ハルヒマヒネマ 5−1

『ルパン三世』/『イヴ・サンローラン』

 
やまだないと(「料理入門」連載中)
 
 
 
 
 
おひさしぶりです。また3ヶ月、おせわになりますね。よろしく。
 
 

『ルパン三世』 2014 日本
D:北村龍平 W:水島力也 A:小栗旬 黒木メイサ 浅野忠信
 
 
 他人のさんざんな酷評に、なるほどもっともだーなんて納得していると、どうも自分もなんかひとこと言ってやりたくて映画をみたくなってしまう。それだって、かなり純粋な映画を観る動機だとは思うけど、ハルヒには映画をそういうふうに楽しむ余裕なんかない。だってただでさえ持病のぐーたらで映画館になかなかいけないハルヒなんだから、これまで映画館でみるべきだったと嘆いた映画を差し置いて、わざわざ!つまらないことを確認するために映画をみにいくなんて! 
 なので、そういう欲求はレンタルで満たす。実写版『ガッチャマン』はiTune Storeのレンタルで観た(500円)。タツノコプロのテレビアニメ『科学忍者隊ガッチャマン』が好きだったから、どういう風に実写になってるのかやっぱり好奇心。で、ぜんぜんおもしろくなかったので、それが確認できて安心した。
 この『ルパン三世』も、ネットの評判は悪い。もう、実写映画の企画があがった時点で悪い。でも、ハルヒ、これはかなり期待して映画館に観に行ったのだった。レンタルを待てないくらい期待していたのだ。
 なぜなら、峰不二子役のクロキメイサが、原作者モンキー・パンチのコミックの絵にそっくりだったから。
 あのミステリアスにつり上がった目、涼しい鼻筋、小さな唇。アナクロなバタ臭さ。
 実はハルヒ、映画公開前に、ちょうどクロキメイサが主演していた『VAMP〜魔性のダンサー ローラ・モンテス』という舞台を観ていた。リスト、デュマ、ルードヴィヒ1世らをとりこにした、実在のファム・ファタール・ローラ・モンテスを演じた彼女の、ドレスからあらわにのびた裸足の脚、それを奔放に絡めて男と戯れ、疲れた子供のようにソファーで眠り、ヴァイオリンのシルエットでシャワーにうたれる、その横顔から脚の爪先までが、まさに原作コミックの峰不二子のラインだったので、不二子のキャスティングだけで、かなりわかってる映画化なのじゃないかとおもったのだ。

クロキメイサの峰不二子なら、「時代」を描けるだろう。


 

 71年に放映された最初のテレビシリーズの『ルパン三世』以降の『ルパン三世』が、描けなくなったもの、失くしてしまったものは「時代性」だと思う。
 ハルヒが小学生のときに放映が始まったルパンは、子供が観る時間帯のアニメでありながら、これは大人のみるものだと感じ取れるものだった。好奇心でルパンをのぞきみ、罪悪感に打たれた。そこで感じた大人というのは、「おとうさんおかあさん」ではなく、ハルヒと「おとうさんおかあさん」の間にいるらしい、若者といわれる人たち。その世界だ。そこには、ファッションとセックスがあり「時代」がある。「時代」というのは不良っぽいのだ。ワルなのだ。小学生のハルヒはもちろんそんなこと言語化していなかったが、今も、思い出すのは、子供のときにかんじた「時代」の匂いなのだった。
 峰不二子は、『ルパン三世』が子供向けアニメの枠で毒素を抜きキャラクター化にあまんじていくうちに、すっかり、大きなおっぱいとお尻とピンクの口紅で描かれる、少年達の「セクシー」で記号化されたやぼったいおばはんになってしまった。映画『ルパン三世 カリオストロの城』の不二子なんか、ルパンのおっかさんだ。(ハルヒ、アニメ映画としては『カリオストロの城』エヴァーグリーンに大好きなんだが、ハルヒの好きなルパンとはちょっと違う)いつのまにか不二子は、声優の年齢との錯覚も生じるのか熟女のイメージだ。
 たぶん、そんな不二子に「時代」を取りもどそうとしたのが、若い(76.7年生まれの)女性監督と脚本家による2012年の深夜アニメ『LUPIN the Third -峰不二子という女』だと思う。このシリーズが『ルパン三世』というアニメに取り戻したかったものに、ハルヒすごく共感する。シンパシィを感じた、としたうえで(だって、オープニングはあれ、『悲しみのベラドンナ』でしょ?ハルヒが突然変異でアニメ監督の才能に目覚めるならば、『千夜一夜物語』みたいな長編エロティックアニメがやりたいんだからさほんと)やっぱり、「アニメ世代のアニメ観」で描かれる『ルパン三世』はハルヒの好みではなかったのだ。
 でも、今、『ルパン三世』が「時代」を取り戻した(たぶん)のは、確かだとおもう。そのながれでの実写映画化、クロキメイサという峰不二子なのだと思っていた。

