わたしの日本ぽつぽつ北上記 第11回

yoshika

上山市(山形県)

牛舎とのぼり棒

 
佐藤温夏
(第16号で「どうしても柔道には惹かれてしまう」を執筆)
 
 
 
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 前回は石川県金沢市の記憶について書きました。今回はこのまま日本海側を北上、山形県の南東部にある山間のまち、上山市にまいります。

 ひとつのことにのめり込んでいる人は、それだけで魅力的だ。自己完結せず、遊び感覚があればなお、すてきである。好きすぎてやることが突き抜けてしまい、はたからみると、突っ込みどころ満載のゆるさがあればさらにチャーミング。柔道の専門誌にいたころ、そんな愛すべき人にたくさん出会った。

 上山市で柔道教室を主宰していたKさんもそのひとり。Kさんはまったくの個人で道場を運営していたが、なんと道場は手作り。先祖代々受け継いできた畑の片隅にある牛舎を、自らリノベーションして作ったものだった。牛舎の道場だなんて、そんな(まさに)牧歌的な話があるのか、興味津々で取材に訪れたのが、今から10年ほど前の初冬のことです。


 
 残念ながらというべきか、当たり前というべきか。当時ですでに道場ができてから、20年くらい経っているということでしたから、牛舎だったころの面影はほとんどなかった(ニオイもね)。どこから見てもれっきとした柔道場で、もとは牛舎でしたと言われなければわからない。平べったい三角屋根が、言われてみれば、それっぽいかもね……という感じ。
 ぜーんぶ、自分でやったんだよ。
 改造についてのあれこれをうかがうと、Kさんはちょっとハスキーな声で誇らしげに言った。まずはすっかり掃除するところからはじまり、床を張り、畳を載せて、壁を塗って……と、こつこつ作りあげたのだという。青年時代に柔道をはじめたKさんは、いつか自分の道場を持ちたいと思いつづけていたそうで、乳牛を手放すことになったとき、よし、ここを道場にしよう! と一念発起したという。

 道場の中は広すぎず狭すぎず、全体をすみずみまで見渡せる手頃なサイズだった。天井を見上げると飴色になった木の梁が頑丈に組まれ、ゆかはびっしりと90枚の畳が敷き詰められ、ところどころすり減ってつるつるに光っていた。夕方5時ごろになって子どもたちが集まってくると、道場の空気がぱぁっと明るくなり、だるまストーブの火はますます燃え、稽古の熱気と相まって窓が曇り始めていく……。数時間稽古を見学したが、これは現実? そう疑いたくなるような崇高な、うつくしい光景だった。柔道衣に身を包み身体を動かす子どもたちと、素朴な道場の雰囲気がミックスされ、まるで民話の世界の中にいるかのようだった。すべてはKさん手づくりの道場が作り出した、場の空気のせいなのだろう。

 しかし、感激したのは道場だけではなかった。取材後、Kさんの自宅で開かれた宴会に参加し、後援会(保護者会)の方たちとともにたいへんおいしいお酒をいただいたのだが、そこで、牛舎リノベにも勝るとも劣らない、Kさんの日曜大工武勇伝を聞いたからである。
 Kさんにはお子さんが3人いて(確か)、2人の息子さんは柔道をしていた。どうにか強くしたい、そのためには腕力が必要だと考えたKさんはなんと、自宅の1階から2階までのぼり棒を設置してしまったという。
 え? のぼり棒、ですか? 
 そうさ、のぼり棒。それで毎日上ったり下りたりすれば、腕の力が自然とつくだろう?
 
 柔道選手は腕力を鍛えるために、道場の天井から垂らした太い綱を上り下りする綱のぼりをよくやっている。だから、のぼり棒という発想は、柔道の常識という点からすれば理解できる。しかしKさんは、これだけでは満足しなかった。子どもたちの手抜き防止対策として(!)、なんと階段をつぶしてしまったというのだ。
 え? それじゃあ、荷物持って上がるとか、掃除機かけるときとかどうするんですか? (掃除機というのが、生活感たっぷりな質問ですが)
 フフフ。上がれないのさ。のぼり棒使わないと。
 ……質問の答えにはなっていないので、奥さんに確認しようと顔を見てみると、困ったような、あきれたような表情を浮かべ、頭を左右に2、3度振った。(そう、上がれないのよ。まったく困ったもんでしょう)とでも言いたげな感じで……。
 
 なるほど、もうそこは親子の信用問題というか、掃除も自分たちでしろということなのかもしれない。そしてここで思ったのは、突き抜けた発想の持ち主+大工仕事が大得意となると、こういう夢のようなリフォームが実現してしまうということだ。
 かつて私も、自分の家の中にのぼり棒があったらいいな、と考えたことがあった。幼いころ訪れた知り合いの家にもやはり、のぼり棒があったのであこがれたのだが、当時私が住んでいたのは団地の2階だったので実現しなかった。せめて滑り台でもいいから家の中に欲しいと思ったが、やはりスペースの都合上ダメだった。だから正直、Kさんの家が心底うらやましかった。のぼり棒じゃなくてもいいが、家の中に遊具があるなんて最高に楽しいではないか(階段がないのは不便だけど)。私は牛舎改造とともにKさんの、具現化力と言おうか、大工仕事力にすっかり感激した。 

 その夜、おいしいお酒をいただき、楽しい時間を過ごした私は図々しさを発揮して、そのままKさん宅に泊めていただくことになった(泊まっていきなさいと引き留められたのです)。宴会がお開きになり、奥さんに客間に通してもらったとき、ちらりと階段スペースっぽいところが見えたのだが、どのような状態になっているのか確認はできなかった。

 翌朝、7時ごろ目が醒めてリビングに行くと、Kさんはとっくのとうに仕事に出かけていて、もう姿はなかった。昨夜はあんなに飲んで相当酔っぱらっていたのに、こんなに早くから仕事なんだ……。朝起きたら、のぼり棒と階段の話が聞きたかったのに。階段はどうやってつぶしたのか、親が上がってこない2階は子どもたちのパラダイス化はしていなかったのか、そんな楽しい家で育ったお子さんたちはどんな大人に成長したのか……聞きたいことはいっぱいあったけれど、それきりになった。
 
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-ヒビレポ 2014年9月12日号-

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