わたしの日本ぽつぽつ北上記 第12回

yoshika

東京→北上→八戸→札幌

青春18きっぷで札幌へ帰る

 
佐藤温夏
(第16号で「どうしても柔道には惹かれてしまう」を執筆)
 
 
 
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 九州は熊本県を出発したこの北上記も、前回で山形県に到達しました。連載は今回を含めてあと2回。急ぎ本州をあとにしなければ北海道に到達できません。ということで、今回は、青春18きっぷを使って東京から札幌の実家に帰省したときのことです。

 東京から札幌までおよそ1100km。いつもの帰省にはほとんど飛行機を使っている。鉄道を利用したこともあるが、夜中を有効に使える寝台特急だけ。同郷の知り合いにはヒッチハイクで乗りつなぎ、自宅の目の前まで送ってもらったという猛者もいるが、それもこれも本州から北海道へ陸路で入るにはそれなりの時間的余裕がなければ難しい。だから、限られた休暇を有効に使いたかった会社員時代、鉄道ファンでもない私は各駅停車で札幌まで行くなんて、考えもしないことだった。でも、考えもしなかったことが起きるのが、人生ですよね。その時間的余裕というものが、会社員生活に別れを告げたばかりの私にやって来たのです。そういうわけで6年前の35歳の夏、私はひとり、青春18きっぷを握りしめ、実家のある札幌へと向かうことにしました。


 
▼1日目/東京→水戸→仙台→北上
 
 初日はとりあえず仙台まで行こうと考えた。
 時刻表を見ると、上野発の常磐線を乗り継いでいけば、7時間ほどで到着できそうだった。実際のところ、上野を午前11時前に出て、途中水戸で乗り継ぎ、住宅街を抜け、田園風景や見渡すかぎりの海を眺めながら電車に揺られ続けていたら、ちゃんと18時前には仙台駅に降り立つことができた。けっこうあっけない。各停ともなれば、のんびり時間を掛けていくのだから、何かおもしろいアクシデントでも起きてくれるかな〜と期待していたのである。しかし、そんなことはまったくなかった。世界に誇る東日本旅客鉄道の運行態勢は、そういう隙をまったく与えないのだった。これは災害や事故がないからこそできることで、すばらしいことだし、この日はたまたまだったのかもしれないけれど、もう本当に非の打ちどころがないくらいに正確かつ安全。まったく滞りなく、列車は粛々と線路の上を進んでいった。おかげで、仙台に着いたときには、ひょいと隣町に遊びに来たような気分でしかなかったほどだ。せいぜい東京西部の自宅から、千葉の柏駅に来たという感じ。固い椅子に座り続ければ、きっと背中が痛くなり、だる〜くなるだろうと警戒していたが、そんな症状に陥ることもまったくなかった。

 そこで気を良くした私は、もう少し進んでおこうと考えた。地図を広げると、北上駅あたりがちょうどいい。時刻表を見れば19時前くらい発の東北本線に乗り継げば、21時過ぎにはたどりつける。その先ももっともっと行けそうな気もするが、翌日以降のことを考えれば無理は禁物。ということで、仙台の帰宅ラッシュにもまれながら東北本線に乗車。どんどん人の減っていく電車に揺られ、時刻表通り、21時半前に北上駅に到着した。これで1日目は終了。やっぱり背中はまったく疲れていなかった。あっさりしたものだった。
 
▼2日目/北上→遠野→釜石→宮古→久慈→八戸
 
 2日目は釜石を通り、三陸鉄道を使うことだけは決めて出発した。
 結果として八戸に宿をとることになるのだが、前日同様、とりたてておもしろいことは起きなかった。ただ、青春18きっぷの王道は行った気がする。
 8時過ぎに北上を出発、東北本線で花巻まで行き、そこから釜石線に乗り換えた。10時ごろ遠野で途中下車。レンタサイクルを使って3時間ほど散策する。しかし、なんとなく落ち着かない時間となった。以前来たときは、柳田国男の『遠野物語』のイメージにぴったりの、しっとりした民話のふるさとという印象だったが、このときの遠野は夏休みということもあって、私も含めた観光客で大賑わい。語り部さんが民話を話して聞かせてくれる施設も満員御礼だった。ハイシーズンとはこういうものか、と納得しながら、遠野をあとにした。

