笑いたい読書  第6回


人にやさしく

 
木村カナ(レポ編集スタッフ)
 
 
 
「笑う本棚2014」で、海江田哲朗さんが色川武大の『うらおもて人生録』を「大事にしてる一冊」として挙げている。この本はわたしも持っていて、やっぱり大切にしている一冊だったりする。
 
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色川武大『うらおもて人生録』新潮文庫

 
 数年前、ともだちからプレゼントされて読んで以来、この本にもっと早く、若いうちに出会っておきたかったなあ、と思っているので、学生時代に読んだという海江田さんがうらやましい。
 笑える本かどうかっていうと、ちょっと違うような気がするんだけれど、でも、これはたしかに元気が出る本、そして、誰かに教えたくなる本。ってことで、わたしもこの場で推薦いたします。


 

 色川武大という著者名にピンとこない人でも、阿佐田哲也だったらきっと知っているのではないか。
 ちなみに、わたしが色川武大=阿佐田哲也(1929-1989)の著書に接するよりも前に、先に読んでいたのはマンガ『哲也―雀聖と呼ばれた男』(さいふうめい・星野泰視、講談社コミックス)だったりする。

 自身の人生を回顧しながら書き進められている『うらおもて人生録』にも、ばくち打ち時代のことが当然出てくる。というか、考え方が基本的に勝負師である。例としてもたびたび出てくるし。
 阿佐田哲也名義の作品だと、本文中に挿入された麻雀牌とともに物語が展開したりするので、麻雀の知識がないと今一つ理解できない部分があったりしたのだが、この本に関しては麻雀を知っているかどうかはさほど重要ではない。新聞の日曜版での連載として、幅広い読者層を想定した上で、特に十代二十代の男の子に向けて、話しかけるような口調で書かれている。そのせいもあってか、ギャンブルの経験がほぼ皆無のわたしでもすんなり読めたし、もっと若いときに読んでいたら、この本が伝えようとしている生き方のセオリーを実人生で役立てられたかもしれないのに……と残念に思ったりもしている。何事においても重要なのはフォーム、フォームは自力で考えて自前で作るしかない、って、今さら気がついたところで、手遅れ感がものすごくて、つらいのです。過去を振り返り、現状をあらためて考えてみると、フォームも何にもまったくできあがっていなくて、ギャッとなる。さてさて、これからいったいどうすりゃいいのさ?

 だが、最終的に負け越さなければいいのだ、だったらここから巻き返すしかないよね、とも思わせてくれるのがこの本なのです。なにもかもうまくいくなんてありえない、全勝どころか、勝ち越しすらも至難のわざなのだから、微差だっていい、負け越さないことをめざすべし、と言っておられるのだよ、「雀聖と呼ばれた男」が! そして、こちらの心を揉みほぐしつつ、ともだちみたいにやさしく、生きていくうえでの技術を授けてくれようとしているのだから。だから、ガンバラナクッチャ、って思えるのだな。

 といっても、この本はいわゆる人生論はやってないし、自己啓発書でもない。いわば、色川武大自身による色川武大、なのだ、あくまでも。参考にはできるかもしれないけど、とてもこういう風には生きられそうにない。だって、数多の修羅場でしのぎを削ってきた伝説の最強キャラが、無償の愛の大切さを語る。愛を語るばかりではなく、不特定多数の若い読者にそれを惜しみなく注いでいる。それがまったく嘘っぽくなくて、嫌な感じがなくて、むしろ真実味を帯びている。Saintという五字を思い浮かべる。欠点も洗練させれば武器になる、魅力にだってできる、って言われても……それは不世出の人物だからできたことなんじゃないのか。真似しようと狙って実践しても、きっと無理。
 
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伊集院静『いねむり先生』集英社

 
 晩年の色川武大との交流をモデルにした伊集院静『いねむり先生』。エキセントリックだけどこの上なくチャーミング、みんなに愛され、慕われる先生の人物像は『うらおもて人生録』とちょうど重なる。『いねむり先生』で、主人公を救い出す先生の生暖かい手の感触が、『うらおもて人生録』からじんわり伝わってくるような気がする。「先生」の生身で抜身の言葉にこうべを垂れつつ、わたしもなんとかしのいでいきましょう、ガンバラナクッチャ。
 
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えっとこの絵の人は誰ですか……?

 
-ヒビレポ 2014年11月6日号-

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