 なのにところが、北村龍平監督の『ルパン三世』は、結局まったく時代性をもたない、アニメ『るぱーんさーんせーい』の延長だった。だからアニメ『るぱーんさーんせーい』のファンには楽しい映画だったんじゃないだろうか。ハルヒはアニメ『るぱーんさーんせーい』をおもしろともかっこいいともおもえないので、しんそこ、がっかりしたのだった。
 クロキメイサは、まったくクロキメイサである事が安っぽい扱いで、オグリシュン、タマヤマテツジ、アヤノゴウ、せっかく若々しいルパンファミリー、アサノタダノブの銭形警部、いずれもアニメでしか通用しないようなキャラクター造形で、英語をしゃべって字幕を出すことが唯一の実写のリアリティなのがさらに貧しい。(しかもハルヒ、それしらなくて、どんくさい吹き替え版でみてしまったし)。けっきょく、ルパンをライセンスキャラクターとしかとらえていないのだろう。キティちゃんのご当地コラボのようなものだった。
 『ルパン三世』というコミックの面白さは、盗みのトリックでも、正義でも、世界のスケールでもなく、「時代性」なのだ。メグロユウキがルパンを演じ、タナカクニエが次元大介を演じた実写映画『ルパン三世 念力珍作戦』だって、似ても似つかないナンセンスなドタバタながら、そこには「時代」が映し出されている。『ルパン三世』から「時代」を失くせば、ただのガニ股猿顔の気のいいキャラクターしか残らない。オグリシュンはまさにそうだった。
 そのキャラクター映画としてのおもしろささえ、北村監督には興味のないことだったらしい。
 これは監督にとって、手にした制作費で思う存分の国際的アクション映画を撮れるチャンスってことだったのだろう。もし、ハルヒがプロデューサーなら、『ルパン三世』の原作に、このキャストとバジェットと技術を、70年代の再現に尽力する。「ALWAYS 三丁目の夕日」の方向にとは言わないが、『ルパン三世』が生まれ生きた時代をスクリーンによみがえらせる。それは今まで、どのアニメ監督も、そして今となっては原作者であっても、やらなかったことだし。ルパンは決して時を超える普遍の「キャラクター」ではないとハルヒはおもう。あの時代とともにある。
 クロキメイサという峰不二子を手に入れたからこそ、実現可能なことだったのに。

 または、今のこの日本に暮らす『ルパン三世』が、盗みたいものはなにかって考える。ぜったいクレオパトラノナンチャラじゃないだろう。
『太陽を盗んだ男』の城戸誠は、今、原爆を手に入れても、もうローリングストーンズを呼ばないだろう。
 
