ハルヒマヒネマ 5−2

『郊遊 <ピクニック>』/『ガーディアン・オブ・ギャラクシー』/ 『ジャージー・ボーイズ』

 
やまだないと(「料理入門」連載中)
 
 
 
 
 
ここ数年舞台ばっかみてお財布も時間もままならないから、やっぱし1800円でふらっとみれる映画館のありがたみがじわじわきてる。1100円でみれる女性サービスデイとか、よくわからないけど親切にしてもらってありがとう。

『郊遊 <ピクニック>』 2013 台湾/フランス
D:ツァイ・ミンリャン W:ドン・チェンユー/ツァイ・ミンリャン/ポン・フェイ A:リー・カンション/チェン・シャンチー

好きな監督の映画を観るとき、ハルヒは、どうもなんらかの約束を信じている。最初の映画で好きになったとき、ハルヒとその監督の心は遠く離れているのに通じ合い、友情が生まれているのだ。
ツァイ・ミンリャンでいえばハルヒにとってそれが、監督6作目の『ふたつの時、ふたりの時間』だった。人と人との距離は、時間で結ばれている。それが、通りすがりに自分の腕時計を持って渡仏した名前も知らない女の子であったり、死んで別の世界にいる父親だったり、古い映画の中の少年だったり。人と人との距離は縮まることはないけれど、どんなにはなれていても、いまだ会うことのないどこかのいつかのだれかであっても、同じ時間が、たんたん(Temps Temps)と、流れている。いや、同じ時間の上を、たくさんの時が流れている。
実はハルヒ、ツァイ監督の映画で、ストーリーに共感したのは、この映画だけだった。いろいろと、ハルヒに重なるエピソードがあったからかもしれない。ツァイ・ミンリャンの映画は、眠っているハルヒの頭の中で勝手に再生される夢のように、そこでおこっていることをただ、ぼんやりみつめているだけ。なのだが、ハルヒは、監督に約束されているのだ。この物語はハルヒの物語だと。
なので、写されている事柄にぼんやり距離を感じていても、夢の中の主人公シャオカン(ツァイ監督のすべての映画の主人公)をそこに追っていればハルヒは迷うことなく終着できるのだった。夢から覚めるのだった。

 
例えば『黒い眼のオペラ』は、すっかり老けたシャオカンをしばらく他人のように眺めていたが、廃屋の大きな水たまりに漂うように眠るシャオカンたちをみていると、涙がこみ上げてくる。そしていつの間にか流れている。記憶のようでもあったし、ハルヒの人生のラストシーンのような気もした。泣きながら目を覚ました。
『郊遊 <ピクニック>』で、ツァイ・ミンリャンはもう長編映画を撮るのを引退するのだという。最近はシャオカンと演劇的な表現をやっているらしい。
映画は、ハルヒにとってのおもしろさも、たのしさも、なにもなかった。ただ、あいかわらず夢の中を歩いているようだった。それは、二人の子供と暮らすシャオカンというある男の生活で、なぜか家もなく、子供たちは学校にも行かず、仕事もただ高級マンションの広告を持って立ち尽くす人間看板で、一日がおわれば、歯を磨き、からだを洗い、ふかふかの布団(寝具だけはなぜかそうみえる。ものすごく眠くなる)に入るだけ。子供たちがその生活を恥じていないところが、父親であるシャオカンが苛まれるふがいなさや生きる事の果てしなさをかんじさせる。
シャオカンは、眠る事でその長い人生をやり過ごしているようにもみえる。眠っている間も、時間は同じく流れているのだが、眠っている間は現実を生きないですむ。
時間は決して止まらないし、戻らないけど、急ぎもしない。
カメラが看板を持って立ち尽くすシャオカンの顔をじーっと写していると、濁った黒い瞳がゆらぎだし、涙がこみあげあふれてくる。こぼれおちる。涙は風に乾き、それでもまた新しいなみだがこみ上げてくる。その時間をそのまま、フィルムに写し取ったのがこの映画。
それをみていて、ああ、もう、ほんとうに、ツァイ・ミンリャンにとっての劇映画はおわったんだなあ、と思った。

思えば、ハルヒは夢の中で、泣いたことはあるが、涙がこみ上げ、あふれ、流おち、乾くまでの時間を体感することはない。
ハルヒが、自分の夢のようだと思っていたツァイ・ミンリャンの映画は、夢の写しでも何でもなく、現実だったのだ。物語を手放した映画には、時間が写っている。映画をみている2時間とちょっとのハルヒの時間が写っている。
最後にシャオカンと子供たちは、ある女と生活している。真夜中に、廃墟の野良犬たちにえさを運び、壁に残された湖の壁画を眺める女は、『ふたつの時、ふたりの時間』で、パリに旅立ったチェン・シャンチーだった。ハルヒはこのひとのかたい顔が好きだ。
そして、フィルムが終わるまで、彼女はその湖を眺め続け、シャオカンはその彼女の気配を感じ続ける。会話もなく、動きもなく、ただ、二人の呼吸しか聞こえない、とおくで犬の声や人の話し声(映画館のお客の声だったかもしれない)車の音。チェン・シャンチーは表情も崩さず、でも、やがて涙がこみ上げ、あふれ、流れ落ち、乾いていく。
ハルヒの体感で30分くらいあった。さあどうだったのだろう。途中で、かえった人もいた。
ハルヒたちは、ツァイ・ミンリャンを、シャオカンを信じて、ただ暗闇で息をひそめているしかなかった。
そんなお別れだった。

