笑いたい読書  第5回


昭和は遠くなりにけり

 
木村カナ(レポ編集スタッフ)
 
 
 
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ワッキー貝山・池田浩明
『愛しのインチキガチャガチャ大全―コスモスのすべて―』
『素晴らしきインチキ・ガチャガチャの世界―コスモスよ永遠に―』
双葉社

 
「笑う本棚2014」特集で新保信長さん・乙幡啓子さんのお二人が選んでいる『愛しのインチキガチャガチャ大全』とその続編『素晴らしきインチキ・ガチャガチャの世界』。

『愛しの〜』の刊行が2013年、『素晴らしき〜』は今年の7月に出たばかりで、選考委員による鼎談の中で決まった、第2回「笑う本棚大賞」の選考基準、一昨年・2012年の前回の授賞以降に出た、フィクションではない本、という条件を満たしている。
 その鼎談の最中にも、新保さんはガチャガチャをあからさまに推していて、もうこれが本命なのでは、という感触があったので、三省堂書店神保町本店でのフェアが始まって、真っ先に買い求めた。


 
 本命っぽいからこそ、結果発表の直前まであえて読まず書かず、この連載を進めることも一応は考えた。これしかない!って満を持して11月末ぐらいに出すとかね。でも、どう考えても面白そうだし、素直に早く読みたくって、さっさと読んでしまった。そうなると自分も推薦したくなって、変な我慢はせずに、すぐに取り上げることにした。

 選考委員の鼎談の中で、えのきどさんがこんな発言をしている。

「第二回授賞作について『ガチャガチャ』にだいぶ惹かれてるって感じもあるんですけど、似ませんか? 第一回の『醤油鯛』と。
[中略]
あいつらはああいうの選ぶんだなあっぽい。いかにも予想の範囲内でしょ。」

 それはそうかもしれないなあ、と思う。
 ビジュアルだけでもいきなり面白いところがまず似ている。
 さらに、「いまなぜナントカなのか」式の問いを立ててみた場合、いまなぜインチキ・ガチャガチャなのか?だけならたしかに説明がつかないのだが、いまなぜ山田うどんなのか? いまなぜ醤油鯛なのか? いまなぜ80年代エロ本文化なのか?と、「季刊レポ」を振り返っていくと、そこにぼんやりながらも、答えらしきキーワードが一つ思い浮かんでしまうのだ。
 昭和。
 トロさんが、昔発表した原稿を、自分のサイトで公開する際につけていたタイトルで、「昭和の根っこをつかまえに」というのがあった。それからたぶん10年以上が経っている。昭和の根っこというよりもしっぽを追いかけたい人たちみたいに見えてしまうかも。
 
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北尾トロ・えのきどいちろう
『愛の山田うどん 廻ってくれ、俺の頭上で!!』
『みんなの山田うどん かかしの気持ちは目でわかる!』
河出書房新社

 
 山田うどん本2冊とインチキ・ガチャガチャ本2冊。
 なんとなく共通する何かがある、ような気がする……両方とも一企業のファンブックであり研究書である。その会社がどちらも埼玉の会社だったりする。赤地に白いコスモスのロゴには、山田うどんの黄色に赤いかかしの回転看板にも比肩するような、一度見たら忘れられない鮮烈さがある。

 といっても、業種その他がまったく違うし、最大の違いはもちろん、山田食品産業株式会社が所沢に現在も健在であるのに対して、大宮に本社を置いていたコスモスは、1980年代に全盛期を迎えた後、1988(昭和63)年にはもはや企業体制を維持できなくなってしまったのだということ。しかし、子供時代にコスモスのガチャガチャに出会い、その世界に魅せられたファンの命脈は決して途絶えていなかったのだ。

 200店舗全店制覇を成し遂げたマス岡田さんが山田者の頂点であるように、10万個を越えるガチャガチャコレクションを所蔵するというワッキー貝山さんは、コスモス者の頂点なのだろうな、きっと。それにしても10万個……気が遠くなる数である。どうやって数えたんだろう。集めるのも大変だっただろうけれど、保管しておくのにも苦労してそう。

 そのコレクション(のごく一部)を一望できるだけでも興味深いのに、そのインチキさをあえて愛でるような今日的な視点が『愛しの〜』『素晴らしき〜』を貫いている。池田浩明さんによるキャプションである。1冊約1000点……分類して選んで写真を撮ってレイアウトして校正して、と想像しただけでこれまた気が遠くなってきた。

 さらに、往時の子供=消費者目線だけではなく、「コスモスの残党」である元社員たちのインタビューまで載っているから、ますます面白いのだ。昔の子供は必ずしも弱者ではなかった。消費者=被害者じゃなくて、ガチャガチャを介しただましあいの様相すらも。そして、証言から浮かび上がるコスモス内部の有様が濃い……! 回想の内容もすごいのだが、元幹部が古い筐体を神棚にまつっている写真がまたすごい。さらに、最初の本が出た後、コスモスはまだ終わってない!という怒りの電話が編集部にかかってきたのだという。その人が現れたからこその続編、なんだろうなー。

『愛しの〜』『素晴らしき〜』に載っているコスモスのガチャガチャの写真を一個一個眺めていると、やりたい放題、ずさん極まりないインチキなんだけど、こんな子供もだまされないような子供だましを、大人がせっせと仕事でやっていたのか、とあきれてしまう。うんちだとか小石だとか一回り小さいカプセルだとかを毎日作って、カプセルの中に詰め続ける……実に涙ぐましい、プロフェッショナルな話ではないか。ドキュメンタリーには絶対ならないだろうが。これで生計を立てるのみならず、あまつさえ大儲けできた時代があった。嗚呼、振り返れば昭和。あんまり懐かしいとは思わない。乱暴でひどかったなあとすら思う。でも見ているうちになんだかニヤニヤしちゃうんだよね。いろんなことをどんどん思い出すし。

 1974(昭和49)年生まれのわたしは、80年代には小中学生、山田うどんも醤油鯛もエロ本も、目撃程度にしか記憶にない。でもコスモスのガチャガチャのことはけっこう覚えているのだ。街角の風景、中でも駄菓子屋の軒先には赤い筐体が必ずあった。何を考えたのか、ガチャガチャで手に入れた二個のスライミーを混ぜ合わせてみたことがある。異様な色と感触と匂いになったその物質を前に、途方に暮れているところを母に見つかり、叱られた。あれがコスモス製だったとしたら、材料がうどん粉だったってマジですか……!?

 粉といえば、駄菓子屋で「もんじゃ焼き」をよく食べていたことを思い出した。薄暗い土間の奥に鉄板の卓があって。おばさんに頼むと、小麦粉を水で溶いて、ソースと青のりと桜えびを入れて混ぜたものを金属製の容器に入れて手渡される。追加でベビースターやうずらの卵を入れても100円しなかったと思う。それを鉄板にたらして薄くのばして、パリパリになったのを小さいへらではがしてちまちま食べるのだ。月島名物とはえらい違いである。今にして思えば、インチキもんじゃ焼きなのかな……それでもおいしいおいしいとうれしく楽しく食べていたのだった。
 
 

-ヒビレポ 2014年10月30日号-

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