 
『イヴ・サンローラン』
D/W:ジャリル・レスペール A:ピエール・ニネ ギョーム・ガリエンヌ

 あのYSLのロゴマークで始まる、「イヴ・サンローラン財団初公認」作品、公式伝記映画の称号がつくこの映画。その上、サンローランの生涯のパートナーであったピエール・ベルジェが全面協力するこの映画は、ハルヒおもうに、もうね、サンローランを演じるピエール・ニネがサンローランの魂に愛された故に完成した映画なのだろう。ピエール・ニネ。ピエール・ニネ。ハルヒが2012年にパリでみた『Comme des freres』で恋に落ちたボーギャルソン。ベルジェを演じるギョーム・ガリエンヌもきっと彼に恋しただろうし、そのベルジェ本人も、彼を通して再びサンローランに恋をしたことだろう。
 89年生まれのニネのたたずまいが、スクリーンに、若きサンローランの過ごした「時代」をよみがえらせる。もちろん、財団のアーカイブとして保管されていた当時の本物のサンローランのオートクチュールや、サンローランのヴィラが、彼をサンローランとして迎えているからでもあるのだけれど。ハルヒには、サンローランなんて似合いそうにないが、それを着こなすモデルたちに、女性というのはなんてきれいな生き物なんだろうと、今更ながらに感動し、そうじゃない「女性」であるハルヒに絶望したりした。
 公式伝記映画でありながら、内容はかなりスキャンダラスだ。ベルジェとサンローランの蜜月から二人のベッドから、サンローランが創作のプレッシャーと孤独から、ドラッグやセックスにおぼれる姿。でも、きっとそんな弱かったサンローランを、ベルジェも友人達もメソンもパリも、愛しているということなのだろうなあ。実際、すさんでいくピエール・ニネはとても魅力的だった。実在の人物がモデルでありながら、ピエール・ニネはとてもファンタジックだった。
 そんなかんじでニネもお洋服もすべてが眼福でよかったんだけど、サンローランの人生なのに、なんかステレオタイプな天才の闇の羅列が、ベルジェがサンローランを回想する構図で大変な駆け足で語られる。生々しさがないのだった。
 いや、これはあれだ、ベルジェ氏の走馬灯だ。ベルジェ氏はサンローランを失ってからずっと、この走馬灯をくるくるまわし続けているんだろう。
 そして、夫婦って関係というのは、意外と誰でもこんなもんだって気がする。すれ違ってる時間の方が長いけど、それでも一緒にいる。君がいなくても生きていけるのに、君といる。決定的なものなんてなにもないけど、きみといる。疑問の放棄。

 映画の冒頭、没後、サンローランとベルジェの美術品コレクションがパリのグラン・パレで公開されるようすがある。二人で収集した美術品をサンローランの没後、ベルジェはすべてオークションにかけたそう。そのオークションを中心に、ベルジェ本人が出演しているサンローランのドキュメンタリー映画『イヴ・サンローラン』がある。この映画の原題は「狂おしい愛」になっている。狂おしいなんて愛情、狂おしいなんて日々、ハルヒにはやはりファンタジーだ。

 このあと、もう一本、ギャスパー・ウリエルがサンローランを演じる映画がくるみたいで、そっちは非公認なんだろうか。ベルジェ氏を怒らせたって話もきく。
 でもそのまえに、ベルジェを演じるギョーム・ガリエンヌがまた、そうとうゆかいなじんぶつらしく、彼が監督主演した映画が楽しみ。
 
『不機嫌なママにメルシィ!』

 

『ルパン三世』『ガッチャマン』アニメや漫画の実写化はなぜか人気ですが、舞台化もずいぶん多く、これが、映像とはまた違う体験なんです。
ファンはこの体験を「2.5次元」といつの間にかよんでたのですが、今年「日本2.5次元ミュージカル協会」なんてものもできてます。
http://www.j25musical.jp/

そんな「2.5次元ミュージカル」とは??ってことで、10月25日に、朝日カルチャ—センター新宿教室で「2.5次元ミュージカルを語ろう- 「ユリイカ総特集 イケメン・スタディーズ」出版記念」 という講座をやります。ただいま受講者募集中です。
http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=265367
 
 
 
 
 
ハルヒマヒネマ
http://blog.livedoor.jp/nuitlog/
最近のハルヒの頭の中、日々をささげる王子様観劇日記
http://bookman.co.jp/serial-novel/boyslife/boyslife/

 
 
 
-ヒビレポ 2014年10月3日号-

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