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『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』 2014 アメリカ
D:ジェームズ・ガン W:ジェームズ・ガン/ニコール・パールマン A:クリス・プラット/ゾーイ・サルダナ

はやくみたくて楽しみにしていたのに、深夜映画館にいったら、眠くて眠くて、席に座った途端眠ってしまった。映画館のふかふかの椅子と広いうす暗闇で寝るのはほんとうにきもちいいのだ。目が覚めたら、映画は半分くらいまで進んでいた。まるで飛行機に乗ってるみたいだった。(怖いから離陸前に寝てしまうハルヒ。)
ちょうど、惑星ノーウェアに到着したところだったが、登場する宇宙人の色彩にまず驚いた。ブルーやショッキングピンク、レモンイエローの肌、ドーランだってわかってるけど、その肌色がなじむ街の様子や宇宙船のデザイン。これは、ハルヒの大好きだった70年代のタツノコプロのアニメの色だ。
半分でも楽しかったが、もったいないので、1100円の日にもっかいみた。
今までハルヒがみてきた宇宙は、いつも夜だった。宇宙的にそれを夜とはいわないだろうけど、星が瞬いていた。
この映画では青空の中、巨大要塞や戦闘機が戦っている。光の量が多く、すべてがクリアにみえる。3Dではみていないのだけど、3D以上の体験が映像の中にあって、2回めは眠るどころか、眼が冴えすぎた。こんな光景が誰かの頭の中にあり、想像力でそれを描き、技術で実像化したのかと思うと、宇宙も宇宙人も宇宙都市もみんな、すでに存在している事を納得するしかない。いい大人のハルヒがみて、絵空事にはみえないんだから。
もともと、外国映画の時代物をみると、うっかり昔実際にとった映像のような、今現在まだどこかに昔が残っているような錯覚を真剣にしてしまうハルヒだった。
日本の時代物だと、あー太秦でしょ?とか茨城でしょ?とさすがに錯覚することはないけど。
だから、もう、宇宙も本当にいってるんじゃないかって、いいお客だなあハルヒ。
小学生のとき『スターウォーズ』をみたとき以来かもしれない。それほど、驚くべき、みた事もない宇宙表現だった。楽しかった! いい旅行をした。
緑色の肌に赤毛の美女ガモーラがかわいくてかっこよくて。なにげに、衣装替えもあって、楽しめた。
でも、いちばんは、タヌキの表情が、うちの犬に似てたとこがきにいってる。

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『ジャージー・ボーイズ』 2014 アメリカ
D:クリント・イーストウッド W:ジョン・ローガン A:ジョン・ロイド・ヤング/エリック・バーガン

クリント・イーストウッドの新しい映画がブロードウェイ・ミュージカルだという話が意外だった。ハルヒ、ミュージカル映画好きだから、楽しみではあったけど。クリント・イーストウッドとミュージカルと言うのが、ハルヒには結びつかなかった。
が、『ジャージー・ボーイズ』は、歌って踊るミュージカルというよりも、60年代〜70年代に大活躍した「フォー・シーズンズ」の伝記映画なのだった。彼らの人生が彼らのヒット曲とともに語られる。舞台は四季になぞらえて4部構成になっているらしく、それぞれの季節を一人一人のメンバー語る。(東宝がやっている『宝塚BOYS』という舞台も、そういえばこの形式だった)映画は、冒頭ノスタルジックな時代を感傷たっぷりに描きながら、登場人物が画面に向かって、話しかけてくるのが不思議だったが(『青春デンデケデケデケ』のあれです)映画のストーリーよや構造よりもなにより、彼らが「フォー・シーズンズ」になってからの、曲にわーっといっきに引込まれる。初のヒット曲「シェリー」を皮切りに、「恋はやせがまん」(あれ?この曲か!)、「恋のハリキリボーイ」(あ!この曲も?!)あれもこれも、ハルヒ、子どもの頃から聴いている曲が、全部「フォー・シーズンズ」の曲だったなんて、知らなかった。誰が歌ってるのか考えた事もないくらい、耳なじみがあるし、いろんなカバーもあるし。でも、あの、発情期の猫みたいな甲高いボーカルのもとは、このバンドのフランキー・ヴァリの声だったのか。というか、ボブ・ゴーディオってメンバーが作った曲だったのか。多分この映画をみなければ、興味も持たないまま、ただ、いつも耳にある曲として一生を終えたのだろう。
大スターになって、いろいろあって、そして、生まれた「君の瞳に恋してる」(あ!これもなのかー!!)のめくるめくきらめき。
ラストシーンはミュージカルならでは!! 人生のカーテンコール的多幸感!
正直、彼らの人生については、あまりハルヒには残るものはなかったのだけど、音楽の力、音楽の幸福にたっぷりと浸った映画だった。
クリント・イーストウッドは音楽が、映画が、自分が生きてきた時間が、大好きなんだな。
次にニューヨークかロンドンに行ったら、ぜったい舞台でみたい!!
オフィシャルサイトのトレーラーがすばらしいもの!

http://www.jerseyboysinfo.com/broadway/

 
 
 
 
ハルヒマヒネマ
http://blog.livedoor.jp/nuitlog/
最近のハルヒの頭の中、日々をささげる王子様観劇日記
http://bookman.co.jp/serial-novel/boyslife/boyslife/

 
 
 
-ヒビレポ 2014年10月17日号-

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