 釜石に着いたのは14時前だった。そこから山田線に乗り換え、宮古へ向かう。山田線の車内は静かだった。旅行客らしきはほかに2、3人。あとは買い物に出たというような普段着のひとや、制服やジャージ姿の学生さんが数人乗っているだけだ。遠野はあんなに活気があったのに、こっちはまるで違う世界なんだなぁ。そんなことを思っていると、途端に旅の実感が襲ってきた。真夏の観光シーズンだからといって、都会でもないのだから、どこもかしこも人であふれかえるようなことなどないのである。依然として、身体が全然疲れないからどうもまだ近場にいるような感じがしていたのだが、私はかなり遠くへ来ているのだとこのあたりで実感できたような気がした。

 しかし、そう感じてしまうと、なんとなく足取りが重くなってしまったのはどういうわけなのか。山田線から三陸鉄道北リアス線に乗り換え、17時すぎごろ、終着の久慈に到着。それでももう少し頑張ろうと、八戸線に乗り換え、やはり終着の八戸に着いたときには、もうぐったりしていた。釜石あたりまではあんなに元気だったのに、背中がどんより重くなっていた。まぁ、もう青森県までやって来たのだ。前日に東京を出てから、ひたすら各停でここまで来たことを考えると、疲れてもおかしくはない。それでも八戸では、ホテルから歩いて30分ほどの日帰り温泉へ出かけた。海水に泥が混じったようなパンチのある泉質のおかげで、その夜はぐっすりと眠った。
 
▼3日目/八戸→青森→蟹田→木古内→函館→札幌
 
 前日の背中の疲れは尾を引いていた。しかし八戸まで来れば、北海道はもう目と鼻の先。地図上では、津軽海峡をひょいとひとまたぎさえすれば上陸できそうだ。実際にはひとまたぎで済むはずもなく、八戸から津軽海峡線の乗り継ぎ駅である蟹田まで、3時間弱かけてたどり着いた。それが14時ごろだったと思う。確か2両編成だったと思う。だれかが乗ってきては降り、また乗ってきては降り……。何人の乗客を見送ったことだろう。思えば、このとき初めて、各停の旅に寂しさを感じたような気がする。私だけ、ずっとこの列車に乗り続け、見ず知らずのだれかの乗り降りを数え続けるのかと思うと、何度路線図を眺めても、さして前進していない事実に、不安がふくらんでいくのだった。
 
 この八戸—蟹田間のダメージは、自分が感じた以上に大きかったようだ。ようやく到着した蟹田で乗り換えた津軽海峡線で乗った特急スーパー白鳥号にいたく感動したのも、そのせいだったと思う。
 青春18きっぷは基本的に、JR管内の普通電車と快速電車に1日乗り放題である。しかし、一部、特急しか運行していない区間は、特別に自由席に限ってそのまま乗車できる。津軽海峡線はこの特別区間にあたっていて、追加料金を支払うことなく特急自由席に乗ることができる(つまり、鉄道で本州から北海道へ渡る場合、普通列車はないので絶対に特急に乗ることになる)。

 この特急列車が非常にらくちんでしてね。東京からまる2日間、ひたすら各駅停車でごとごと揺られてきた身には、速くて快適で、それはそれはすばらしい文明の利器に思えました。座席は、これまで座ったどの特急よりふかふかに感じられたし、自由席とはいえ自らの席が確保できている安心感は思った以上に心が安まった。私はトンネルに染みいる海水のように(いや、染みいっては困るが)、海底深く走る列車の中で私は、特急列車にひたすら感謝した。

 そうして1時間ほど、極楽気分で海底旅行を堪能、木古内を通って函館に到着したとき、もう私の心は決まっていた。各駅停車はもういい。ここからさらに札幌まで7時間もかけて鈍行で行くなんてめんどくさい。ここまで節約に節約してきたが、もうがまんできない(食事代やビール代を削ったりしていた)。えぇい、特急に乗ってしまえ! 函館駅のホームに降りるなり私はクレジットカードを財布から抜き取り、みどりの窓口へと走ったのだった。

 そこからは、乗り換えにあくせくせず、座席確保の心配とも無縁の、特急列車(指定席)による直行の旅。函館本線を特急スーパー北斗号のやっぱりふかふかの座席に揺られて北へ向かった。そうして、安寧な心地でクッションの効いた座席に身をゆだねること約3時間40分。21時半すぎ、懐かしい札幌駅に無事に到着した。

 これが3日間かけ、鉄道を使い東京から札幌に帰省したときのざっくりとした全行程です。青春18きっぷでどこまで行けるか、と自分を試すようなところもあったけれど、せっかく蟹田まで各停でがんばったのに、最後の最後で普通列車のロマンを手放したというのがオチである。つくづく自分がいかにこらえ性がなく、面倒くさがりで、計画性のない人間であるかがわかった。3日かけて、それが収穫だった。
 
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-ヒビレポ 2014年9月19日号-

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