初めまして津島ですけど、いい年なんで大人やってます。  第10回

tsushima

旅の感覚の個人差(後半)

 
津島千紗
(第16号で「探偵失格」を執筆)
 
 
 
(前号からの続き)

 マレーシアのクアラルンプールからトルコのイスタンブールに到着し、まず向かったのはホテルなどではない。バスのターミナルである。

 銀助がトルコで滞在できるのは三泊であり、そのうち二泊は、カッパドキアへの夜行バスでつぶれることになっていた。もちろん、飛行機を使えば一時間半かそこらで着けるのだが、当然高いので選択肢にはない。それに飛行機の予約を事前にするのが面倒臭く、「現地でバスのチケット取ればいいじゃん」という発想になってしまうのが私である。

 トルコ国内で泊まる一泊に関しては、私にはこだわりがあった。カッパドキア観光の拠点の町ギョレメでは、奇岩をくりぬいた洞窟ホテルが多数あり、価格もお手頃のものもある。ぜひ泊まりたいと考えた。宿代など極限まで抑えたい思考の私だが、こういった特徴的な素敵なホテルには憧れてしまうのである。

 そうなると、トルコに到着したその日の夜にそのまま夜行バスでギョレメに向かう必要があるわけだ。夜、バスに乗るまでイスタンブール市内の観光もできて、一石二鳥である。

 クアラルンプールを出発した日も、昼間観光して夜にそのまま飛行機に乗ったので、丸三日間、シャワーも浴びずベッドで眠らずひたすら移動と行動を続けることになるが、仕方がない。睡眠は飛行機やバスでとれば十分だ。旅に無茶はつきものである。という、「そりゃあんたは大丈夫かもしれないが」というかなり強行スケジュールだ。


 
 空港からバスターミナルへと向かい、チケットを売っている小屋のようなオフィスへと意気揚々と乗り込み、
「今夜のギョレメに行くチケット二枚ください! 今夜出発するまで荷物預かってもらっていい? 貴重品は何も入ってないから大丈夫!」
 とテキパキと私はチケットを購入し、交渉してオフィス内の端っこにトランクを預けた。銀助は
「え!? そこに荷物なんか預けれんの? 大丈夫?」
 と心配していたが、
「いいって言ってるから大丈夫でしょ」
 など言って私は平気な顔である。万が一盗まれても、衣類などしか入っていないので、別に構わない。というか、こういうふうに、無理やり自ら荷物を預けて、なくなったことなど一度もない。ろくなもん入ってないオーラが出ているのだろう。

 それにしても初めてのトルコは非常に暑苦しかった。普通に真夏で気温も高い上に、人々の顔がやたら濃い。そして、やたらとフレンドリーに満面の笑顔でむやみやたらに話しかけてくる。銀助は、おびえまくっていた。

 そんな中、大きな広場の真ん中に水道の蛇口があったのを私は見逃さなかった。
 なんてちょうどいい高さだ・・・!!!

 この時点でシャワーを浴びずに二日経っている。髪を洗える・・・!

 私は、髪を洗うのに最高の高さに設置されているその蛇口で遠慮なく、髪やひじの下など服を着ながら洗える場所全てを洗った。暑かったのでとても気持ちが良い。本当にサッパリした。これで今夜も風呂に入らないでバスに乗る予定だが私は平気だ・・・! ああ、なんていい場所に蛇口が!
 タオルの類は、バス会社に預けた荷物に入っていたので、拭きすらしていない。一般の女性ならドライヤーがないだけで騒ぐぐらいなのに、私は身軽である。

 銀助にも洗うように勧めたのだが、彼は拒否してひたすらベンチで待機していた。リフレッシュした私が笑顔で戻ると、彼はニコリともせずに
「観光客の白人が笑いながらビデオに撮ってたよ・・・」
 と報告してくれた。また、銀助も、髪を洗う私の写真を一枚撮っていた。
 
