ノスタルジック中華の研究  第4回

“なぜ町中華なのかという話”の巻

 
下関マグロ
(第17号で「散歩の途中に見かけた書店で」を執筆)
 
 
 
 
 
本当はこれ、連載の第一回に書かなくちゃいけなかったことだけど、今回、遅まきながら、なぜ自分が町中華にハマっているのかを書こうと思う。

今年の1月に高円寺へ散歩に出かけた。大陸という町中華を確認したかったからだ。昨年あたりから、しばらく休むという張り紙があって、気になっていたのだ。この日もシャッターが閉まっていた。近くのお店の方に聞いたら、看板が残っているだけで、すでに中の什器などは運びだしたとのこと。
閉店したんだそうだ。
 
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高円寺の大陸は、僕にとって特別な町中華だった。大阪の大学生だった僕は、雑誌のコラムでその存在を知っていた。やすい金額で腹一杯になれるメニューとして、よく新宿のアカシアのロールキャベツとともに高円寺の大陸のカツ丼が紹介されていたのだ。アカシアのほうは、高校の同級生で、東京に住んでいた岡本くんが、上京してすぐの自分を連れていってくれた。

大陸はたしか、高円寺を散歩しているときに偶然見つけた。辛いカレーを出す店、ニャンキーズというのを探していたのだけれど、それが見つからず、そのかわりに大陸を発見したのだ。ああ、ここが大陸かと、すぐに入った。夕方の6時くらいだったか。アカシアは行列ができていたけれど、大陸の方はお客さんは少なかった。カウンターで、餃子をつまみにビールを飲んでいるおやじがいて、大学生らしい2人組がいた。自分はカウンターに座り、カツ丼をコール。たぶん、揚げ置きのカツにさっと卵とじがかけられ、あっという間に出てきたのを記憶している。カツはけっこう厚めだが、小さかった。タレがしょっぱくて、ご飯が大量だった。たくわんを温存し、最後に残った飯はたくあんで食べた。ああ、これが大陸のカツ丼かぁ、やっと食えたぞって思ったね。味なんか、どうでもよくて、雑誌に載っている観光地についに来ちゃった的な満足感があった。あとにも先にも大陸でカツ丼を食べたのはこの一回だけだったと思う。なぜなら、自分はトンカツがあまり好きではないからだ。とはいえ、その後、高円寺に住んだこともあり、大陸には何度か行った。たぶん、野菜炒め定食とか、そんなもんを食っていたように思うのだが、実はあまり記憶が無い。

大陸がなくなってしまったことを北尾トロに話したら、そりゃ、一大事だということで、いっしょに高円寺に行くことになった。
 
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「町中華は危機的な状況だね」と言う北尾トロ。実は僕はまだ、町中華について、よくわかっていなかった。北尾トロから「大陸に代わるところでカツ丼を食べよう」と言われ、僕はタブチを勧めてしまったのだ。ただ単に自分が行きたいというのが理由だった。北尾トロは、ぶんか社の『ExMax』という雑誌で“さすらいの町中華”という連載をはじめるそうで、これが第一回のネタだそうだ。
 

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高円寺の高架下にあるタブチはいい店ではあるけれど、町中華ではないだろう。
動画なんかも撮影したけれど、なんだかわからないまま撮影している。
動画はこちら→

 
そして、まだ、町中華についてわからないので、その練習問題ともいえる動画がこちら→

 
以前、ヒビレポで旧宅訪問という連載をさせてもらった。これは以前僕が住んでいたところを訪問して、あれこれ書くんだけれど、たいてい北尾トロが動画を撮ってくれていた。今年の2月26日、明大前の甲州街道沿いの旧宅を訪問した時、そのまま甲州街道を新宿方面へ歩いたんだけれど、そのとき、中華料理屋を見るたびに、これは町中華だと聞いてみた。それで、少しずつ、北尾トロが言う「町中華」についてわかってきたといえる。

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町中華について少しわかってきたころ、こんなところを訪問した。新宿御苑前の来々軒。
動画はこちら→

町中華はメニューにオムライスがあっていいんだ。いや、むしろ、オムライスがあった方がいい。だんだん、わかってきたんだけど、その来々軒が、なんと閉店してしまった。
 
47年の長きにわたり営業してきたお店が突然閉店 / 店先に貼られたおしらせが切ない 東京・新宿御苑「来々軒」 | ロケットニュース24

ああ、なるほど。こういうことか。町中華はどんどん減少している。いま食べておかなければならないのだ。

それが僕が町中華にのめり込むきっかけだった。

 
 
-ヒビレポ 2014年10月25日号-

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