が放ったのがこの一言。

「こんなに長くおウチに居たの初めてですよ」

「そりゃそうだろ!」「あざとい!」「それより連絡先置いていけ!」「暑いから外に出たくなかっただけだろ!」と私の多重人格が脳内でわめく中、イケメン業者は存外にそそくさ帰っていった。今までの私たちの蜜月はまじでなんだったのか。4時間ともなると、部屋に二人きりでいたのに何も間違いが起こらなかったことがもはや悔しい。魔性。まさに魔性のイケメン業者だった。

ちなみにこの話を友人に話したところ、「私インターネット通してくれた人とご飯行ったことあるよ」と教えてくれた。私も混乱なんてしてないで、落ち着いて連絡先を聞けばよかったよ。みんなこうやって恋をするのかね。

 
 
 
-ヒビレポ 2014年8月21日号-

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