写真10-1
 
 この洗髪事件からもう何年も経ち、久しぶりに写真を見て今思うのは、
「あ、ほんとに髪洗う高さにすごいちょうどいい・・・」

 というか、これを告白するといろいろと怒られる可能性があるが、これ、イスラム寺院で信徒の方が礼拝の前に手などを清める場所な気がする・・・このときは、「洗う場所だ・・・!」としか思っていなかったので、深く考えていなかったのだ。でも、敬虔なイスラム教徒は、お祈り前に髪まで洗うそうなので、結果的には一応間違っていない・・・? 少なくとも、洗ってはいけないような場所ではない・・・? ということにさせていただきたい。いや、すみませんでした反省しています・・・

 すっかり一人で勝手にサッパリとした私は、バスや路面電車を駆使して銀助を連れまわしイスタンブール観光を続けた。

 ところが、トランクも引き取り、これから夜行バスに乗ってギョレメに向かうというときになって、銀助がしゃがみこんだまま動けなくなってしまったのである。前号の冒頭の箇所である。

「あかんあかんあかん、無理や無理や無理や・・・」
 ひたすらそれだけを繰り返し、目も一切合わない。ずっと地面を見つめている。顔をのぞきこむと、びっくりするぐらい顔面蒼白であった。明らかに様子がおかしい。私は正直引いて、「え、なにこいつ」と思って何も言葉が出なかった。

「ボーラボラボラボラボラ・・・・・」
 というフレーズを銀助はそのうち繰り返し始めた。すぐにそれが何かわかった。イスタンブール市内で現地のバスに乗った際、乗務員の男がバスの窓から顔と上半身ぐらいまで出しながら
「ボーラボラボラボラ!!!!」
 と道中ずっと叫び続けていたのである。行き先だか、何を言っているのか知らんが、私の耳にもその響きは残っていた。数十分間、ボラボラボラ!を聞き続けたからだ。

「ボーラボラボラボラ・・・・あかん、あかん、限界や・・・・ずっとボラボラ言ってはったぁ〜ボラボラボラ…」
 完全に壊れている。

 私はイライラしてきた。
「なに? なにがあかんの? なにが限界なん?」
 と言うと、少しずつ話し始めた銀助は、突然
「みんなワキガや・・・」
 と耳を疑うようなことを言い出した。

「ワキガが多すぎる・・・ほんまにきつい・・・みんなワキガや・・・」
 と、本当に気分が悪そうな顔で必死で言っている。冗談や軽い気持ちでワキガなど言っているのではないことは表情から明らかだった。
 ああ、言われてみるとそういえば、多いかもなあ、とは思った。むやみやたらに「トルコにワキガは多い」などと差別的なことを断言することは良くないため、今、念のため「トルコ ワキガ」で検索したところ、無数にヒットして笑った。「トルコはワキガ大国」などと書いている人までいるではないか・・・トルコに体臭がきつい、ワキガの人は多いようである。これは気のせいではなく、有名なようだ・・・

 私は、現地のエキゾチックな雰囲気に高揚していたため、おそらくあまり気になっていなかったのかと思うが、鼻の良い銀助にとっては真剣にきつかったようなのだ。

 また、余談になるが、今の私は正直に言うとワキガに大変弱いのだが、実はこれ、一年ちょっと前に禁煙して以来なのだ。ヘビースモーカーだった頃はかなり鼻が悪く、普段、何に関しても臭いと思ったことがほとんどなかった。ワキガに弱くなったのは、禁煙の弊害だといえよう。

 そうこうしている間にも、夜行バスの時間は迫っている。
「どうするの? バス乗れるの?」
 と聞いても
「あかんかもしれん・・・」
 と言って銀助はちっとも動かない。

「わかった。チケットオフィスに行って、明日に変えてもらえるか聞いてきてあげるよ。それで大丈夫だったら今日はイスタンブールに泊まって、明日カッパドキアに行こう?」
 と優しい言葉をかけているフリをしながら
「もし明日に振替できなかったら今日行くけどわかってんだろうな?」
 などと思っていた。置いていくという選択肢もある。チケット代がもったいないからだ。

 しかし、ボーイフレンドが本当に体調が悪くて云々と事情を話すと、あっさりと明日のチケットと交換してもらえた。よかった。

 さて、目の前にはものすごくわかりやすく「バスターミナル駅前ホテル」みたいな名前の電光看板をでかでかと出していて、ものすごく一般的なシティホテルです!といった外観のベタなホテルがあった。銀助はめざとく気付いたが、私は
「こんな利便性の良い綺麗な大きいホテル高いに決まってる! 今から市街地に移動して安いホテル探すから!」
 などと言ってさっそくガイドブックの「安宿のページ」を開いていたが、銀助は
「もういいかげんにして・・・! 金なら僕が払うから・・・!! お願いだからそのホテルに泊まらせて・・・!!」
 と懇願した。ああ、おまえが払うならいいよ。というスタンスなので、だったら問題ない。

 翌日の夜行でようやくギョレメに向かったが、カッパドキア観光には一日しか費やせないということになってしまった。自分たちの足で回るのには難しいような立地などもあるので、現地の英語のガイドのつく一日バスツアーに参加した。

 このカッパドキアツアーには、本当にいろいろな国の人たちがいた。ツアー開始直後から、銀助はガイドさんの英語が全然聞き取れないので、いちいち
「なんて言ってるの?」
 と聞いてきて、大変うっとうしく、私は苛立っていた。
 峡谷にてガイドさんが
「さて、この木は皆さんも実はよく知っている実ができるんですけど、なんの木かわかりますか?」
などとクイズを出していた際も、みんなが口々に何かを答えているのが楽しかったのか、嬉しそうに
「なんて言ってるの?」
 と聞いてきたので、うぜえと思い、
「みなさんはどこの国から来ましたかって言ってるからジャパンって答えなよ」
 と嘘を言ったら、銀助が大声で元気よく
「ジャパン!!」
 と叫んでしまった。まさか、本当にそこまで英語がわかっていないとは思っていなかった。すぐに嘘だとわかるかと思っていたのだ。いろんな国の人達がみんな相当驚いた顔で振り返り、銀助を見ていた。私はほんっとうに恥ずかしかった(自分のせいなのだが・・・!)

 意味の分からないジャパンアピールにより、そこから銀助はガイドさんに気遣ってもらい「サムライ! ちゃんとついてきてるかい?」「サムライ! こっちだよ!」とずっと呼ばれていた。

 この旅で私の中では、ああ、銀助うぜえわ、という考え方に切り替わったことは間違いない。当然、とっくに別れている。

 そして、そんな意地悪をしたり、苛立っていたせいだろうか、なぜかカッパドキア観光の写真が謎なほど少ないし、ほとんど何があったか覚えていないのだ・・・いったいなんなんだろうか・・・世界中を旅していると好みが出てくるが、カッパドキアはあまり好みだったり私の感動ツボにはハマらなかったのかと思うがそれにしても・・・

 
 銀助が先に帰国してからも、予定通り私は旅を続け、セルチュク、エフェス、パムッカレ、シリンジェといった方面にバスで向かい、一人のほうが圧倒的に自由で楽しかった。
 
 結婚前のカップルでは、海外旅行など一緒に行くべきではない。こんなことになるのだ。どうせ別れるし、写真を撮っても無駄だ。せっかくの素敵なスポットの写真が無駄にツーショットであいつが写っていたりする。また、相手に気が散ることによってせっかく行く観光スポットの記憶も薄くなる。

 どうしてもカップルで海外旅行に行きたいのなら、物価の安くケチケチしないで支払いができるアジアの南国リゾートなどでゆっくりと過ごすのがオススメだ。観光の見どころなどもできるだけ無いほうがいいだろう。

 それにしても、銀助が今思えばかわいそうだ。彼は何か悪いことをしたのだろうか?
 行きと違って、銀助は一人でも颯爽とイスタンブールの空港から帰って行った。もう苦行が終わり日本に帰れることに安堵したのだろうが、それでも、少しだけ彼は出発時より強くなったのは間違いない。

 
 
 
-ヒビレポ 2014年9月2日号-

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